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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
第9章 ひきこもり、世界の闇に触れる

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138話・服従の証

 どこからともなく赤ちゃんの泣き声がすると白の魔獣が襲ってくる。これは、僕がこっちの世界に来てから何度か遭遇した現象だ。


 初めは本当に赤ちゃんが何処かにいると思った。しかし、一度目は老人しかいないキサン村で、二度目は国境付近の拠点。どちらも赤ちゃんがいるはずのない環境で、闇夜に紛れて現れた。そして今回、ようやく声の主が判明した。


 鳥の魔獣。灰色の羽根と額に生えた小さなツノ。大きさ的に鷲だろうか。その死骸が今、団長室のテーブルの上に置かれている。



「シヴァの研究成果のひとつだよ。特定の魔獣を刺激するように造られたんだ」



 目の前にある魔獣の死骸を見下ろし、イナトリは眉間に皺を寄せた。表情が硬い、というか嫌悪感が滲み出ている。



「生きた人間を餌にする事で普通の獣が魔獣に進化するのはもう知ってるよね。シヴァは餌の種類で魔獣のランクが変わるかどうか試してた。性別、年齢、身体能力。そういった違いが進化に影響するかを」



 人間を材料にした魔獣の品種改良。


 なんだか嫌な予感しかしない。続きを聞くのが怖い。でも、ずっと心の奥底で知りたがっていた。キサン村の村長さん達を殺した奴の正体。村長の奥さんが最期まで気に掛けていた、赤ちゃんの声の正体を。



「ご想像の通り、この鳥の魔獣は乳児を元に造られた。そして、コレの鳴き声に反応するのは母親から造られた魔獣だよ」


「……」



 ──やっぱり。


 そうじゃないかと薄々思ってはいた。ただ、そんな酷い真似をする人間が実在するなんて信じたくなくて、気付かない振りをしていた。


 目の前の死骸が憐れに見えた。


 この魔獣を造る為に、一体どれだけの赤ちゃんが犠牲になったんだろう。子供を奪われた母親達も別の獣に食べられ、魔獣と化した。そして泣き声に反応して凶暴化する個体になったんだ。



「このような特殊な性質を持った魔獣は他にもいるのかい?」


「詳しくは分からない。……言っておくけど、ボクが帝国に身を寄せた時には既にコレは完成していたんだからね。シヴァは嬉々として教えてきたけど、正直どうかしてると思ったよ」


「ふむ……」



 オルニスさんは再び考え込んだ。指揮官がいなくても魔獣に発破を掛けられる存在は脅威だ。もし他にもいるのなら対処しなくてはならない。



「では、あちらは次に何をすると考える? 君の知っているシヴァならどう出るか、予想は出来るかな」



 ここまで素直に情報提供してきた事で、オルニスさんの警戒度がやや下がった。イナトリに対しての言葉遣いが少し和らいできている。



「……戦争は目的じゃない。あいつが興味あるのは魔獣の改良だけ。この国に喧嘩を売ったのは、さっきも言ったけど増え過ぎた下級の魔獣を減らす為だと思う」


「えっ……」



 なんだそれ。


 それじゃあ、魔獣を倒せば倒すほど向こうの思うツボなんじゃないか。かといって放置する訳にもいかない。


 魔獣の大量発生といい、今回の出兵といい、サウロ王国側はかなりの損害を被っている。これまでに何百人もの兵士が傷付いた。通常の生活が脅かされ、国中の食糧の備蓄が減った。今も辺境伯のおじさんとエニアさん達は最前線で戦っている。



「……正直、あいつの考えはよく分からない。ボクの理解を超えてる」



 目的が分からないのが一番怖いな。



「あまり喜ばしくはないが、君の話は概ね正しいようだ」



 上衣の合わせから小さく折られた紙片を取り出すオルニスさん。開くと、そこには走り書きのメッセージがあった。



『魔獣しかいない!』


『早く帰りたいけど、もう少し頑張る』



 その他に、ラトスの心配とオルニスさんへの愛の言葉が。内容からエニアさんのメモだと分かった。これは、間者さんが持ち帰ったものだ。僕とイナトリが着替えてる間に報告を済ませていたみたい。


 オルニスさんから目配せされ、間者さんは軽く咳払いをした。



「えー、サウロ王国軍は延々魔獣の大群と戦ってます。場所は三日前の段階でキュクロ近郊くらい、そこから先になかなか進めない感じでした。皇帝を連れた帝国軍自体は混乱に乗じてその場から離脱、帝都にも戻っていません」



 間者さんは実際に現場を見てきている。帝都に行くついでにエニアさん達に一時合流して手紙の受け渡しをしたらしい。


 帝国領に進軍したサウロ王国軍も魔獣の相手ばかりをさせられているようだ。



「我々は、あちらの望み通り魔獣を始末しているという訳か。そうせざるを得ない状況とはいえ、ちょっと癪だね」


「エニアさん達、大丈夫でしょうか」


「一応こちらは片付いたからね。食糧補給部隊の派遣も再開したし、怪我から復帰した兵士を増援として出している。あちらの大将を討ち取るのは難しいかもしれないが、負けはしないよ」



 ノルトンを囲んでいた魔獣を全て片付けた後、イナトリの尋問の前に色々な手配を済ませていたらしい。流石は文政官、無駄がない。これで前線の兵士が飢える心配は無くなった。


 しかし、まだ他の街とのやりとりが完全に復旧した訳ではない。前線に送っているのはノルトンに元々あった備蓄だ。減らし過ぎたら今度はノルトンの住民が飢えてしまう。匙加減が難しいところだ。



「……あ」



 不意にイナトリが声を上げた。何か思い出したようだ。



「そういえば、シヴァは──」







 その日の夜、練兵場で騒ぎが起こった。魔獣の群れが居なくなり、城壁の見張りが減った隙をついて侵入者が現れたのだ。


 しかし大事には至らなかった。


 侵入者達を捕らえたのはティフォーだ。


 イナトリからの話で、シヴァがドラゴンを欲しがっていると知ったオルニスさんの措置だ。一時的にティフォーを地下の独房から解放し、()()()()()()()()()()()()()


 侵入者も魔獣による強化がなされた人間だった。帝国により、断片的な情報を元に造られた紛い物。並みの兵士よりは強いが、ティフォーには及ばない。それに加え、ドラゴンも鎖を外されており、近付いた侵入者を蹴散らした。


 全てが終わった後、兵舎にいた関係者が練兵場へと集められた。魔力の使い過ぎで休んでいたラトスとシェーラ王女、そして学者貴族さんとアリストスさんだ。護衛のクロスさん、カルスさんもいる。


 拘束されていない状態のイナトリとティフォーの姿に、全員がギョッとしている。



「帝国に居た時はボクが四六時中サクラと一緒だったし、万全な状態で警戒してたから手が出せなかったんだろう。こっちに攻め込ませて弱らせたところを奪いに来たんだ」



 捕らえたシヴァの手下を見下ろしながら、イナトリはそう吐き捨てた。


 短い期間とはいえ身を寄せていたのに、帝国では気が抜けない生活を送っていたようだ。心から安心出来る場所や信頼出来る人間がこちらの世界には存在しないなんて辛過ぎる。


 ──あれ?


 国境の戦いで僕が魔導具でサクラちゃんに怪我をさせたよな。あの時、シヴァは何故イナトリに手を出さなかったんだろう。こんな離れた場所にわざわざ派遣して弱らせなくても……。


 もしかして、手を出せない状況だった?



「……ボクはもう用済みかぁ」



 捕虜になったイナトリを救出に来たのではなく、真っ先に練兵場のドラゴンの方に向かったのがその証拠だ。流石にこの巨体を動かせるとは思えない。死骸の一部でも回収していくつもりだったのか。


 これにはイナトリも堪えたみたいで、少し悲しげな表情を見せた。



「君が情報を提供してくれなければ刺客が来る事に気付けなかった。感謝するよ、()()()()


「当前の事をしたまでです、()()()()()



 イナトリがオルニスさんを『様』付けで呼び、その足元に跪いて服従の意志を示した。そして、オルニスさんは彼を初めて名前で呼び、それを認めた。イナトリの部下であるティフォーも並んで臣下の礼を取っている。



「お、お父さま、これはどういうことですか?」



 休んでいる間に状況が変わり過ぎて、ラトスもシェーラ王女も混乱している。


 無理もない。ティフォーはラトス誘拐実行犯で、イナトリはそれを指示した張本人だ。本来ならば二人とも捕まった時点で処刑されてもおかしくないくらいの大罪人。拘束を解いて自由の身にするなんて考えられない話だ。



「死罪にするのは簡単だが、彼等は優秀な人材だ。折角だから、罪滅ぼしにサウロ王国の為にその力を活かしてもらおうと思ってね」



 にこやかに説明しながらも反論を許さない空気を纏うオルニスさん。それを察し、誰もが口を噤んだ。


 損得勘定の結果、イナトリ達を仲間に引き込む決意をしたんだ。勿論、彼等に対する怒りが消えた訳じゃない。罪を贖う前に逃げたり裏切ったりしたらどうなる事か。


 先程の戦闘は、イナトリとティフォーの服従の証でもあったんだ。


 それにしても、リーニエを失って世捨て人みたいになっていたティフォーをどうやって引き込んだんだか。



「カルカロス君、ティフォーは私直属の部下となった。勝手に血液の採取はしないように」


「なっ……!」



 まさかの発言に衝撃を受ける学者貴族さん。


 なるほど。ティフォーの注射器に対する恐怖を逆手にとって引き込んだのか。オルニスさんの庇護下に入れば守られるからな。流石はオルニスさん。


 ──と思っていたら、何故かイナトリ達が僕の前に来て改めて膝を付いた。



「サクラの命を救う為に頭を下げてくれた恩は忘れない。これより、ボク達は明緒クンの指示にも従う」


「アンタはリーニエにお墓を作って弔ってくれたし、アタシを人として扱ってくれた。必ず役に立つわ」



 何だか物凄く感謝されてるっぽい。戸惑って振り返ると、全員から呆れ顔で見られていた。



「アケオ、そんなことしてたの……?」


「まあ、本当にお人好しなんですのね」


「竜の助命をする為に頭を下げただと?」


「ヤモリ殿ならやりかねませんな」



 反対側に顔を向ければ、オルニスさんが満足そうに笑みを浮かべていた。



「ヤモリ君のおかげで、二人ともすんなり此方側に付いてくれたよ」



 いや、これ僕は利用されただけだろ。


 イナトリを尋問する時、オルニスさんが辛く当たれば当たるほど僕が庇うと見越して同席させたんだ。処刑するつもりなら、僕がその場に居なくても問題はなかったんだから。


 リーニエのお墓作りだって、僕は提案しただけで作業自体はみんなでやったんだし。



「……なんだか、オルニスさんの掌の上で踊らされてる気がするんだけど」


「あんま深く考えない方がいーっすよ」



 間者さん、フォローになってない。


イナトリがシヴァに対してどういう感情を抱いていたのか、それは彼にしか分かりません。

憎しみだけではないのは確かです。

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