137話・イナトリの話 2
イナトリのお話、後編です。
淡々と転移後の出来事を語るイナトリ。
話が進み、こちらの世界の住民が出てきた辺りから、彼の表情はだんだんと険しくなっていった。
***
ボクに住む場所を提供し、仕事を斡旋してくれた村長にまず事情を説明した。気さくで温厚なおじいちゃんで、村に来てからずっとお世話になっている。
掻い摘んで事実を伝えたが、そもそもドラゴン自体が珍しい存在であり、それに人間の意識が移ったという話は理解してもらえなかった。それでも「イナトリ君がそう言うなら信じよう」と言ってくれた。
早速咲良を連れてこようとしたが、流石に民家より大きな生き物がいきなり現れたら村の住民が卒倒しかねない。日を改め、村の代表数名が咲良の潜む森まで様子を見に来るという事で話はまとまった。
ところが、森にやってきたのは二百を超える完全武装した騎兵だった。それぞれ武器を構え、森をぐるりと包囲した。
それに気付き、問い質そうとしたら兵士に取り押さえられた。縛り上げられ、地面に転がされたボクを見下ろし、村長は普段とは真逆の禍々しい笑みを浮かべていた。
「すまないねぇ、イナトリ君。こんな田舎の村に降って湧いた、大金を稼ぐ又とない機会だ。逃す訳にはいかないんだよ」
ドラゴンは存在自体が伝説。生け捕りにするか、素材を剥ぐか。どちらにせよ買い手は幾らでもいる、と。
更に、村長はボクの身柄も何処かに売り飛ばそうと画策していた。この村は識字率が低いと思っていたが、そもそもボクが見せられていた本は古代語で書かれていたらしい。全ての文字を読み書き出来てしまうボクは、そうとも知らずに手の内を晒してしまっていたのだ。
それを聞いて、血の気が引いた。
この村に世話になっている間、村長や住民の人となりを観察してきたつもりだった。短い期間ではあるけれど、信頼関係を築けたと思っていた。その上で相談した。それなのに、笑顔の裏で兵士を招き寄せ、ボクを簡単に裏切った。
森の方から鬨の声が上がった。
兵士が一斉に森の中心部目掛けて突っ込んだのだ。このままでは、咲良が再び殺されてしまう。折角残った意識が失われてしまう。
また妹を失うくらいなら、安住の地なんか要らない。
「咲良! 逃げろぉ!!」
ボクの声が聞こえたのか、森の中から巨大な影が飛び出した。翼を広げた咲良だ。
兵士は弓も所持していた。「魔獣だ!」と叫びながら執拗に追い回し、矢を放つ。離れた場所からハラハラしながら見守る。幸い、ドラゴンの硬い鱗は弓矢を全て跳ね返していた。これならば、咲良だけでも逃げ果せる。
しかし、咲良は逃げなかった。
翼を大きく羽ばたかせ、突風を巻き起こす。砂煙が舞い、視界を奪われた馬が暴れ、乗っていた兵士は悉く振り落とされた。そして、縛り上げられたままのボクを咥え、空高く飛び上がった。
どれくらい飛んだだろうか。
人里離れた山奥に降り立つと、脚の爪で器用に縄を切ってくれた。身体が自由になったのに、何故か暫くその場から動けなかった。
「咲良、ごめん。ボクが浅はかだった」
それ以来、物資を調達する時以外は人里に近付かないように努めた。当初は金を持っていなかったから盗みも働いた。既にドラゴンの存在は知られている。咲良の巨体は目立つので、夜に飛んで移動し、廃村や山小屋を勝手に借りて寝泊りをした。
あの時、兵士が言った「魔獣」という言葉が気になった。出先でさり気なく尋ねてみれば、動物が何らかの切っ掛けで強化・凶暴になってしまった存在を指すらしい。魔獣の特徴は額のツノだ。咲良にも小さなツノが生えていた。
放浪生活を送る中で、魔獣の研究をしている国があるという噂を聞いた。それがユスタフ帝国だった。
研究をするくらいなら魔獣を見慣れているはずだ。そこなら咲良は迫害されずに済むかもしれない。どうせ行くあてもない。駄目だったらまた逃げればいい。ダメ元ででユスタフ帝国を目指した。
帝都近くで巡回していた兵士を捕まえ、軍の上層部に取り次ぐように頼んだ。ドラゴンの魔獣を連れていると言ったらすぐに軍の施設に案内された。
そこでシヴァと初めて顔を合わせた。
「確かに我が国では魔獣の研究を進めている、が……流石に竜は初めて見たな。そういえば、カリア列島の方面からそれらしき噂が流れてきていたが、もしや本人か?」
カリア列島というのはボク達が最初に居た岩山から程近い島国だ。後から世界地図を見せて貰って知った。かなり移動したのに、こんな所まで噂が広まっているとは。やはり離れて正解だった。
シヴァは胡散臭いオジさんだが、嘘や誤魔化しは一切なかった。魔獣の研究所を見せる代わりに竜を伴って軍に入るよう指示された。ボクの言う通りに動く咲良を戦力と認めてくれたのだ。
咲良は人を殺すのに抵抗があるようだ。中身は普通の女子高生なんだから当たり前だが、魔獣相手には容赦がなかった。普段食べているから抵抗はないらしい。
長距離飛行が可能な遊撃手として雇われた。時々シヴァの指示で遠方を見回り、時には制御しきれなくなった魔獣の群れの制圧を任されたりした。
ボク達は、シヴァの下につく事でようやく居場所を手に入れた。
***
「──こういう経緯でユスタフ帝国に世話になってたんだ。堂々と咲良を連れて動けるのは軍の施設内だけだったけど、その方がボク達には都合が良かったんだ」
イナトリが帝国側に付いた理由は、上層部が魔獣に抵抗が無かったからか。
それにしても、重い話を聞いてしまった。
一緒に転移した妹さんの死。
これに関しては言葉も出ない。あまりにも不運過ぎる。ドラゴンを助ける為に必死に頭を下げていたのも頷ける。
それと、信頼していた人達からの裏切り。
イナトリの、こちらの世界の人間に対する不信感の原因。シヴァに対しても心から信用しているようには見えない。ギブアンドテイクの関係で仲間になっていただけのようだ。
何故イナトリがドラゴンを使役しているのか不思議だったけど、さっきの話で腑に落ちた。ティフォーの連れていた大型の鳥の魔獣、リーニエと同じケースだ。人の意識が宿る魔獣は暴走しない。
全ての魔獣がそうなる訳ではない。何か条件でもあるのか。家族。血縁。それだけなら他にも当て嵌まる魔獣が存在するはずだ。
「……話はわかった。ユスタフ帝国とは利害が一致していただけで、忠誠心は無いと考えても?」
「そんなのある訳ない。シヴァには多少の恩はあるけど、世話になった分は働いて返したつもりだし。……それに、シヴァとは考えが合わなかったから」
「考え?」
「この国……サウロ王国に魔法使いがいるなら、魔法の力で咲良を何とか出来ないかって考えたんだ。それか、元の世界に戻って科学的に調べるとか。どちらにせよ、魔法の不可思議な力を利用出来ないかと思って部下を調査に派遣したんだけど……」
オルニスさんの問いに素直に答えながら、イナトリは僕の方をちらりと見た。
思い出すのは、引き合う力の実験の時のこと。
司法部の研究棟に実験の要であるスリッパを奪いに来た男達がいた。時期的に帝国からの刺客だと予想はしていた。結局、取り調べをする前に殺されてしまったが。
「あの時の男の人達、イナトリさんの部下?」
「違う、実験の妨害をしたのはシヴァの手下だ。あいつは異世界研究、いや魔法自体を良く思っていなかったから」
実験の邪魔を指示したのがシヴァ?
じゃあ、捕まった男達は誰に殺されたんだ?
「それはティフォーだと思う。ボクはずっと帝国領に居たし、直接命令はしてないけど、元の世界に戻る研究の妨げになる奴は排除してって頼んでおいたから」
シヴァとイナトリは表立って対立はしなかったものの、方針にはかなりズレがあったという事か。帝国はやる事に一貫性がないと思っていたが、そもそも一枚岩ではなかったんだ。
「じゃあサウロ王国に来たら良かったのに」
「いや、ユスタフ帝国に隣接する国は魔獣に対する拒絶反応が酷いって聞いてたから。咲良を連れていけない場所じゃ意味がないし」
それはそうかも。ユスタフ帝国が過去に魔獣養殖の為に自国民を犠牲にした際、かなりの数の帝国民が近隣の国々に亡命している。悲惨な話なので表には広まってはいないが、魔獣に対する嫌悪と恐怖は根深い。
魔獣じゃなくても、竜が現れたら大騒ぎになる。
「事情は分かった。こちらの世界に渡った後の出来事は気の毒に思う。だが、理由はどうであれ、おまえがやった事は許されない。今後こちらに協力するのであれば処遇は考えるが、無罪放免とはいかない」
良かった。練兵場では即死刑執行しそうな勢いだったけど、イナトリが素直に情報提供してくれてるおかげでオルニスさんの態度がやや軟化している。
「帝国の将軍シヴァの目的がよく分からない。何か聞いている事は?」
「……強い魔獣を生み出す研究をしてて、交配とか餌の種類とか色々試してた。増え過ぎて収容しておけなくなった魔獣を減らす為に周辺の国に放ってるって言ってた」
餌って生きた人間の事では?
魔獣大量発生の原因は、他国への侵略行為というより管理しきれなくなった魔獣を捨てる事自体が目的だったのか。それはそれで迷惑な話だ。
「ふむ。では、コレが何なのか知っているかい?」
オルニスさんが軽く手を挙げると、辺境伯家の隠密さんが何かを持って現れた。布に包まれた、ひと抱えもある塊だ。目の前のテーブルに降ろし、布を取り払う。中から出てきたのは鳥の死骸だった。
「……オルニスさん。これって」
「赤ん坊の泣き声で魔獣を操っていた個体だよ」
よく見れば、普通の鳥にはないはずのツノがあり、全身灰色の羽根に覆われている。ところどころ焦げていて、更に胸に何箇所か刺し傷があった。学者貴族さんの雷で落とし、剣でとどめを刺したのだろう。
その死骸を見て、イナトリは眉を顰めた。
「……シヴァの研究成果のひとつだよ。ある特定の魔獣を刺激するように造られたんだ」
序盤から登場していた、赤ん坊の泣き声の正体。
その造られ方と目的とは。




