14話・キサン村の因縁2
「国境付近で獣の目撃情報が増えていたにも関わらず、防衛策を村に一任し、直接対策を取らなかった。私の責任だ」
そう言って、団長さんはキサン村出身者の人達に頭を下げた。駐屯兵団のトップの謝罪に、みんな動揺している。
「襲撃の数日前、柵の強化をするよう通達を出したが、キサンは老人ばかりの村だ。……今思えば、兵士を派遣して作業と警備に当たらせるべきだった」
自らの対応を悔やんでるのは本心だけど、おそらく、トマスさんの怒りの矛先を僕から逸らす為に言っているのだろう。
見ず知らずの僕には怒りまくっていたトマスさんだが、流石に団長さんに対して同じ態度ではいられなかったようだ。
「頭をあげてくださいラキオス様!」
「誰も白狼が襲ってくるなんて思いもしませんよ」
「トマスも落ち着け! 悲しいのはみんな一緒だ!」
「あ、ああ……」
同じキサン村出身の仲間や叔父のアトロスさんに諭され、やっと頭が冷えたのか、トマスさんは長椅子に腰を下ろした。
それを見て、団長さんは続けた。
「君達はクワドラッド州の領民であり、サウロ王国の国民だ。戦争が終わって既に二十年も経っている。ユスタフ帝国から亡命してきたことなど問題ではない」
戦争。
亡命。
なんだか不穏な言葉が聞こえてきたぞ。
トマスさんは今回の件を祖国を捨てた裏切り者に対する報復だと思っていたみたいだ。キサン村が微妙に街道から外れた辺鄙な場所にあったのは、そんな理由もあったのかな。
ユスタフ帝国に通じる街道に人通りがないのも、そのせい?
「それと、彼──ヤモリ・アケオ君はユスタフ帝国とは関係ない。これはここだけの話にしてほしいが、彼は異世界から来た人間だ。現在、辺境伯の庇護下にある」
落ち着き始めた室内がまた騒つく。
みんなの視線が僕に集中した。
異世界人であると明かす事でユスタフ帝国との関係を完全に否定し、僕の疑いを晴らす事にしたらしい。
「彼は偶然巻き込まれただけだ。そこは理解してほしい」
「わ、分かりました……」
団長さんの言葉にトマスさんはようやく頷いた。でも、まだ気持ちが収まっていないようで、顔を両手で覆って項垂れている。
村長さんや奥さんが僕に優しくしてくれたのは、僕に離れて暮らす息子の事を重ねていたからだ。きっとそれは、ロフルスさんや他のおじいさん、おばあさんも同じだったはず。
本当は他人の僕じゃなくて、離れて暮らす自分の家族に色々してあげたかったに違いない。
じゃあ、僕には何が出来るだろう。
僕はこの人達に何がしてあげられるんだろう。
「……あの、村の人達は、毎日明るく過ごしてました」
僕に出来るのは、見た事をそのまま伝える事だけ。
村を出て暮らす人達が知らない、襲撃前の平和だった時のキサン村の様子を。
「森の中で迷子になってたら、ロフルスさんが鉈を片手に茂みから出て、めちゃくちゃ驚かされました。僕が靴を履いてないのを見て、荷車に乗せてくれました。それから村長さんちに行って、僕を預かってくれるよう頼んでくれて」
ロフルスさんの娘さんが泣き笑いの表情を見せた。
「村長さんは、どこの誰かも分からない僕を離れに泊めてくれました。奥さんが食事を作ってくれて。鶏肉と根菜のスープとか、行商のロイス君から買った果物を出してくれました。僕の服を洗ってくれて、息子さんの服と靴を貸してくれました。あれは、トマスさんのだったんですね」
トマスさんと、アトロスさんが頷いている。
「あと、僕が色白でひ弱で世間知らずだから、みんなに貴族じゃないかと勘違いされてました。井戸の周りで、いつもおばあさん達が笑って話してて。おじいさん達は畑仕事や柵の補強をしてました。みんなは僕に畑仕事を教えてくれました」
他の人達もその様子が目に浮かんだのか、涙を浮かべて微笑んでいる。
「行くあてがないならこの村に住んでいいって村長さんが言ってくれて、本当に嬉しかった……あの時の僕は、突然知らない場所に放り出されて、なにも分からなくて不安だったから」
自分達が過去に亡命してきた時の気持ちと重ねたのだろう。みんな頷きながら聞いてくれている。
「……僕だけが生き残ったのは、魔獣の襲撃があった時、村長さんが僕が出てこないように、離れの扉に外から閂を掛けたからです。もし、すぐ外に出ていたら、きっと僕もあそこでやられていたと思います。えっと、見ての通り、僕弱いんで」
僕は椅子から立って、みんなの方に頭を下げた。
「キサン村の皆さんは、一人で困っていた僕を助けて、優しくしてくれました。最後には命まで。本当にありがとうございました」
何度もつっかえながらお礼を言った。部屋中からすすり泣く声が聞こえてくる。
「──済まなかった。君に八つ当たりをしてしまった」
「いえっ、僕こそ、なんかすいませんでした」
「親父とお袋の事を教えてくれてありがとう。何年か振りに会えた気分になったよ」
後から、目を真っ赤にしたトマスさんから謝罪された。
「いつでも会えると思って、ここ数年里帰りすらしてなかった。こんな事になるなんて想像もしなかったから」
トマスさんは、自らの心にユスタフ帝国への恐怖が残っていた事に気付いたという。いずれ村に帰って暮らすつもりだったけど今はまだ勇気がない、と悔しそうに零していた。
他の人達も同じで、いつかは村に帰って暮らしたいが、何処かに後ろめたさを感じて先延ばしにしてきたらしい。
今回の事件によって、村で待っている人が居なくなってしまったのも大きい。
アトロスさんは、医者である自分が村に居たら何人かは救えたのでは、と未だに悔やんでいる。
関係者の誰もが心に傷を負い、前を向けないでいた。
「君達が戻りたい時にいつでも戻れるよう、今後のキサン村の維持管理は駐屯兵団が請け負うつもりだ。他にも魔獣がいる可能性があるから、もし村に行く時は必ず兵士を護衛に付けてほしい」
団長さんがそう言うと、みんな頭を下げた。
「団長、さっきはすみませんでした」
「気にしなくていい。私こそ村を守れなくて済まなかった」
団長さんとトマスさんも謝罪し合い、固く握手をした。
キサン村の今後について、後日辺境伯も交えて相談する事に決まった。村長さん達が大切にしていた村を廃村にしたくないという気持ちはみんな同じだ。
いつか、色んな問題が片付いたら、村に人が戻ってくるかもしれない。
その日が早く訪れる事を心から願う。
「遅い! どこまで行ってたのよ!」
辺境伯の屋敷に戻ると、マイラが玄関ホールで仁王立ちしていた。夕食の時間を少し過ぎていたが、どうやら食べずに待っていてくれたらしい。
「……ご、ごめん」
「まあいいわ、早く食堂へ行くわよ」
マイラが廊下の角を曲がって見えなくなると、後ろにいたラトスがこっちを睨みつけてきた。
相変わらず僕にだけ当たりがきつい。
「ねえさまは誰にでも優しいんだ。勘違いするなよ」
分かってるよと心の中で返しつつ、二人を追い掛けて食堂へ向かった。




