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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
第9章 ひきこもり、世界の闇に触れる

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136話・イナトリの話 1 *挿し絵あり

イナトリが語る転移前後のお話です。

ちょっと可哀想なお話なのでご注意ください。


「ボクがこの世界に紛れ込んだ時、ひとりじゃなかった……妹の咲良(さくら)が一緒だったんだ」

 

 

 異世界に転移した時の状況を振り返りながら、イナトリはゆっくりと語り始めた。それは僕や美久(みく)ちゃんとは比べ物にならないくらい悲惨な話だった。






 ***



 約九ヶ月前。


 ボクは久しぶりに学園寮に外出届を出し、土日を利用して遠出した。離れて暮らす妹に会いに行く為だ。咲良は二つ年下で、地元の普通校に通っている。全寮制の学校に在籍しているボクは年に数回しか会う機会はない。


 長期休暇でもないのに会いに行ったのは、咲良が骨折で入院したと母から連絡があったから。


 咲良が心配で仕方がなかった。いつも元気で明るい大事な妹。女の子の癖に落ち着きがなく活発で昔から生傷は絶えなかったが、入院する程の怪我は初めてだ。



「おにーちゃん! ホントに来たの?」


「口先だけだと思ってたのかよ」



 咲良はベッドの上で、ギプスをつけた右足を吊られていた。まだ真新しいギプスには妹の友人達が油性ペンで書き込んだと思しき落書き。枕元のミニテーブルには漫画の単行本が積まれていた。



「だって、メールしたの昨日だよ?」


「早く来ないと退院しちゃうと思ってさ。ていうか、もっと早く連絡してくれよ。もう手術も終わってるんだろ? それに憧れてたんだよ。入院見舞いにフルーツ盛り持ってくの」


「え、やったぁ! ……って、桃の缶詰だけじゃん」


「フルーツ盛り、意外と高くて」



 電車賃で結構飛んだ。残りの小遣いではこれしか用意出来なかったのだ。でも、こんなショボい手土産なのに咲良は笑顔で受け取ってくれた。



「えへへ、おにーちゃんありがと! 病院のごはん、まずくはないけど味気なくてさぁ。コレは食後のデザートにするね〜!」



挿絵(By みてみん)



 数ヶ月振りに会ったのに、毎日顔を合わせていたかのように話が弾む。ボクと咲良は仲の良い兄妹だ。出来る事なら離れて暮らしたくはなかった。


 離ればなれになったのは、中学の時の担任が遠方の高校を勧めてきた事がキッカケだった。全国でもトップクラスの有名な全寮制進学校。ギリギリ合格圏内で、もしボクが合格すれば我が校初の快挙だと先生達は色めきたっていた。両親もかなり乗り気で断りきれなかった。


 ボクが中途半端に勉強が出来たせいで地元の高校に通う道は閉ざされ、友人や妹から離れ、見知らぬ土地で暮らす羽目になってしまった。


 全国から優秀な生徒が集められた将英学園。


 なんとか合格はしたものの、トップレベルの授業についていくだけで精一杯。課題の量も半端無い。今日も電車移動の最中に少しでも進められるよう鞄にプリントを入れている。


 そんなボクを嘲笑うような存在がいる。


 家守往緒(やもり ゆきお)


 授業中は居眠りばかり、毎日の課題提出もサボりがち。それなのに定期テストの順位ではいつも上位。参考書をパラ見したり、授業を聞いてるだけで内容が理解出来るらしい。学年に一人しかいない全学費免除の特待生なんだとか。そんなバケモノみたいな奴が同じクラスだった。


 根本から出来が違う。ボクは寝る間も惜しんで必死に努力しているというのに、彼は易々とトップに君臨し続けた。凡人がどれ程努力しても届かない、天才という存在。それが目の前にいた。


 堪り兼ねて、先日ついに面と向かって嫌味を言った。でも全く相手にされなかった。悔しかった。完全に無視。まだ蔑まれた方がマシだ。彼にとってボクが取るに足らない存在だと再確認しただけだった。


 そういう訳で、ちょっとどころかかなり凹んだ精神を少しでも回復させたくて、妹の見舞いを口実に地元に帰った。久々に会った妹は入院中なのに変わらず明るくて、少し話しただけで気持ちが軽くなった。




 だから、あんな事が起こるなんて思いもしなかった。




 暇だから外に行こうと咲良が言い出した。病院の隣に大きな公園があるらしく、そこへ行きたいのだと。看護婦さんに相談したら二つ返事で許可が下りた。入院患者の憩いの場らしい。ボクが車椅子を押して行く事になった。


 道すがら両親の話や骨折した経緯、咲良の学校の話を聞いた。右足のギプスを指差して「ここんとこにボルトが入ってるんだって〜」と笑って言うのを聞いて鳥肌を立てたりした。


 公園内をぐるりと回る。週末だからか家族連れが多かった。車椅子が幅を取るので、邪魔にならないよう人気のない遊歩道へと進む。木々の隙間から漏れる太陽の光。優しく頬を撫でる風。爽やかな休日の昼下がり。嫌な事を忘れられる、妹との楽しいひととき。


 その最中に意識が途切れた。


 次に目を開けた時、周りの景色が一変していた。


 公園の敷地内からは隣に建つ病院や近所の家々が見えるはずなのに、辺りにはそれらしき建物は見当たらなかった。建物どころか、木も草も生えていない。


 そこは、ゴツゴツした岩山だった。


 すぐ側に横倒しになった車椅子があった。しかし、乗っていたはずの咲良の姿がない。骨折しているし、松葉杖は持ってきていない。一人で何処かへ行くとは考えられない。


 慌てて辺りを見回すと、数メートル先に崖がある事に気付いた。立ち上がった瞬間に吐き気と眩暈に襲われたが、そんな事に構っていられない。身を乗り出して下を覗き込むと、そこには信じられない光景が広がっていた。


 硬そうな鱗に覆われた巨大な生き物と、鮮血で染まった地面。そして、ギプスに覆われた部分だけ残された、足。



「は? ……えっ、嘘だろ」



 理解するのに時間が掛かった。

 理解したと同時に死にたくなった。


 どうやらボク達は、元いた公園から知らない場所に飛ばされたらしい。それも切り立った崖の上に。状況から見て、咲良は場所が悪かったせいか崖から落ち、下に居たあのデカい生き物に食べられてしまったようだ。


 信じたくはないけど、下に落ちているギプスには見覚えのある落書きがあった。間違いなく咲良のものだ。骨折用のギプスは石膏で固めてある。硬くて食べれなかったのだろう。



 ──食べる?



 怒りで身体が震えた。

 あの生き物は咲良の仇だ。

 絶対に許さない。


 でも、ボクでは勝てない。武器は何もないし、そもそも大きさから違う。例え切れ味の良い刀があったとしても、あの鱗は貫けないだろう。


 ああ、また圧倒的な相手に負かされるのか。

 何処へ行っても、ボクは──




 それなら、せめて咲良と一緒に居たい。




 ボクは崖下に向かって叫んだ。意味のある言葉ではない、ただの絶叫。すると、巨大な生き物はすぐ声に気付いて顔を上げ、ボクを見つけた。そして背中部分に折り畳まれていた翼を広げ、羽ばたく……が、何故か上手く飛べず。何度目かの挑戦でようやく浮かび上がった。


 自分から呼んだとはいえ、すぐ目の前に見上げるほどの巨体が現れると身体が竦む。ズシンと地響きを立てて降り立ったその姿は、まさにドラゴン。ゲームや漫画で見るような、恐竜に羽根が生えたような姿をしていた。


 そのドラゴンの前に立ち、両手を広げた。



「さあ、食べろよ。咲良の側に行かせてくれ」



 怖くないと言えば嘘になる。現に、今も体の震えが止まらない。歯の根も噛み合ってないし、すぐにでも踵を返して逃げ出したいくらい。


 でも、咲良は逃げる事も出来ずに喰われたんだ。それならせめて、ボクが早くそっち側に行ってやらなくちゃ。


 ドラゴンが近付き、首をボクの目線の高さまで下げてきた。その口元には血がこびり付き、ポタポタと滴り落ちている。


 それを見た瞬間、何故か身体の震えが収まった。思わず手を伸ばし、ドラゴンの顎に触れる。ひんやりとした、まるで金属の塊に触れているかのような感触。半開きになった口から覗く大きな牙も血塗れの口腔内も恐ろしく感じなかった。


 おにーちゃんも今そこに行くからな。



「さくら……」



 ドラゴンの顔を両手で抱き締める。


 鼻を鳴らし、ボクの匂いを嗅ぐドラゴン。しかし、どんなに待っても喰らい付いてこない。まだ腹が減ってないのかと思い、半日以上側に居ても一向にボクを食べようとはしなかった。


 そんなに不味そうなのかと自信を失い掛けた頃、ボクがぽつりと呟いた「咲良」に反応し、ドラゴンが鳴いた。試しに色んな言葉を話し掛けてみたが、返事をするのは妹の名前だけだった。



「え、意味がわかんないんだけど。おまえ、まさか、咲良……なのか?」



 ボクが問い掛けると、ドラゴンは大きく頷いた。喋れはしないが、頷くか首を横に振る事で意思表示が出来るらしい。飼い慣らされたペットならともかく、こんな岩山に棲むドラゴンがこんな真似出来るはずがない。


 ボクの妹がドラゴンになってしまった。


 正確には、ドラゴンに意識だけが残っている状態。こんな摩訶不思議な事が起こるなんて。さっき飛ぶのに手間取っていたのはこの所為か。


 でも、これは奇跡だ。


 肩まで伸びた綺麗な黒髪も垂れ目がちで円らな瞳も失われてしまったけど、完全にいなくなった訳じゃない。咲良の意識が残っているのなら、このドラゴンは間違いなくボクの妹。


 頭を撫でれば気持ち良さそうに目を細め、ぐるると喉を鳴らすし、話し掛ければ反応する。さっきまでは憎くて堪らなかったのに、急に可愛く思えてきた。



「なあ咲良。こんなことになっちゃったけど、おまえと一緒なら怖くないよ」



 岩山の崖の上で夕焼けを眺めながら話し掛けると、ドラゴンは小さく鳴いて頷いた。


 前脚で地面を掘ってもらい、残されていた咲良の右足をギプスごと埋めた。放置していく訳にはいかない。お墓の代わりだ。土を掛ける時、ドラゴンが切なげに鳴いた。あれが自分の元の身体だと理解しているようだった。


 ここが何処かは分からない。ドラゴンがいるという事は、少なくともボクの知っている地球ではない。大昔にタイムスリップした可能性も考えたが、こんな姿の恐竜の化石は見た事がない。パラレルワールドか、はたまた違う惑星か。


 どちらにせよ、ここで生きていかなくては。


 この岩山には植物が一切生えていない。山を降りるか何処か別の場所に移動しないと食べるものも飲み水もない。生活するには全く向いてない土地だ。


 近くに他のドラゴンが住んでいるかと思い探してみたが、そもそも生き物自体がいなかった。このドラゴンは、これまで一体どうやって暮らしていたのだろうか。


 ギャア、と咲良が鳴いて翼を広げた。



「そっか。おまえ飛べるんだったな」



 咲良に乗れば何処へでも行ける。しかし、それもうまくはいかなかった。


 数時間ほど空を移動して、やっと発見した人里。食べ物を分けてもらおうとしたら、地上に降りる前にわらわらと人が集まってきて矢を射かけられた。


 その町は諦めて別の集落を探したが、人に見つかる度に逃げられた。逆に、武器を持った集団から追い回された事もあった。


 こんな大きな生き物が近付いてきたら、そりゃあ怖いよな。警戒されるのも仕方がない。というか、やはり警戒対象なんだと理解した。


 今度は少し離れた森に降り、そこからボク一人で歩いていく事にした。最初に見つけた町より小さな村で、村の人は親切にしてくれた。お金も何も持っていないボクに食べ物を恵んでくれた。


 薪で火を熾し、井戸から水を汲む。電気や機械は皆無。村人の髪や瞳の色、服装などから、この世界が中世くらいの文明レベルだと知った。


 この世界で使われている共通言語とやらは英語ともフランス語とも違う奇妙な文字だが、不思議な事に読み書きは出来た。唯一活かせるその力を利用して村で代筆業を始めた。村は識字率が低く、字が書ける者がほぼ居ないからだ。その仕事を通して、この世界の事を学んだ。


 夜はこっそり抜け出して、森に潜む咲良の元へ通った。その辺にいる獣を食べているらしく、特に困ってはいない様子だった。


 村に滞在して一ヶ月ほど経った頃、意を決して咲良の事を打ち明ける事にした。いつまでも咲良が一人で森に隠れ棲むには限界があるし、昼間離れているのが不安だったからだ。村の人達はみんな大らかで優しい。事情を話せばきっと分かってくれる。


 そう思っていた。 

イナトリの転移前〜転移後の話、前半でした。

次回、後半に続きます。

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