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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
第9章 ひきこもり、世界の闇に触れる

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132話・ノルトン防衛戦 5 *挿し絵あり

 僕が城壁での見張り番を始めてから半日が経過した。もうすぐ日が暮れる。夜間の担当に交替して持ち場を離れ、駐屯兵団の兵舎へと戻る。



「はあ〜、疲れた……」



 休憩用の大部屋は自警団の人達で埋まっている。二階の団長室に行こうとしたが、オルニスさんが兵士さん達に忙しなく指示を出す声が聞こえたので入るのをやめた。


 どうしたものかと廊下を引き返していたら、ひと仕事終えたアリストスさん達が帰ってきた。ラトスとシェーラ王女はかなり眠そうだ。足取りが重い。


 隠密さんに手を引かれ、専用に空けてもらった部屋に向かうシェーラ王女。魔法使いは魔力が尽きると動けなくなるらしい。



「お疲れさま、そっちは大丈夫だった?」


「ヤモリ殿もかなりお疲れの様子ですな! こちらも魔力が尽きてきたので明日の朝まで休憩です」



 アリストスさんは割と元気そうだ。騎士でもあるし、元々の体力があるんだろう。それに比べ、学者貴族さんは研究職だからか体力がない。足元がフラついている。



「倒しても倒してもキリが無い……」



 うわ言のようにボソボソ呟きながら、こちらも隠密さんに引き摺られるようにして休憩用の部屋に運び込まれていった。



「……大変だったみたいだね」


「城壁の上から魔法を放つだけなので身の危険は有りませんが、いかんせん魔獣の数が多い。四人がかりで半日掛けて三百匹ほど倒したのですが」



 離れた場所から放つ魔法では魔獣を仕留めるのは難しい。完全に息の根を止めなくては、時間が経てば回復してしまう。特に念入りにやらなくてはならないからだ。



「魔法で足止めしている間に剣でトドメを刺すのが一番効率が良いのですが、まだ魔獣の数が多くて城壁の外に出られませんからな」



 そのトドメを刺す役目の兵士が足りない。


 アリストスさんとも別れ、自警団用の大部屋の片隅に座って休憩を取る。いつでも誰でも食べれるように、部屋には軽食が置いてある。これは辺境伯邸から定期的に運ばれてくる差し入れだ。南門担当の見張り番は全員ここで雑魚寝するらしいので、僕も紛れ込ませてもらう事にした。


 何処でも眠れるのが数少ない僕の特技だ。周りに人が多いけど、今日は何故か気にならない。辺境伯邸にいる時より近くで聞こえる魔獣の遠吠えを聞きながら、支給された毛布にくるまる。疲れのせいか、すぐに眠りに落ちた。






 翌朝、日の出と共に夜番と交替して見張りの仕事を再開する。


 魔獣の数は相変わらず多い。時々東の方からちらほらと新たな魔獣がやってくるのが見えた。聞いていた通り、やはり大河の方から来ているようだ。魔獣の群れが避けるくらい、国境沿いに張った罠が厄介だという事だ。


 もし罠が無ければ、この大群が拠点を蹂躙していたかもしれない。そうなれば、王様や団長さん達がどうなっていたか。その可能性に思い至り、背筋が寒くなる。罠を設置したアーニャさんと学者貴族さんに感謝しかない。



「それにしても、種類が多いですね」


「うん? ああ、確かになァ。元々サウロ王国にゃ魔獣自体が少なかったんだが、ああいうデカい奴は大森林の獣かもしれねえな」



 自警団のお兄さんが遠くにいるサイの魔獣を指差しながら教えてくれたのは、大森林についてだ。どの国にも属さない植物と野生動物の楽園で、どう頑張っても開墾出来ない広大な森らしい。


 魔獣の元になる獣は、大森林から掻き集めてこられたのだろうか。そして、ユスタフ帝国の街の人達を餌にして魔獣化したものが今、目の前にたくさんいる。魔獣の数だけ犠牲になった人々がいる。


 暗い気持ちになりながら見張りの仕事を続ける。


 遠くの方から雷が落ちる音が連続して聞こえる。学者貴族さん達が頑張って魔獣を減らしているようだ。半数以下まで減らしたら、態勢を整えてから兵士を投入して一気に叩くとオルニスさんが言っていた。


 うまくいけば、明日にも殲滅出来るはずだ。


 何とかなる、と思っていた矢先。



「……ん?」



 遥か南の空に、黒い影がちらりと見えた。


 他の見張りは城壁の真下を警戒しているから、まだ誰も気付いていない。


 太陽の陽射しを手で遮り、目を凝らす。


 それは、どんどんこちらに近付いてきていた。黒い点のような影は徐々に大きくなり、それが翼を持った何かである事が分かった。距離があるにも関わらず、しっかりと羽ばたきが見える。つまり、かなり大きいという事だ。


 大型の鳥の魔獣かもしれない。


 思いっきり呼び子を吹く。


 突然の笛の音に、周りにいた人達が驚いて顔を上げ、羽ばたきながら接近する()()を視認した。



「うえっ、なんだあれ!」


「新手の魔獣か?」


「……なあ、なんかデカくねぇ?」



 見張りの人達がどよめく。


 動揺するのも無理はない。これまで見てきたどの魔獣よりも大きなものが、こちらに接近してきているのだから。


 呼び子の音で駆け付けたカルスさんが胸壁の上に立ち、僕達が見ているものを視界に入れた。



「……んん? アレ、噂の竜じゃない?」


「「「り、竜ゥ!!?」」」



 カルスさんの言葉に、僕以外の全員が悲鳴のような声を上げた。


 こちらの世界では、竜は存在してはいるが実際に姿を見た者はほぼいない。バエル教の宗教書に記載があるだけの、いわば伝説級の生き物だ。そんなのが目の前に現れたとなれば、そりゃあびっくりするのも無理はない。



「うーん、流石に竜の相手は俺一人じゃ荷が重いな。ちょっくらオルニス様に指示仰いでくるね〜」



 そう言い残し、カルスさんは城壁の内側に飛び降りていってしまった。


 この場で唯一戦える人材が居なくなった。


 そうこうしているうちに、竜……ドラゴンは距離を縮めてくる。発見から五分も経たないうちに、ノルトンの南側城壁の眼前までやってきた。


 ここまでくれば、目を凝らさなくても見える。


 体長十五メートル程のドラゴンの背には、ブレザー姿の青年がひとり乗っていた。




 帝国に味方する異世界人、イナトリ。




 前方約二十メートル、城壁の上に立つ僕の目線に合わせた高さで止まり、その場で羽ばたき続けるドラゴン。以前負わせた傷は跡形も無く消えている。


 もう復活したのか。やはり魔獣は回復が早い。



「やあ。シヴァが直接謝りに行けって言うから来てあげたよ。……元気だったぁ? 明緒(あけお)クン」


「……」



 精神的なショック状態だったあの時とは違う。完全に自分を取り戻し、イナトリは余裕の笑みを浮かべていた。




挿絵(By みてみん)




 周りにいた自警団の人達は、初めて間近で見たドラゴンの恐ろしさに震え上がっている。持ち場から逃げ出す人。腰が抜けて座り込む人。僕も恐ろしくて堪らない。思わず後ずさりしてしまう。



「おっと、逃げないでよ明緒クン。サクラなら、そんな城壁かる〜く飛び越えられるんだからね」


「……っ、逃げないよ」



 僕が怖気付いて城壁の中に逃げ込めば、イナトリはドラゴンに命じてノルトンの街を蹂躙するだろう。それだけは避けなくてはならない。


 震える手脚に力を入れ、その場に留まり、なんとかイナトリと対峙する。


 滞空する為に羽ばたき続けるドラゴンは、久々に見てもやはり大きい。剣も魔法も効かない、空を飛ぶ魔獣だ。果たしてノルトンにいる戦力だけで勝てるかどうか。



「それにしても、探す手間が省けたよ。まさか門の上に居るとは思わなかったし。君が見つかるまで暴れるつもりだったから、ちょっと拍子抜けしちゃった」



 あっっっぶな。


 僕がもし辺境伯邸で引きこもっていたら、又は別の持ち場に居たら、ノルトンを危険に晒す所だった。このドラゴンならひと暴れするだけで門や城壁を崩せる。そうしたら、街を取り囲んでいる魔獣が中に雪崩れ込む。最悪の展開だ。


 それにしても、イナトリは僕に仕返しする為だけに来たのか。それならば、僕が命を差し出せばこの場は収まるかもしれない。いや、それで済むなら安いものだ。


 絶対にここは退かない。


 僕の後ろには、ノルトンの街があるんだ。


 うまく時間を稼げばカルスさんが助けを呼んで来てくれる。そうすれば、倒せなくても傷を負わせて追い払うくらいは出来るはずだ。



「……今日は兵士を連れてないの?」



 平静を装って話し掛ける。離れているから、向こうに聞こえるよう腹から声を張り上げた。


 それが強気な態度に見えたのだろう。イナトリは少し顔を顰めたが、すぐに笑顔に戻った。



「残念ながら、お前らが仕掛けた罠のせいで連れて来れなかったんだ。その代わり、魔獣の一軍を任せて貰ったんだ。これだけ居れば、まあ楽勝でしょ」


「……そうだね、すごく困ってるよ」



 魔獣を率いてきたのはイナトリ?


 それにしては到着が遅かった。主役は遅れてくるとかいうつもりか。イナトリが魔獣の群れを操っている?


 不意に、ドラゴンが羽ばたきを強めた。突風が発生し、僕は吹き飛ばされて後ろの壁に背中を打ち付けてしまった。周りにいた自警団の人達は体を伏せて耐えている。



「痛……」



 ぶつけた背中が痛い。


 イナトリはそんな僕の様子を見て首を傾げた。



「あれぇ? あの魔導具(マジックアイテム)は? 付けてないの?」


「……残念ながら、今は手元にないんだ」



 袖を捲って腕を見せる。魔導具の腕輪を付けていた左手首には何もない。右腕も見せる。こちらにも何も装備していない。



「あはは! ……あーあ、ボクに唯一対抗出来る手段だったのに、手放しちゃったのぉ?」


「手放してなんかないよ。友達に預けてあるんだ」


「今ここに無きゃ意味がないじゃん?」


「……そうかな。そうかもね」



 間者さんに腕輪を渡した事に後悔はしていない。


 でも、確かにこの状況は不味い。魔導具の腕輪があれば、少なくとも自分の身を守る事は出来た。上手く使えば、イナトリとドラゴンを再び撃退する事も出来たかもしれない。


 ──と言っても、イナトリが同じ手を喰らうとは思えない。現に、さっきも直接攻撃してこなかった。魔導具の存在を警戒していたからだ。



「トモダチ、ねぇ。こっちの人間とそんなに仲良くなったんだー? ……バッカみたい」



 ふ、とイナトリは表情を暗くした。ドラゴンに何か囁いて指示を与える。再びドラゴンが大きく羽ばたき、また突風が城壁を襲う。立て掛けてあった弓や剣がガシャガシャと音を立てて崩れた。


 ギャア、とドラゴンが雄叫びを上げると、周りの空気がビリビリと振動した。


 僕以外の人達は全員胸壁の陰に隠れて頭を抱えている。そんな中で、隣にいた自警団のお兄さんが心配そうな目で僕を見上げていた。僕に見張りの仕事を教えてくれた人だ。ノルトンの職人街に家族がいるって言っていた。


 この人達が傷付くような事があってはならない。



「あの、ここから離れて下さい。僕の側は、たぶん一番危ないから」


「え、でも、それじゃお前が危ないじゃないか」


「僕は大丈夫なので。はやく」



 小声で避難を勧めると、お兄さんは数秒躊躇った。その後、腰が抜けて立てない仲間に肩を貸し、石段を降りていった。他の人達もそれに続いて城壁の内側へと避難していく。これで、もしドラゴンが突っ込んで来ても、城壁が崩されない限り怪我人は出ない。



「逃げたって、どーせ後でこの街の奴らも皆殺しにするんだ。早いか遅いかの違いだよ」



 そんな彼等を見て鼻で笑うイナトリ。


 皆殺しにするつもりなのか。異世界とはいえ、同じ人間なのに、何故そんな酷い事が言えるのか。以前も腕を失ったナヴァドに対して冷たかったし、イナトリには情というものが無いのか。



「さあ、明緒クン。この前のお返しだよ」

もう一人の異世界人・イナトリ再登場。

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