131話・ノルトン防衛戦 4
南門付近で警戒に当たっていたアリストスさんが、軍議に参加するため兵舎に呼び戻されて合流した。
「さて、まずはこちらの戦力を確認しよう」
魔法が使える者が四名。駐屯兵団の兵士百八十名。それと、エニアさんが寄越してくれた軍務長官直属部隊の二名。辺境伯家が雇っている無所属の護衛が数十名。あと、王族と辺境伯家、アールカイト侯爵家の隠密が各十数名ほどいる。
数は少ないが、人間の軍隊ならばこれだけで十分だ。しかし、今回の敵は人間ではない。
「少しずつではあるが、魔獣の数が増えてきているようだ。このまま増え続けられると不味いぞ」
実際に城壁の上からノルトン周辺を見てきたアリストスさんが、眉間に皺を寄せて報告する。
ノルトンを包囲する魔獣の群れは時間の経過と共に増えているという。現在は、黒・灰の魔獣各六百匹。白の魔獣百匹。そして、新種の魔獣は変わらず十匹。主に東西南北の門の前にたむろしていて、一番多いのは南門付近。
黒と灰の魔獣は駐屯兵団の兵士だけで対処出来る。だが、白の魔獣は単独では苦戦する。新種の魔獣に至っては、辺境伯のおじさんでも手を焼くほどだ。魔法使いと兵士複数が連携してやっと倒せるレベルと見て間違いない。
前回遭遇した時は、アーニャさんの幻覚魔法で惑わしている隙に倒したが、今回はそれが出来ない。
「あちら側に指揮官が居れば、幾らでもやりようはあるのだがね」
チャリ、と長針を革製の筒に仕舞いつつ、オルニスさんが呟いた。対人間なら問題なく勝てそうだな。本当にただの文官なのか?
「魔獣の出所だが、どうやら南の国境からではなく、大河を越えてきたようだ。国境付近の拠点には異常はない。陛下もご無事だと報告があった」
王様が無事と聞いて、シェーラ王女の表情が少し和らいだ。なんだかんだ言って父親の身を案じていたのだろう。
「陛下は駐屯兵団半数を以て国境付近の拠点を守っておられる。念の為応援要請は出したが、帝都に向けて進軍したエニア達との中継点でもある拠点を無人にする訳にもいかない。援軍が来たとしてもごく僅かだろう。頼りにせず、こちらだけで対処するのが望ましい」
辺境伯家の隠密さん達が、魔獣の目を掻い潜って近隣の様子を探ってきた結果、魔獣の侵入経路が明らかになった。
ユスタフ帝国との国境沿いには、高さ五メートル超えの石壁と魔獣避けの罠がある。それを避けるようにして大きく迂回し、大河を泳いで渡ってきたらしい。
普通ならば、魔獣がわざわざ大河を渡り、一都市であるノルトンだけを狙うなんて器用な真似はしないだろう。
「魔獣に指示を出している者は必ず近くに居るはずだ。見つけ次第、速やかに私に報告を」
続けて、魔獣の討伐作戦に移る。
テーブルに広げられているのは、ノルトンを中心とした周辺の見取り図。大きな門が東西南北にそれぞれ設置されており、それ以外は全て頑丈な城壁によって囲まれている。兵士が魔獣を相手にするならば、どこかの門から出ねばならない。
一番魔獣が多いのは南側。
つまり、南門から出るのは不味い。東か西のどちらかから出るしかない。
「兵士は数が足りん。城壁の上から魔法で数を減らしてからの方が良い」
「カルカロス君の言う通りだ。まずは魔獣の数を減らす、又は弱らせて一気に叩こうと思う」
しかし、魔法使いはたったの四人。そのうち二人は実戦経験が少ない。ラトスもシェーラ王女も、それはよく分かっている。これまで必要が無かったから、大きな攻撃魔法を使った事がないのだ。
「うまく使えればよし。出来なければ、我等に魔力を提供してくれれば良いだろう」
「そのつもりです」
「必ずお役に立ちますわ!」
学者貴族さんの言葉に、幼い二人は力強く頷いた。
「……みんな、巻き込んで済まない。特にシェーラ殿下。もっと早く王都に帰還していただくべきでした」
オルニスさんが詫びると、シェーラ王女は首を横に振った。
「いいえ、この事態に居合わせたのは運が良かったと思っております。ラトス様の生まれた街を守るお手伝いが出来るのですから」
もし僕達が王都に帰っていたら、ノルトンには魔法使いが一人もいない事になる。少ない兵士だけで魔獣の群れを殲滅するのは無理だ。
状況は悪いが、最悪ではない。
シェーラ王女の言葉に、オルニスさんはふっと笑って頭を下げ、感謝の意を示した。
「よし。先ずは魔獣の数を減らそう。城壁の上から魔法で確実に仕留めてくれ。魔獣の少ない東門付近から始める」
オルニスさんの指示で、魔法使い四名が団長室から出て行った。それぞれ隠密さん達が護衛に付いてるから危険はないと思うけど心配だ。
「──さて、ヤモリ君には何をしてもらおうか」
「!」
そうだった。
何でもするから、と無理やり付いてきたんだ。僕も出来ることをやらなくては。とはいえ、本当にここで役に立てるのだろうか。
「ヤモリ君、目は良い方?」
「え? あ、ハイ」
自慢じゃないが、ひきこもってゲームや読書ばっかしてた割に視力は良い。両親も祖父母も眼鏡は掛けてないし、多分そういう家系なんだと思う。
「では、君には南門の城壁の上で見張りをやってもらおう。何かあったら、この呼び子を吹くんだよ」
そういって渡されたのは、小さな金属製の筒型の笛だった。首に掛けられるよう紐が付いている。試しに軽く吹いてみると、甲高い音が鳴る。
戦う訳じゃないから大丈夫。
……と思ってたけど、実際に城壁の上に登って魔獣の群れを目の当たりにすると、やっぱり怖い。
城壁は高さ十五メートル、幅二メートル程で、国境の壁のように魔獣が束になっても越えるのは難しい。しかし、石造りのため表面に凹凸がある。猿型の魔獣なら難なく登ってこられる構造だ。
それを防ぐ為、駐屯兵団の兵士と自警団が二十四時間体制で見張りをしている。自警団はノルトン在住の二十代から五十代の働き盛りの男性が所属するグループで、今回のような場合に備えて簡単な武器の扱いは練習済みだという。僕はそこのメンバーに一時的に加えられた形となる。
僕の仕事は、壁を登ろうとする魔獣をいち早く発見する事。
僕以外にも見張り担当は何人もいるとはいえ、もし見逃して一匹でも街に侵入されたら大変だ。責任重大だ。
そして、仕事内容はともかく、眼下に広がる光景に思わず腰が引けてしまう。
この南門付近は特に魔獣の数が多いと聞いてはいたが、確かに地面が見えなくなる程たくさんいる。上から下の様子を見ようと覗き込めば、魔獣側もこちらを睨みつけて吼える。特有の獣臭さが辺りに充満していた。
ていうか、何故僕が南門に?
兵舎から一番近いからかな??
「兄ちゃん、オルニス様の知り合いなんだろ? すまねえな、手伝ってもらっちまって」
「いえ、僕は単なる居候なので……」
隣の持ち場にいる自警団のお兄さんから声を掛けられた。五〜十メートルの間隔を空けて見張りが立っている。ノルトンをぐるりと囲む城壁全体に配置されているのだ。その数は多い。
「交替制なんだが、人手が足りなくて休憩が取れない奴も多くてな。助かるぜ」
「あ……そうだったんですね」
知らなかった。魔獣が現れてから、彼らは一昼夜以上こうして屋外で見張りをしていてくれたんだ。昼間はともかく、夜は冷えるだろうに。
「オルニス様が昨日のうちに全ての家に一週間分の食料を分配してくれてな、買い物とかで外出しなくて済むよう取り計らってくれたんだ。ひとり親んとこは子供を預かってくれたりな。だから、オレらも安心して働けるってワケよ!」
「そうそう、見張りにも給金出してくれるしな!」
「ありがたい話だぜ」
近くにいた人達から、オルニスさんを賞賛する声が相次ぐ。こんな非常事態だからこそ、住民が安心して生活出来るようにキチンと対応しているんだ。流石は第一文政官、抜かりがない。
オルニスさんの好感度が高いおかげで僕まで歓迎してもらい、持ち場での人間関係は非常に良かった。分からないことがあれば気軽に質問出来た。
「いいか。時々壁に向かって突進してくる魔獣がいるが、それは放っといても大丈夫だ。ただし、図体のデカい奴が来たら止めなきゃならねぇ」
そう言って自警団のお兄さんが指差したのは、城壁から少し離れた場所にいる大きなサイに似た魔獣。体の大きさは、鼻先から尻尾の先までで五メートル以上はある。もしこれが全力で体当たりしてきたら、幾ら城壁が頑丈でも崩されてしまいそうだ。
「アイツが城壁に近付いてきたら思いっきり呼び子を鳴らせ。あと、たまに猿みたいな奴が登ってくるから、それは弓で射って落とすんだ」
「……弓、やったことないです」
「マジか、坊っちゃん育ちかよ〜! ……あ、まさか貴族の出とかじゃねえよな?」
「ち、違います!」
久々に貴族疑惑が出たなあ。僕は生まれも育ちも生粋の平民です、と答えたらホッとされた。
「ならいーわ。矢にも限りがあるからな、近くの奴に知らせてくれりゃあ代わりに射るぜ」
「すみません、助かります」
こうして親切な自警団の人達に支えられながら、僕の見張りの仕事が始まった。
みんな胸の高さ程の胸壁部分に乗って腰掛け、身を乗り出して真下を監視している。慣れない僕は高い場所が怖いのもあって、胸壁の上には座れず、上半身だけを凭れ掛かるようにして下を覗き込む。
魔獣達はウロウロしながらも、門の前から離れようとはしない。時折城壁の上にいる見張りを威嚇するように吼えるだけ。
辺りを見回してみても、特に人影はない。オルニスさんが言っていたような、魔獣に指示を出している人物は本当に居るのだろうか。
見張りを始めて数時間。
その間、何度か呼び子を吹く場面があった。突進してきたサイの魔獣は、何処からともなく現れたカルスさんが斬り伏せてくれた。
城壁から一直線に駆け下り、魔獣の背に着地して首をスパッと斬り落とす。そして背から壁に跳躍して再び城壁の上に戻る。その間、僅か数秒。一度も地面や他の魔獣に接していない。対象の魔獣が壁際まで寄って来ないと出来ない芸当だ。
「あーあ。前線よりは楽だけど、こうもコキ使われるとは思わなかったな〜」
汗ひとつかかず、金髪をなびかせながら次の呼び子が聞こえる方へと駆けていくカルスさん。
もしや、ひとりで呼び子の対応をしているのか?
流石エニアさん直属部隊副隊長。その実力は予想以上のものだった。
何にも出来ないヤモリ君ですが、やれる事を必死に頑張ります。
カルスさんは割となんでも出来ますが、やる気はあんまり有りません。




