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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
第9章 ひきこもり、世界の闇に触れる

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126話・護衛解任

 辺境伯邸に戻ると、玄関ホールでメイド長さんが出迎えてくれた。



「皆様、おかえりなさいませ。もうすぐお茶の時間になりますから、どうぞそのまま応接室の方へお越し下さい」


「あの、オルニスさんは?」


「坊っちゃまのお部屋におられますよ」



 誘拐されていたラトスを救出して以来、オルニスさんはほとんどラトスの側から離れていないという。過保護ではない。衰弱した我が子を見れば、誰だって暫くはそうなるだろう。



「じゃあ僕、ふたりを呼んできます」


「あ、自分(ジブン)も」



 ワンテンポ遅れて階段を上がる僕を追い掛けようとした間者さんを片手で制する。



「屋敷内だから護衛はいらないよ。みんなは先に応接室に行ってて」






 ラトスはかなり回復していた。フラついていた足取りもしっかりしたものになり、屋敷内の移動に介助は必要なくなった。三階の部屋から一階の応接室へも、自分で歩いてくることが出来た。


 その様子を見て、シェーラ王女はまた泣きそうになっていた。彼女も帝都で衰弱しきったラトスを間近で見た一人だ。一時は命をも危ぶまれた想い人が元気を取り戻していく姿は何よりも嬉しいのだろう。


 それぞれ用意された席に着く。


 間者さんは渋々僕の隣に腰を掛けている。長く使用人として働いてきたからか、主人や客人達と同じテーブルを囲むのは抵抗があるようだ。今でも辺境伯家の家臣である事には変わりはないが、出自が明らかになった以上、扱いは今まで通りとはいかないらしい。


 ラトスの護衛として、軍務長官直属部隊隊長のクロスさんが窓際に控えている。が、果たしてこの部屋に護衛は必要なのだろうか。僕以外は全員強いんだけど。


 お茶が注がれるのを待っていると、急に外が騒がしくなった。誰かが馬で駆けてきたみたいだ。


 早馬?



「ああ、拠点からの定期連絡だよ」



 オルニスさんがそう言い終わる前に、クロスさんが庭園に面した応接室の大窓を開け放った。若い兵士が馬から降り、こちらに走り寄ってくる。駐屯兵団の革鎧を身に付けた兵士は窓のかなり手前で膝をつき、大きな声を張り上げる。



「失礼します。今朝方、グナトゥス様とエニア様は王国軍第一師団、第四師団を率い、帝都へ向け進軍を開始しました」



 帝都に進軍!?


 国境では収まらなかったのか。



「帝国軍は野営地を放棄して移動、それを追っていくとの事です」


「……分かった。ご苦労だったね」


「はっ」



 若い兵士はすぐにまた馬に乗り、辺境伯邸から去っていった。これから駐屯兵団の兵舎にも立ち寄り、同様の報告をするのだろう。



「お母さま、怪我してないかな……」



 カップを両手で包むように持ちながら、ラトスが不安げに呟いた。離れた戦場にいる母親の身を案じているのだ。そんな不安を吹き飛ばすかのように、オルニスさんは微笑んだ。



「心配要らないよ。エニアはこの国で一番強いのだからね」



 そうでなければ、サウロ王国軍のトップである軍務長官は務まらない。実際、戦いでエニアさんが遅れを取る事はないだろう。最大の懸念であった人質(ラトス)も、こうして無事に取り戻せたのだから。


 辺境伯のおじさんやアークエルド卿、アーニャさんも強い。一般の兵士さん達も、並みの魔獣や帝国兵相手なら負ける事はない。



「しかし、思っていたより長引きそうだ」



 そう。逃げる帝国軍を追い掛けていけば拠点が遠退き、補給線が伸びてしまう。ただでさえも食糧不足が予想されているというのに。



「敵地に入りますし、兵站は大丈夫でしょうか」


「その辺りは、アークエルド卿やブラゴノード卿がうまくやって下さるかと」



 シェーラ王女の心配も尤もだ。道中、魔獣もたくさん出るだろうし、補給部隊の行き来にも不安が残る。


 しかし、その辺りは師団長達がうまくカバーしてくれるらしい。全員が突っ込んでいくタイプじゃなくて良かった。



「さて」



 軽く手を叩き、オルニスさんは場を仕切り直した。



「またボンヤリしているね。そんな調子で、ヤモリ君を守っているつもりかい?」



 不意に、話の矛先が間者さんに向けられた。オルニスさんから先程までの穏やかな笑みは消えている。雰囲気が怖い。何故かアリストスさんまでビクビクしている。何か思い出したかな。


 思わず背筋を伸ばす間者さん。


 確かに代表者会談以降、彼は常に心ここに在らずといった感じだった。正直言って、この数日間は護衛として満足に動けていない。



「お前の、ヤモリ君の護衛の任を解く」


「え……」



 突然の解任宣言に、間者さんは目を見開いた。顔を強張らせ、膝の上に置いた拳が白くなるほど強く握りしめている。



「じ、自分(ジブン)が、役に立たないから、ですか」



 震える声で尋ねる間者さん。


 その様子を、僕は黙って見守っていた。その態度が不安を掻き立てたのだろう。隣に座る僕に縋り付くように、間者さんは椅子から降りて床に膝をついた。


 行き場を失った捨て猫のような、心細さと悲しみを湛えた目が僕を見上げる。それを見て、彼はこのままでは駄目だと改めて実感した。



「……解任の件は、僕がオルニスさんに頼んだんだ」


「ッ!」



 ビクッと肩を揺らし、僕の服を掴んでいた手が離された。そのまま力無く項垂れる。



「ヤモリさん、自分の事、もう要らない?」



 搔き消えそうな声が、彼の今の心境を表していた。


 長年エーデルハイト家に仕え、現在は異世界人である僕の護衛として働く事が間者さんの存在意義となっていた。それが、出自から明らかになった直後の解任。捨てられたと思っているのかもしれない。



「どうやら勘違いしているようだが、誰もお前を追い出すとは言っていないよ」



 オルニスさんの言葉に、間者さんは顔を上げた。



「帝都進軍の件もある。今を逃せば機会は永遠に失われるかもしれない。……母親に会いに行ってきなさい」


「え」



 彼の様子がおかしくなったのは、生き別れの母親の存在を知ってからだ。代表者会談で、将軍シヴァから母親の存在を知らされた時。そして、帝国の外務大臣プレドさんから、その母親の体調が思わしくないと聞いてから、更に不安定になっていった。



「びっくりさせてごめん。……僕の護衛の仕事があったら帝都に行けないでしょ? だから、オルニスさんにお休みを貰えるようにお願いしたんだ」



 僕が一人でラトスの部屋に寄ったのは、事前に許可を貰う為だ。間者さんが塞ぎ込んでいる事は、オルニスさんもラトスも気付いていた。それで、二つ返事で間者さんの休みをくれたのだ。



「腑抜けたままでは仕事に支障が出る。気掛かりがあるなら、早く解消してきなさい」


「お父さま、言い方が優しくない。……ボクだって、お母さまが遠くにいて会えないのは嫌だ」



 厳しくなりがちなオルニスさんの言葉をラトスがフォローした。


 誘拐され、帝都で監禁されていた時は、もう二度と両親と会えないと覚悟をしていただろう。今も母親のエニアさんは戦場にいる。



「母上が生きているなら、会いたいと思うのは当然だ」



 幼い頃に母親と死別した学者貴族さん。


 その時に、色々と確執のあった本宅から距離を置いて十数年。最近ようやく義理の母と弟へのわだかまりがなくなったばかりだ。



「僕は……もうお母さんには会えないかもしれないけど、間者さんは会おうと思えば会えるよね」



 自宅の部屋でひきこもっていただけなのに、僕は異世界に転移してしまった。家族とは世界で隔たれてしまった。普通の学生生活が送れず、散々迷惑を掛けた。まだ謝ってないし、お礼も言ってない。別れの挨拶すら出来なかった事は、未だに心残りだ。


 どう足掻いても、僕は自力で元の世界には戻れない。学者貴族さんとアーニャさんが異世界研究を進めてくれているけれど、帰れる保証はどこにもない。



「だから、会えるうちに行ってきなよ」



 僕は上着のポケットから魔導具の腕輪を取り出し、間者さんに差し出した。



「さっき、ラトスに魔力を籠めてもらったんだ。これがあれば何回かは危険から身を守れる。戦場のど真ん中を通るだろうし、持っていって」


「まさか、この為に……?」



 修理の際に繋ぎ直さず、サイズ調整が出来るように金具を付けてもらったのは彼に渡す為だ。


 間者さんが顔を向けると、ラトスは小さく頷いた。僕が訳を話したら、病み上がりなのに惜しみなく魔力を籠めてくれたんだ。



「これ、アーニャさんから借りてる大事なものだから。又貸ししたら怒られそうだし、バレる前に帰ってきてね」


「ヤモリさん……」



 腕輪を受け取って胸に抱えると、間者さんは盛大に息を吐き出した。



「はぁ〜……捨てられるかと思った……!」


「何を大袈裟な」


「やっぱり、お父さまの言い方が怖かったから」


「側で聞いててハラハラしましたわ」



 ラトスとシェーラ王女からたて続けに責められ、本人は心外そうだ。確かにオルニスさんの話の切り出し方では解雇通告にしか聞こえなかったと思う。



「では、こうしよう。ただ休みを貰うのが不安なら、これをエニアに届けてくれるかな」



 そう言って、オルニスさんは手早く便箋に何かを書き付けてから封をした。エニアさん宛ての手紙だ。


 間者さんはすぐオルニスさんの側に行き、直接封筒を受け取った。


 これで帝都行きは個人的な用事ではなく、オルニスさんからの仕事となった。



「この身に代えても、エニア様にお届けします」


「頼んだよ」



 その目からは、もう迷いは消えていた。普段の、明るく飄々とした顔に戻っている。



「んじゃ、ヤモリさん。行ってきます!」


「うん。気を付けて」



 開け放たれたままの窓から飛び降り、間者さんはそのまま帝都へ向かって走り出した。

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

今後とも見守ってやってください。

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