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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
第9章 ひきこもり、世界の闇に触れる

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125話・食糧問題と超回復の秘密

 ノルトンの南門近くにある駐屯兵団の兵舎。


 現在、ほとんどの兵士は出払っていて建物内は閑散としていた。半数は国境へ、もう半数はクワドラッド州全体の防衛へ。ノルトンにも数百人残っているけど、街の外周を巡回をしていて兵舎の詰め所には十数人しか常駐していない。


 その他に居るのは、国境で負傷して戦線離脱した兵士さんたちだ。兵舎の広間では兵士さん達が手当てを受けていた。包帯でぐるぐる巻きにされ、ベッドに寝かされている人が何十人もいる。その中に知った顔を見つけた。



「アトロスさん!」


「おや、ヤモリさん! お久しぶりです」



 ノルトンのお医者さんで、キサン村関係者のアトロスさんだ。現在は駐屯兵団のお抱え医師の一人として奮闘しているという。



「ノルトンにいらしてたんですか。王都でお会いして以来ですね」


「はい、ちょっと用事があって。昨日キサン村にお墓参りに行ってきました」


「おお、墓参りですか! ありがとうございます、姉も喜んでいることでしょう。……検死の後で、駐屯兵団の皆さんが埋葬し直してくれましてね、今でも定期的に手入れをして下さってるんですよ。ありがたいことです」



 アトロスさんは僕が帝国に行っていた事を知らない。もちろん、ラトスが誘拐された事も平民である彼には知らされていない。


 王様によって捜査や救出に関わる人以外に箝口令(かんこうれい)が敷かれているからだ。下手に噂が広まれば領民が不安に陥ってしまう。ただでさえ、帝国との戦争と魔獣の出没で生活を脅かされている。これ以上、心配事を増やしてはいけない。


 それに、アトロスさんや甥のトマスさんは元帝国民だ。帝国が辺境伯の正統な跡取りであるラトスを誘拐したという話が出れば、領民は怒り狂うだろう。その怒りの鉾先が向けられる恐れもある。クワドラッド州には亡命してきた帝国民が多く移り住んでいるから混乱を招きかねない。



「……怪我してる兵士さん、多いですね」


「ここにいるのはごく一部の方達です。ノルトンに住んでる者は自宅や宿舎で療養してたりしますからね。あと、第四師団の方々は別の療養所を丸々借り上げて治療を受けてますよ」



 負傷兵は約数百名。すぐに戦線復帰出来ない者も少なくないらしい。


 アトロスさんと別れ、僕達は地下にある牢屋に向かった。


 途中、廊下で第一小隊隊長のアデスさんとバッタリ会った。昨夜国境の戦闘で発生した負傷者をノルトンに運んできたところなんだとか。


 食糧不足について尋ねると、彼は苦笑いを浮かべた。



「以前から地方の農村に兵士を派遣して防衛と農業を両立させてましたから、まだそこまで困ってはないですよ。でも、この状況が長引いたら厳しいかと思います」



 キサン村の事件以降の団長さんの采配がここにきて役に立っていた。それでも無限に食糧が供給出来る訳ではない。消費量が生産量を遥かに上回っているのだから。


 前線の拠点は優先的に食糧を回してもらっているので、今のところはまだ大丈夫らしい。


 ここで、前々から疑問に思っていた事を尋ねてみた。



「あの、魔獣の肉って食べられないんですか」


「魔獣? あれは無理ですねー! 生臭いし、固くて筋ばっかで、煮ても焼いても食べれたものではないですよ。腐るのも早いですし。よっぽど困らない限り、誰も手を伸ばしませんよ」



 めっちゃ笑い飛ばされてしまった。


 僕の発言に、アリストスさん達がドン引きしている。いや、魔獣を作り出す方法を考えれば積極的に食べたいとは思えないけど、飢えるよりはマシかと思って。国境付近に死骸がいっぱいあるし。でも、根本的に食用には向かないみたい。


 アデスさんは、負傷兵を降ろして空になった馬車にノルトンで仕入れた物資を積み込み、すぐ国境の拠点へ戻るとか。忙しそう。


 サウロ王国軍は既に国境の壁を越え、帝国領に攻め込んでいるという。怪我に気を付けてください、団長さんによろしくと伝え、廊下で別れた。


 階段を降りると、地下特有の湿った空気と蝋燭の燃える匂いが立ち込めていた。アリストスさんと学者貴族さんは顔を顰めているが、ここに投獄された経験のある僕にとっては懐かしい空気だ。


 見張り番の兵士さんによれば、ティフォーは出された食事を残さず食べ、独房内でずっと大人しく過ごしているという。入牢前に女性兵士に身体検査をさせたが、武器や暗器の類は一切所持していなかった。しかし、ティフォーは丸腰でも戦える。油断は出来ない。


 ティフォーに充てがわれた最奥の独房は、壁と床、天井に至るまで全て石で作られている。唯一の出入り口である扉は分厚い鋼鉄製で鍵は複数有り、セキュリティーの為それぞれ別の場所に保管されている。外部に繋がる窓は無い。この扉を開けない限り脱獄は不可能だ。


 鉄格子越しに中を覗くと、ティフォーは壁に背を預けて座っていた。こちらに気付いているが、視線は向けてくれない。



「……何しにきたのよ」



 不機嫌そうだ。魔獣(リーニエ)の遺体と引き離した事をまだ怒っているのだろうか。こちらからは横顔しか見えない。しかし、明らかに変化があった。



「やはり、傷が治っているな」



 学者貴族さんは、食い入るようにティフォーの全身を観察している。


 そう、昨日は確かに彼女の顔にはうっすらと火傷の痕があった。それが、たった一日で綺麗に消えていたのだ。元は学者貴族さんの特大の雷魔法で全身黒焦げだったはずだ。昨日森で遭遇した時には僅かな痕が残るのみとなっていた。そして今日、完全に治っている。


 帝都で戦った時、ナヴァドやランガは攻撃を食らって倒れても僅か数分で復活してきた。回復力が並外れて高いという事だ。それに、常人には有り得ない程の腕力と瞬発力を兼ね備えていた。



「お前達は普通の人間とは違う。何故そんなに傷の治りが早いのだ。答えろ」


「……」


「また焼かれたいのか?」



 だんまりを決め込むティフォーに対し、これ見よがしに雷をチラつかせる学者貴族さん。アリストスさんも、大好きな兄上を無視するティフォーに対して殺気を向けている。僕と間者さんはそんな二人を後ろから眺めるしか出来ない。ていうか、二人とも怖い。



「分かったわよ。答えりゃいーんでしょ」



 小さく舌打ちをして、ティフォーはようやくこちらに向き直った。学者貴族さんにかなりの苦手意識を抱いているようだ。幾ら治ると言っても攻撃を喰らえば痛い。ここは逃げ場がないから尚更嫌だろう。



「……魔獣の肉を食べたのよ、(ナマ)で」


「え」



 ついさっき魔獣が食用に向いていないという話を聞いたばかりだ。しかも、生肉を?



「リーニエが生け捕りにしてくれた魔獣に、そのまま噛り付いたの。他に何にも食べるものなんかなかったし、魔獣の襲撃で村から遠く離れちゃったから火を熾こす道具も持ってなかったし。だから、しょうがなく生のまま」



 魔獣でなくても生肉を食べるのは抵抗がある。当時は余程の飢餓状態だったのだろうか。



「他にも生き残りはいたけど、魔獣の肉を食べたらもがき苦しんで死んじゃったわ。残ったのはアタシ達三人だけ。……それ以来、何故かは知らないけど傷の治りが早くなったのよ」



 そう言いながら、自分の腕をさするティフォー。ここにも火傷の痕があったはずだが、今は傷ひとつない。


 他の村人が死んだ原因は恐らく食当たりだ。生で野生の獣肉を食べれば普通はお腹を壊すし、最悪寄生虫等が原因で死に至る。魔獣の肉なら危険性は更に跳ね上がる。


 ティフォー達が助かったのは運が良かったに過ぎない。そして、魔獣の血肉をそのまま体内に取り込んだ事で、魔獣の回復力と高い戦闘力を身に付けたのだろう。たまたま適合出来たという訳か。


 追い詰められた状況下での偶然の産物。



「この事は、帝国の奴等も知っているのか」


「……ええ。イナトリ様には話したから、シヴァ様もご存知だと思うけど」



 まずい。


 将軍シヴァは、魔獣を生み出す為に自国民を平気で犠牲にする非情な人間だ。戦闘力と回復力に優れた戦士を作る為に、無理やり魔獣の血肉を食べさせるくらいやりかねない。


 もし帝国側にティフォー達みたいな戦士がたくさん居たら、かなり苦しい戦いになるんじゃないか?



「……アンタ達は真似しない方がいいわよ」


「当たり前だ」



 今のは僕達を気遣って忠告してくれたのかな。



「ティフォー、ありがとう。辛い事聞いてごめん」


「……フン」



 御礼を言ったら顔を背けられた。


 幾ら優秀な戦士を生み出す為でも、どんなに切羽詰まろうとも、サウロ王国軍はそんな手段は取らない。知的好奇心に満ちた学者貴族さんでも、命の危険を侵してまで試す事はしないだろう。


 でも、食糧危機が迫っているんだよなぁ。


 もし食べる物がなくなって、戦場のど真ん中で火を熾す手段がなかったら。飢えに堪え兼ねて、魔獣の肉に手を出す人が現れないとも限らない。


 それにしても、重い話を聞いてしまった。



「……あのさ、今後ティフォーはどうなるの?」


「第一師団の兵士の殺害、貴族の子弟の誘拐、監禁。他にも余罪はありそうですから、どう甘く見積もっても死罪は免れないでしょうな」


「……そっか」


「なんにせよ、今すぐどうこうは出来んだろう。すべては戦争が終わってからの話だな」



 僕達は沈んだ気持ちのまま兵舎を出て、帰りに職人街の彫金師のお店に立ち寄った。修理した腕輪を受け取りに来たのだ。



「切断面を覆う様に金具を取り付けまして、長さを調整出来るように致しました。如何でしょうか」


「わあ、ありがとうございます!」



 魔導具の腕輪は、元の細工と調和した金具が新たに取り付けられていた。留め具があり、取り外しとサイズが変えられるようになっている。腕輪の凹みや細かな傷も綺麗に直されていた。


 金具にも細かな細工が施されていて、装飾品としてのグレードがかなり上がっている。



「先代の奥様もエニア様も、装飾品の類は身に付けて下さらないので……」



 先代の奥様、つまり辺境伯のおじさんの奥さんは平民出身で、華美な装飾品は好まなかったらしい。エニアさんはパーティーより戦場や練兵場にいるのが好きで、実用的な防具以外は欲しがらない。


 貴族のお抱え彫金師なのに、普段の依頼はアクセサリーより家具の飾り細工ばかり。最近は魔獣騒ぎや戦争で、普通のお客も贅沢品を買い控えている。そんな中に来た久々の装飾品加工の注文が嬉しかったらしく、この短時間で遺憾無く職人スキルを発揮してくれた。



「魔導具ですから、後で魔力を通して動作確認をして下さいね。もし不具合がありましたら、いつでもお直し致しますので」



 修理と加工代金を払おうとしたら、既にオルニスさんから十分頂いていると返された。また先回りされてしまった。お小遣いを貰っているのにほとんど使い道がない。


 馬車で辺境伯邸に帰る時も間者さんは塞ぎ込んでいた。ティフォーからシヴァの名前が出た時から、更に元気が無くなっている。


 気晴らしのつもりだったけど、今回の外出は逆効果だったな。

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