124話・魔導具修理
ノルトンの辺境伯邸でラトスとオルニスさんに再会。離れていた間の出来事を話した。
しかし、まだ本調子ではないラトスは長く身体を起こしていられない。その為、この場では重要そうな部分だけを掻い摘んで説明するだけに留まった。
「私達は階下に行くが、ラトスを頼んだよ」
「はっ」
部屋の警備を任されていたのは、なんとクロスさんだった。軍務長官、つまりエニアさん直属部隊の隊長さんで、すごく強い。僕も帝国に行くまでの道中でお世話になった。相変わらず無表情だ。
ラトスが寝室に引っ込んでから、僕達は場所を移した。シェーラ王女やアリストスさん達が居るから、来客用の豪華な応接室だ。
既にメイド長さんがお茶を用意してくれていた。先程の話を聞いていたのか、いつもは無い間者さんの席まで。それを見て、間者さんは慌てて壁際まで下がった。
「えー……自分は後ろで立ってるんで……」
「まあまあ、たまには一緒に座ろうよ。ホラ、お菓子いっぱいあるし」
「お前が席につかないと始まらないよ」
「……」
オルニスさんに促されて、ようやく間者さんは僕の隣の椅子に腰掛けた。王女様と侯爵家の人も同席している場で席につくというのは、予想以上に抵抗があるみたい。顔が引き攣っている。
応接室に場所を移してから、シェーラ王女は落ち着きを取り戻していた。少し目が赤いが、表情は普段通りだ。先程受け取ったハンカチは、まだ胸元にしっかりと抱え込まれている。
「ラトス様がお元気になられて良かった……笑顔が見られて安心致しました」
「これも、ラトスの居場所を見つけて下さった殿下のおかげです。この度の助力、本当にありがとうございました」
「いいえ、私など。いち早くあの場所から逃がす判断をして下さったヤモリさんが一番の功労者ですわ」
帝都に着いた直後、案内役として現れたナヴァドは僕達を別の場所に連れて行こうとしていた。しかし、シェーラ王女が感知魔法でラトスの居場所を探り、正しい場所へと案内させたのだ。もし騙されて別の場所に行っていたらどうなっていたか。
それに対し、僕は人質として帝都に残ると決めただけ。ところが、人質交換に応じたのに、結局魔獣やナヴァド達が撤退するオルニスさん達を追い掛けていってしまった。果たして役に立てたと言えるのだろうか。
「勿論、ヤモリ君にも感謝しているよ。あの時、私の迷いを断ち切らせてくれたのは君の言葉だ。ラトスの治療が間に合ったのは、殿下と君のおかげだよ」
「はぁ」
「それに……実は、あの子が元気を取り戻したのはヤモリ君がサウロ王国に戻ったという報せを受けてからなんだ」
え。それ、ほんの二、三日前じゃないか。
「身代わりとして君が帝都に残ったと知って、かなり落ち込んでいたんだよ。自分を責めていたのかもしれないね。数日前に君が無事だと分かった途端、食事の量も増えたし笑顔を見せてくれるようになった。だから、私の代わりにヤモリ君を助け出してくれた君達には本当に感謝している」
そう言って、オルニスさんは再びアリストスさん達に頭を下げた。
僕を気に掛けてくれていたんだ。これで、もし僕が帝国に囚われたままだったら、ラトスは責任を感じて精神的に参ってしまうところだった。僕一人の犠牲でラトスが助かるならと考えていたけど、それじゃ駄目だったんだな。
なんにせよ、ラトスを助け出す事が出来たし、僕も無事にサウロ王国に戻ってこられた。後は、戦争でユスタフ帝国に勝てば全て解決する。それも、簡単な事ではないけれど。
「あと数日療養して、ラトスの体力がもう少し回復したら王都に移すつもりだ。国境から半日の距離があるとはいえ、ノルトンも完全には安全ではないからね。マイラにもラトスの元気な姿を見せてやらなくては」
「そうですね、その方がいいと思います」
既に無事を手紙で知らせてあるらしいけど、直接顔を見た方がマイラも安心出来る。早く会わせてあげたい。
王都には僕達も一緒に行く事になった。遠出は一度で済ませた方が護衛の手間が省ける。今は少しでも多くの兵士を国境での戦いに投入するべきだからだ。
その後、オルニスさんから辺境伯邸御用達の彫金師を紹介してもらった。
「魔導具の修理か。屋敷に呼ぼうか?」
「あ、いえ。お店の場所が分かれば直接行きます」
「では、あちらには明日行くと伝えておくよ」
屋敷に来て貰った方が楽だけど、魔導具の修理以外にも外出したい理由が幾つかある。
一つは、駐屯兵団の牢に預けっぱなしのティフォーの様子を見に行くこと。彼女からは出来るだけ魔獣や帝国の情報を聞き出しておきたい。
もう一つは、間者さんの気晴らしの為だ。代表者会談以降、彼はずっと塞ぎ込んでいる。さっきオルニスさんとラトスから掛けてもらった言葉で幾分気持ちが楽になったみたいだけど、まだ普段通りとはいかない。部屋に閉じこもっているより、外の空気に触れた方が元気が出るはずだ。
僕は部屋に閉じこもっている方が元気になるけどね。最近は遠出ばっかしてたからか、外に出る事に少しだけ慣れてきた。以前は外出する度に精神力がごっそり削られていたから、かなり進歩した気がする。
彫金師のお店の場所は間者さんが知っているが、二人だけでの外出は許されていない。その為、アリストスさんと学者貴族さんに見張り兼護衛として同行してもらう事になった。
翌日。
四人で連れ立って彫金師のお店を訪ねた。ノルトンの職人通りにある立派なお店で、主に金属製の装飾品を手掛けている。
そこの店主さんにアーニャさんからのメモを渡し、腕輪を見てもらう。この店では魔導具の取り扱いはないけど、注意事項さえ守れば危険はないらしい。誤作動を防ぐ為、事前に内蔵魔力は抜いてもらってある。
「……ははぁ、成る程」
僕の左手首に装着されている腕輪を見て、店主さんは苦笑いを浮かべた。
この腕輪、元は緩いサイズだったんだけど、帝国に行く前、エニアさんによって無理やり縮められた。肌との隙間はほぼゼロ。むしろ、やや食い込んでいるくらい。腕輪に隠れた部分が洗えないのが辛い。
装飾品がキツくなって取れなくなった、という相談は珍しくないそうだ。店主さんは工具入れから小瓶を取り出し、腕輪の周辺に中身を垂らした。やや粘度のある液体。多分、なにかの油だ。
次に、物差し状の薄い金属板を取り出し、それをゆっくりと腕輪と肌の隙間に差し込んで行く。幅二センチ程の金属板を通してから、店主さんは糸鋸みたいな工具を使い、腕輪を削り始めた。
「ふむ、土台はかなり軟らかい金属で作られていますねぇ。これならすぐ切断出来ますよ」
金属板は、糸鋸の歯が肌に当たらないよう保護する為だったんだな。これが有るだけで安心感が違う。
作業開始から僅か数分で腕輪は切断され、約半月振りに取り外す事が出来た。ずっと締め付けられていたせいか、腕輪の下になっていた部分はやや赤くなっていた。
「おや? この凹みはどうされました」
腕輪を検分していた店主さんが凹みに気付いた。流石にドラゴンに噛まれたとは言えない。
「あー……その、大きな犬に噛まれちゃって」
「そうでしたか。この素材ですと、力を加えても割れずに変形するだけですからね。もう少し強く噛み付かれていたら、手首が潰されてしまうところでしたよ」
「うわ」
危なかった。
あの時、魔力貯蔵魔導具が間に合わなければ、僕の左手は腕輪ごとグシャッと噛み潰されていた訳だ。まあ、割れても同じ事なんだけど。
間者さんと学者貴族さんがジト目でこちらを睨んでいる。またあの時の事を蒸し返されそう。
「傷を修理して、繋ぎ直せばよろしいですかな」
「ええと、少しキツいんで太さを調整出来るようにしたくて。あと着脱式にしたいんですが、そういう加工って……」
「ええ、新たに金具を取り付ければ可能ですよ。二時間程お時間を頂きますが」
「じゃあ、お願いします。他で用事を済ませてから、帰りに寄りますので」
腕輪を預け、僕達は駐屯兵団の兵舎に向かった。
馬車の車窓からノルトンの街並みを眺める。通りが交差する場所にある広場には天幕が張られていた。近隣の小さな集落からの避難民を受け入れているのだとか。
市場の前を通り掛かったが、店頭に並ぶ売り物が少ない。駐屯兵団の護衛がなければ街と街の行き来が自由に出来ないせいか、流通が滞っているようだ。
「現在クワドラッド州には駐屯兵団二千名の他に、第四師団二千名、第一師団一千名がおりますからな。食糧が不足し始めているのやもしれません」
そうだ、そもそも大規模遠征の時にかなり備蓄を減らしていた。だから、辺境伯のおじさんは早く帝国に攻め込んでカタをつけるつもりでいた。
しかし、ラトス誘拐と僕の救出で十日以上余分に時間を食ってしまった。代表者会談での和解交渉云々は駄目押しか。
キサン村の畑に何も植わってなかったの、単に収穫後だからと思っていたけど違ったのかな。食糧が足りなくなって早めに収穫したのかも。
「……帝国は、思っていたより考えて動いておるのかもしれんな」
何処までが相手の策なのか、考えるだけで怖くなった。




