121話・墓参りと再会
いつも読んでいただきありがとうございます。
ひきこもり異世界転移、第9章が始まります。
第8章で明かされなかった秘密や謎が明らかになる予定です。今後の展開にご期待ください。
後書きに小話がありますので、そちらも是非。
先日の代表者会談でユスタフ帝国から政略結婚を持ち掛けられたが、サウロ王国側はこれを断るつもりでいる。
というか、悩む必要もない。
何故なら、この政略結婚で得をするのは帝国だけだからだ。誰を結婚させようと、必ずサウロ王国側の誰かがユスタフ帝国に移り住む事になる。つまり、体の良い人質だ。
国民を犠牲にして人工的に魔獣を増やし、他国を襲わせている非人道的な国だ。ここで終止符を打たねばならない。
本格的に戦闘が始まる前に、僕と間者さん、シェーラ王女、護衛役のアリストスさんと学者貴族さんは一旦国境から離れる事にした。僕達がノルトンに着く頃には、国境の壁を越えて両国の兵がぶつかるだろう。
──という訳で、僕達は街道を北上している。
馬車の周囲を王族とアールカイト家の隠密さん達が馬に乗って護衛してくれている。団長さんが駐屯兵団からも護衛をと申し出てくれたけど、これから戦争が始まるし、例え数人でも貴重な戦力だから遠慮した。
帝国領ならともかく、ここはサウロ王国内だからね。魔獣数匹くらいなら隠密さん達だけで十分対処出来る。万が一の時はアリストスさんと学者貴族さんもいるし、シェーラ王女も自分の身は守れる。間者さんも相手が多数でなければ勝てるだろう。
その間者さんだけど、いつもは明るくて飄々としてるのに、昨日の代表者会談からずっと塞ぎ込んでいる。話し掛ければ応えるけど、どこか上の空だ。
自分がユスタフ帝国の将軍の息子だと言われたのが相当ショックだったみたい。王国軍や駐屯兵団の一般兵士さん達からは、敵意ではないにしろ警戒されていたし。疎外感を感じているのかも。
馬車に乗ってからも、黙って車窓から見える景色を眺めている。
以前、ノルトンから王都に馬車で移動した時は、笑顔でたくさん話し掛けてくれたのに、ちょっと寂しい。でも、こればっかりは自分で折り合いを付けてもらわないとな。気の利いたセリフなんか言えないから、側に居る事しか出来ないけど。
窓の外をぼんやり見ていたら、見慣れた立て札を見つけた。街道の分岐点を示すものだ。
「あの、ごめん。止めてもらっていいかな」
僕が声を掛けると、アリストスさんが御者さんに合図をして馬車を止めてくれた。
「どうしました、ヤモリ殿」
「ええと、キサン村に寄りたいんだけど、駄目かな。村長さん達のお墓にお参りしたくて」
「ん? ああ、そういえばこの辺りでしたか」
以前『引き合う力』の実験に使う為に、アールカイト家の隠密さんにスリッパを探してきてもらった事がある。
前にこの道を通った時は、ラトスを助けに行く途中で急いでいたから通り過ぎたんだ。せっかく近くに来たんだし、この機会に立ち寄っておきたい。
シェーラ王女も快諾してくれたので、馬車は進路を変え、キサン村を目指して進み始めた。
森の中の道がやや広くなっている。国境で使う為に、駐屯兵団が木材の切り出しをしたからだ。ついでに整地もしてくれたようで、大型の馬車でもスムーズに進むことが出来た。
入り口手前にある空き地に馬車を止め、村の中へと入る。久しぶりのキサン村だ。
僕が出て行った時より、村を囲う柵がしっかり補強されている。交替で兵士が数人、畑と家畜の世話をする為に常駐しているから、まったく寂れた感じはしない。
農作業中の兵士さん達は、突然現れた王女と高位貴族に驚いていた。まさか廃村一歩手前の村に来るとは思ってもいなかったのだろう。畑は既に収穫が終わっていて、次の作物を植える為に耕している最中だった。
村の奥、家の裏手に村長さん達のお墓がある。
僕はただ遺体を埋めただけだったけど、その後検死の為に掘り返され、綺麗に埋葬し直されていた。塚のように盛り上がった土の山が九つ。その上に、名前が刻まれた石。村長さんとロフルスさんのお墓には愛用の斧と鉈も置いてあった。
お墓の前で両手を合わせて拝むと、シェーラ王女やアリストスさん達も胸に手を当てて祈りを捧げてくれた。
「で、ヤモリが転移してきた場所は何処だ!」
「え。ホントに行くの? 少し歩くよ?」
「小生がクワドラッド州まで来る事は滅多に無いからな! この機に見ておきたいのだ!」
言い出したら聞かないな。
学者貴族さんが来るという事は、アリストスさんも来るという事だ。そういえば、アールカイト家の隠密さんは以前スリッパを探しに来たことがあるから、多分僕より場所を覚えているだろう。
「私も行っていいですか」
「え、シェーラ王女も?」
「村で待っているのも退屈ですし、駐在している兵士の方に気を遣わせてしまいます。それに、お父様の代わりに現場を見ておこうかと」
確かに、村に残っても王族が休むような場所はないし、僕達が乗ってきた馬車は大き過ぎて森の小道には入れない。なので、隠密さんの馬にシェーラ王女を乗せ、他の人は徒歩で向かう事にした。
午前中の柔らかな日差しが木々を照らしている。こうして森の中を歩いていると、初めてこちらの世界に転移した日を思い出す。
着の身着のまま、部屋着のスウェット姿で見知らぬ土地に放り出された。人里を求めて彷徨い歩いているうちに、ロフルスさんに出会った。そして、行く当てのない僕をキサン村に連れて行ってくれたんだ。あそこで保護されなければ、僕は魔獣に喰われるか野垂れ死んでいただろう。
保護されるまでの間、ものすごく心細くて、一歩前に進むのにもビクビクしていた。茂みや葉が風に揺れる音や鳥の鳴き声も恐ろしく感じていた。
でも、今は怖くない。
間者さん、学者貴族さん、アリストスさん、シェーラ王女、あと隠密さん達。側に人がいてくれる事が、こんなに心強いなんて知らなかった。こんな風に思える日が来るなんて信じられない。
「こちらです」
「うむ、御苦労」
うろ覚えの僕より、やはり隠密さんの記憶の方が正しかった。森に入って十数分後、僕達は隠密さんの先導で目的の場所に辿り着いた。
と言っても、何の目印もない空き地なんだけど。自分で見ても、本当にここなのか分からないくらい何もない。唯一の痕跡であるスリッパはもう回収しちゃったしね。
「……特に変わった場所ではないですね」
「一瞬とはいえ異世界に通じていたのだから、何かこう、痕跡が無いものか」
明らかに落胆するシェーラ王女と学者貴族さん。
何を期待していたんだ。異世界に通じる扉や召喚の魔法陣とか?
「この森には魔力溜まりもありませんし、異世界とこちらの世界が繋がったのは単なる偶然なのかしら」
「そのようですね」
成る程、魔力持ちならではの見方があるのか。
魔力溜まりがなんなのかは分からないけど、そういった異常が無いのだとしたら、やはり偶然なんだろう。
正直言うと、僕も少しだけ気落ちしていた。元の世界に戻る為のヒントか何か残っていないか、心の何処かで期待していたんだと思う。
周辺に異世界の遺物が落ちていないか、学者貴族さんが隠密さん達に命じて探させている。以前も隈なく探しているので、新たに何か見つかるとは思えないけど。
しかし、探索を始めて数分後。
「大型の鳥型魔獣と女を発見しました」
とんでもないモノを見つけてきた。
僕達のいる空き地からやや離れた所に倒れていたのだとか。取り敢えず、そこへ行ってみる事にした。
案内された場所付近は木々が薙ぎ倒されて折り重なっていた。灰色の大きな鳥型魔獣が横たわり、その上に若い女性がうつ伏せで乗っかっている状態だ。魔獣の方は羽根が所々焼け焦げていて、既に息絶えているようだった。女性の方は意識はないが、辛うじて生きていた。
「……あ、やっぱりティフォーだ」
「もしや、あの時の追っ手か」
帝都の廃教会から脱出した僕達を追ってきた、ティフォー、ナヴァド、ランガの三人と大型の鳥型魔獣。ナヴァドとランガはその時に倒したけど、深手を負ったティフォーは鳥型魔獣が咥えて飛んで逃げたんだ。まさか、サウロ王国まで飛んでいたとは思わなかった。
隠密さんの一人が木の枝でつついてみると、ティフォーは薄く目を開け、気怠げに顔を上げた。
綺麗な顔には火傷の痕が残っている。学者貴族さんが浴びせた特大の雷魔法で負った傷だ。魔法を喰らった直後は黒焦げに見えたけど、僅かな痕以外はほとんど治り掛けている。
「……うわ。アンタ達に見つかるなんて最悪」
開口一番、ティフォーは顔をしかめて悪態をついた。その声はカサついている。おそらく、僕達から逃げてこの森に不時着した時から飲まず食わずで倒れていたからだろう。何日ここで動けずにいたのか。
「殺しなさいよ。……リーニエも死んじゃったし、もうアタシには戦う理由なんかないんだから」
自嘲気味に笑いながら、ティフォーは震える手で自分の下に横たわる鳥型魔獣の身体を優しく撫でた。リーニエと呼ばれたこの魔獣は、彼女にとって特別な存在のようだ。何故魔獣をそんなに大事に思うのか。
短剣を取り出す隠密さんを片手で制し、アリストスさんがティフォーに近付いた。
「お前には聞きたい事がある。死ぬのはその後にしてもらおう」
【おまけの小話】
先日の代表者会談で、ユスタフ帝国の将軍シヴァから間者さんの本名が明かされた。
クドゥリヤ。
サウロ王国風ではない響きの名前のせいか、未だに定着していない。というか、そもそも会談の参加者以外に知られていない。
「そういえば、間者さんて今まで何て呼ばれてたの?こっちでの名前とかある?」
「ないっすね。基本『おい、そこの』とか。以前は黒髪が自分だけだったんで『黒いの』とか呼ばれてたかなー」
「ええ……そうなんだ」
「ちなみに辺境伯は出自がハッキリしてない孤児を集めて隠密として育ててるんで、先輩達も名前ないんすよ」
なるほど、戦争で親を失った子供はたくさん居ただろう。そういう孤児達を集めて、素質があれば隠密として鍛えていたんだろうな。
「ちなみに自分、今は裏で『異世界人のおもり』って呼ばれてるらしーっす」
……まあ、間違ってはないけどさ。




