119話・集結
内容はとにかく、当初警戒していたような危険も無く、代表者会談は終了した。
国境の壁に作られた堀の向こう側で、完全武装した第四師団を従えたブラゴノード卿が待ち構えていた。もし何かあればすぐ駆けつけられるよう騎馬隊も揃っている。
シェーラ王女が無事に帰ってきて、兵士さん達は喜んでくれた。しかし、会談の参加者が全員浮かない顔をしていた為、別の意味で心配を掛けてしまっている。
早速拠点の大型天幕に戻り、みんなに会談内容を伝える事となった。
「……じゃ、自分は失礼するっす」
「え、駄目だよ。一緒に参加しないと」
「いや無理! 偉いさん達に何言われるか」
隙あらば立ち去ろうとする間者さんの手首を掴み、無理やり連行する。例え逃げたとしても、王族の隠密さん達が周りを囲んでいるからすぐに捕まると思うけど。
間者さんが実はユスタフ帝国の将軍シヴァの息子で、現皇帝セルフィーラの兄だという情報は重要だ。悪いけど、報告しない訳にはいかないだろう。
「皇帝とヒメロス殿下が政略結婚!?」
「ヤモリの護衛が皇帝の身内だと!?」
「そりゃどういう事だい」
会談での事を説明したら、やはり驚かれた。
特に、和解の条件とされた政略結婚の件は王族が絡む。ヒメロス王子は今のところ婚約者はいないらしいが、サウロ王国の次期国王となる立場だ。他国の皇帝との結婚など出来るはずもない。
そうなると、もし政略結婚するならば、間者さんと王女かマイラとの婚姻となる。その場合、当然二人ともユスタフ帝国に移り住まなくてはならない。
間者さんの出自の件も相当驚かれた。
本人は僕の斜め後ろに座り、非常に肩身の狭い思いをしていた。諜報や隠密といった仕事柄、普段は人から注目される事はない。脂汗をだらだら流しながら、僕の背に隠れている。
今回の代表者会談で判明した事実は以下の通り。
・皇帝はセルフィーラという白髪の少女
・将軍シヴァが実質的な権力者
・将軍シヴァはセルフィーラの父親
・間者さんの父親も将軍シヴァ?
・ユスタフ帝国には魔獣を操る術がある
そして、早急に検討しなければならない事。
・ユスタフ帝国との不可侵条約の可否
・皇帝セルフィーラとヒメロス王子との婚姻
・または間者さんと王女またはマイラとの婚姻
・ラトス誘拐主犯イナトリの処遇
将軍シヴァが終始偉そうな態度を崩さなかったのは、それだけ戦力に自信があるからだ。幾らでも魔獣は増やせる、操る術もあると言っていた。
戦争となれば、ユスタフ帝国の多くの民が犠牲となる。人工的に魔獣を増やす方法を知ってしまった以上、それだけは回避したい。
どうしたものかと悩んでいたら、表が騒がしくなった。入り口で警備をしていた兵士さんが報告に来た。
「辺境伯閣下と軍務長官が戻られました! 陛下もご一緒です!!」
辺境伯のおじさんとエニアさんが拠点に帰ってきた。王都から急いで移動してきた王様と一緒に。途中ノルトンで合流したそうだ。
すぐさま上座の席が整えられた。護衛を引き連れた王様が天幕に入ると、全員が頭を下げて出迎えた。
旅装とはいえ、王族が身に付ける衣装はやはり高級感がある。大型天幕周辺にいた兵士さん達は、その威厳ある姿を見て、ひと目で国王陛下だと理解したらしい。いつもはザワザワしている拠点内がしんと静まり返っている。
「楽にしてよい。国境警備、御苦労であった」
「は」
労いの言葉に、第四師団長ブラゴノード卿が再度頭を下げた。王様に続いて辺境伯のおじさんとエニアさんがどかどかと入ってきた。先程までの厳かな雰囲気が一瞬で消し飛ぶ。
「なんじゃ、辛気臭いのう」
「ごめんね〜、戻るの遅くなっちゃって!」
みんなに笑顔を見せるエニアさん。その表情は明るい。が、僕の姿を見つけると、涙目で駆け寄ってきた。座る僕の前に膝をつき、僕の手を取って握り締める。
「ヤモリ君〜! 無事に帰ってきてくれて良かった、ラトス君の為にありがとう!!」
「い、いえ、それよりラトスは大丈夫ですか」
「大きな怪我もないし、あとは体力さえ回復したら問題ないって。まだ外出は出来ないけど、ごはんも食べられるようになったわ」
良かった。帝都で別れた時は今にも死にそうなほど弱っていたから、ずっと気に掛けていたんだ。食事が摂れるなら大丈夫そう。早くラトスの元気な顔が見たい。
「もう少し治療が遅ければ間に合わなかったかもって。ヤモリ君が身代わりで帝都に残ってくれたおかげだってオルニスが言ってたの。どんなに感謝しても足りないわ! ホントにありがとう!!」
「……そっ、それより手! 手が!!」
お礼の言葉を述べながら徐々に握る手に力が込められた為、僕の手がミシミシと悲鳴を上げている。これ以上続けられたら攻撃を弾く魔導具が発動しかねない。
「あっ、ごめんごめん。つい」
つい、で僕の手を粉砕する気か。
握られ過ぎて真っ赤になった手をさすりながら、僕はエニアさんから少し離れた。身体強化してなくてもこの握力、もし何かの弾みで叩かれたりしたら今度こそ骨が折られてしまう。
一方、王様は到着の遅れをシェーラ王女から怒られていた。言い返す事も出来ず、しゅんと肩を落として謝罪を繰り返している。国王の威厳、どっか行った。
あと数時間到着が早ければ、シェーラ王女が名代として代表者会談に参加せずとも済んだのだから当然か。
同行していた兵士の話によると、王都から高速馬車で移動中、何度か魔獣の群れに襲われたらしい。護衛として、第一師団の約半数を連れていたが、クワドラッド州に入ってからは魔獣遭遇率が高く、対処に時間が掛かってしまったとか。
それを聞いて、団長さんが首を傾げた。
「クワドラッド州の魔獣はあらかた退治していたのですが……こちらの手が行き届かず、申し訳ありません」
「いや、我らが移動中も宿泊先の街が狙われた。今思えば、それも向こうの策略だったのだろう」
国境へ向かう道中で宿屋に魔獣が襲撃してきた時の事を思い出し、アークエルド卿が表情を険しくした。
つまり、命令を待って身を潜めている魔獣が領内にいたって事だ。まだ残っているかもしれない。団長さんはすぐに駐屯兵団の小隊長達を集め、魔獣が潜んでいそうな場所の捜索を命じた。
「ふむ。婚姻による不可侵条約を迫られている、と。余の跡継ぎであるヒメロスを帝国にやるのは有り得ぬ。かと言って、アドミラとシェーラを嫁がせるのはもっと駄目だ」
「うちのマイラちゃんもダメよ」
代表者会談の内容を聞き、王様とエニアさんはきっぱりと拒絶した。政略結婚となればサウロ王国の誰かが体の良い人質となる。利があるのは帝国だけだ。
「お前も、帝国へ行くつもりはなかろうな?」
王様から直接尋ねられ、間者さんは何度も頷いた。帝国へ行けば貴族扱いになるかもしれないのに、そういった欲は無いようだ。
魔獣を大量に投入し続ければいずれは勝てる筈なのに、何故こんな回りくどい方法を提示してきたのか。
「それと、気になっていたのだが……確かに白髪の少女が皇帝なのだな?」
「は、そう紹介されました」
「聞けば、その少女の父親である将軍が実権を握っておるのだろう? 余と同じ年頃だとしたら引退するには早かろう。何故将軍が帝位につかんのだ」
言われてみればそうだ。現皇帝セルフィーラに政務が出来るとは思えない。実務は全て将軍シヴァが行なっているはず。
セルフィーラを皇帝に据える事で、何かメリットがあるのかな。
ふと、会議に参加した全員の視線が間者さんへと集まった。将軍の話から、先程の情報を思い出したようだ。セルフィーラと同じ父親を持つ者の存在を。
「……将軍の息子というのは本当か?」
「逆に人質として使えるかもしれん」
やや物騒な言葉が聞こえてきた。
姿を消さず同席しているだけでも辛いのに、敵側の身内だと言われ、針のむしろとなっている。間者さんは黙ったまま、ずっと俯いている。本人もまだ気持ちの整理が出来ていない。
何とか話題を逸らさねばと思っていたら、エニアさんが先にキレた。
「ちょっと、ヤモリ君の護衛は辺境伯家の家臣なんだからね! 勝手な事言わないでよ!」
まだ赤ちゃんだった間者さんを保護した時、エニアさんも辺境伯のおじさんと共に帝都に殴り込みに行っていた。つまり、二十年は付き合いがあるという事だ。守るべき身内という認識を持っているみたい。
軍務長官にそう言われては、他の人は何も口出し出来ない。でも、この場でただ一人、帝国側に縁がある人物である事実に変わりはない。
この件に関しては、辺境伯のおじさんは何故か口を噤んでいる。こちらに視線すら寄越さない。間者さんの事には触れず、今後の方針について話題を切り替えた。
「兎も角、帝国の要求にこちらが従う道理はない。魔獣も、今回第一師団から増員した兵も加えて交替で対処すれば乗りきれよう。だが、昨晩現れた新種の魔獣が厄介じゃ」
「あれは手強かったですな」
「うむ。アレは並の兵士では歯が立たん。儂やエクセレトスがかなり苦戦した程じゃからな。……もし、アレが大群で押し寄せてきたら勝てる気がせん」
昨晩拠点を襲撃した新種の魔獣。これまで最も強いとされてきた白の魔獣より遥かに強い。見た目も更に禍々しくなっている。あの魔獣が大量に投入されたら困る。
逆に、何故シヴァはそうしないんだろう。わざわざ自分の子供を政略結婚の道具にしなくても。それとも、まさか本当に和解したいと考えてるとか?
いや、和解が目的なら普通あんな高圧な態度は取らないよな。会談中は、アークエルド卿もシェーラ王女も怒ってたし。
じゃあ何が狙いなんだろう。そこまで考えて、嫌な考えが頭に浮かんだ。
「……時間稼ぎ……?」
時間を稼いで何をするつもりなのか。
帝都から軍隊を呼び寄せる?
油断させておいて攻める?
魔獣を増やす?
──どれも有り得そうな話だ。
「代表者会談まで開いて時間稼ぎだと?」
「有り得ますね。こちらが即答出来ないような無理難題を持ち掛けて、悩んでいる隙を突くつもりかもしれません」
王様は怪訝そうだが、シェーラ王女は僕に賛同してくれた。
いわば言葉による駆け引きだ。和解を持ち出し、こちらに剣を下ろさせる為の。単なる和平交渉ではなく、皇帝の政略結婚という大きな話題でこちらの目を欺こうとしているのかもしれない。
つまりユスタフ帝国側は、予定通り明日サウロ王国側が攻撃を仕掛けてきたら困るという事だ。
「しかし、仮にも話し合いの場を設けて和解を持ち掛けてきた相手に対し、無視して攻撃を仕掛ける訳にはいくまい」
もしそれで勝てたとしても、後々近隣諸国からサウロ王国がどう見られるか。非道な国だと思われないか。実際、自国民を餌にして魔獣を人工的に増やし、周辺の国々を侵略している帝国の方が余程非道だとは思うけど。
「……会談、受けたのは不味かったでしょうか」
「いや。あちらが何を言ってくるか分からなかったのだから、もし余が居ても受けただろう。お前はよく頑張った。気に病むな、シェーラ」
「お父様……」
確かに、シェーラ王女が一番頑張っていた。幼いながらサウロ王国を背負い、舐められないよう立派に王様の代理を務めた。
「済まんが、ヤモリ殿の護衛……クドゥリヤ殿には見張りを付けさせてもらう。裏切る心配はしていないが、帝国から何らかの接触があるかもしれんからな。まあ、ヤモリ殿の護衛が増えたと思ってくれれば良い」
「……」
アークエルド卿から名前で呼ばれ、間者さんは目を伏せた。まだその呼び名が自分を指しているという実感がないみたい。
僕と間者さんに追加で護衛が付けられた。その人員は、予想通りというか何というか。
「伯父上の命により、護衛を務めさせて頂く!」
「代わり映えのない人選だな」
アリストスさんと学者貴族さんの二人と、アールカイト侯爵家の隠密が僕達の周囲を固める事になった。
「……自分、めっちゃ気不味いんすけど」
「わかる」




