12話・マイラとラトス
廊下の話し声に聞き耳を立てていたら偶然扉の陰に入り、計らずも身を隠した状態になってしまった。
今更出て行くのも気まずいし、子供とはいえ知らない人がいるし、なにより度胸が足りない。たまたま壁際にいただけなのに、何故こんなに追い詰められなくちゃならないんだ。
涙目になって壁にへばりついてたら、視界の端に動くものが映った。屋根裏部屋の天井板が一枚外れて、人の頭が逆さににゅっと出ている。
「うわ─────────!!」
思わず叫んでしまった。
僕の叫び声を聞いて、少年少女とメイド長さんも天井から逆さに出た頭に気付いて悲鳴を上げた。
逆さの人は、一旦頭を引っ込めてから天井から床へストンと着地した。
落ち着いて見れば、彼は辺境伯の間者さんだった。天井裏に潜んでいたにも関わらず、黒服には埃一つ付いてない。
間者さんの存在は少年少女もメイド長さんも知ってたようで「変なところから出てこないで下さい!」と平然と注意している。
そして、僕がいる事もみんなにバレたのだが──
「あらっ、ヤモリ様!こんな所にいらしたんですね。それにしても驚きましたわ!天井から顔が出てるんですもの」
「んもー、心臓が止まるかと思ったわ!」
「ちょっとビックリした」
突拍子もない登場をした間者さんのおかげで、僕が扉の陰に隠れていた件がうやむやになってる。もしかして、この為にわざと天井から出て来たのかも。
感謝の念を送ると、口元に笑みを浮かべ、何事もなかったように扉から出て行った。
ありがとう間者さん。
「あなたがおじいさまのお客さんね! 異世界から来たってホントなのかしら」
「ねえさま、あまり近寄ってはダメです」
間者さんが居なくなると同時に、気を取り直した少女が僕に詰め寄り、少年がそれを制した。
この女の子、勢いがすごい。
「お嬢様、はしたないですよ! まずはご挨拶を!」
メイド長さんが窘めると、少女は一歩下がってドレスの裾を摘んで一礼した。少年もそれに倣う。
「マイラ・セシリア・エーデルハイトです」
「ラトス・ノイト・エーデルハイトです」
姉弟だったのか。
二人とも綺麗なオレンジ色の髪と青い目で、お人形さんみたいな可愛らしさだ。姉のマイラは中学生、弟のラトスは小学校高学年くらいに見える。
名前と年齢からして、辺境伯のお孫さんなのだろう。仕立ての良い服を自然に着こなしている、生粋の貴族の子供だ。
ぼんやり二人を眺めていたら、メイド長さんに肘で小突かれた。そうだ、僕も自己紹介せねば。
「家守明緒です。えー、数日前からこのお屋敷に住まわせてもらってます」
マイラと名乗ったお嬢様は、僕の周りをぐるっと歩きながらジロジロ見てくる。そして、僕の背中をバンと叩いてきた。
「姿勢が悪いわ! あと、腰が引けてて、気弱なのが相手に丸分かりよ」
「お嬢様ッ! 失礼ですよ!」
「だってホントのことだもの。直した方が絶対いいわ」
「それはまあ、そうですけども。ですが、婦女子が殿方に気軽に触れてはなりません!」
「んもう、相変わらずエレナは口煩いんだから」
「お爺様に言いつけますからね!」
女同士の言い争いは加熱し、口を挟む隙がない。
同じく黙って立っているラトス少年と目が合った。笑顔を作って会釈してみたが、露骨に顔を逸らされてしまった。
あれ? 僕、嫌われてる?
その日の夕食は、マイラ達との顔合わせを兼ねて食堂で摂る事になった。
このお屋敷の食堂に入るのは初めてだったけど、予想してたほど派手な部屋ではなかったので安心した。
お客様向けの華美な食堂と、普段使い用の食堂があるらしい。
しかし、人数が増えたため、給仕のメイドさんの数が多い。めっちゃ緊張するけど、今日くらいは付き合わなくては。
「そうかそうか、もう屋根裏部屋で挨拶を済ませとったとは! マイラは積極的じゃのお!」
辺境伯のおじさんはゴキゲンだ。
なんでも、普段マイラ達は王都のお屋敷に住んでいて、学校の長期休暇を利用してノルトンに帰ってきたらしい。長期休暇は年ニ回しかないので、在学中は滅多に孫に会えないのだとか。
可愛い孫に会えたのが余程嬉しいのか、辺境伯のおじさんはしきりに声を掛けている。
そんな家族の団欒に、他人が居ていいのだろうか。
「さっきも言ったが、ヤモリは異世界人じゃから珍しい話が聞けるぞ〜! 見聞を深める為に、存分に交流を深めるようにな!」
あっ、コレはアレだな。僕をダシにして孫の関心を買おうとしてるな。まあ、それくらいしか役に立てないから仕方ない。
マイラは気軽に話しかけてくるけど、ラトスはどうも僕に対して壁を作ってる感じがする。
まあ、その気持ちはすごく分かる。家の中に他人がいると、気が抜けなくて嫌だよな。僕もここでどう振る舞っていいのか正直分からない。
身分はマイラ達のが上だけど、異世界人は身分制度から外れた存在だし、僕のが年上だし。でも、衣食住の全てを辺境伯に頼っている以上、辺境伯の身内には逆らえない。
というか、休暇が終われば二人は王都に戻る予定だから、それまであまり関わらないようにしよう!
──そう思っていたのに。
夕食の後、食堂から出た僕の後を、当たり前のようについてくる二人。
途中まで行く方向が同じなのかな、と特に触れずに歩く。しかし、屋根裏部屋に続く階段までついてくるので、その場に止まって振り向いた。
二人とも悪びれた様子もなく、急に立ち止まった僕に軽く首を傾げるだけだ。
「……どこまで来るの?」
意を決して聞いてみた。
「屋根裏部屋よ」
やっぱりか〜そっか〜。立場上帰れとは言えず、諦めて屋根裏部屋へ向かう。
部屋に入ると、二人は椅子に腰掛けた。さては長居するつもりだな。
「さっきも思ったのだけど、ソファーとかないの?ていうか、このお部屋、色々足りなくないかしら」
「この人にはお似合いだと思います」
「やぁね、ラトスったら! 確かに普通の客室より、このお部屋の方がアケオに合ってはいるけど」
姉弟で僕をからかいにきたのかな。二人とも寛ぎまくっているし、いつの間にかメイド長さんがお茶の支度を始めている。
そのうち辺境伯のおじさんまで「なんでじいじを放っていくんじゃ!」と押し掛けてきた。
その後、仕事を終えた団長さんも来て、屋根裏部屋はものすごく賑やかになった。
後日、追加で大きなソファーが二つ運び込まれ、屋根裏部屋はみんなの溜まり場になる事が決定した。




