117話・代表者会談 2
「我がサウロ王国は、ユスタフ帝国から過去から現在に至るまで何度も攻撃を受けております。昨晩も拠点が魔獣の襲撃を受けました。これについてはどう説明してくださるのかしら」
シェーラ王女の言葉に、ユスタフ帝国将軍シヴァは口元の笑みを消した。ここから先は、作り笑いを浮かべながらするような話ではないと察したようだ。
「──確かに、最近まで国境付近で兵同士の小競り合いがあったと聞いている」
「そういった指示はしていない、と?」
「左様。国境警備の者が失礼をした。それについてはお詫びする。それと、二十年前の戦争は先々代皇帝オーヴォルトの失策であった。戦後、オーヴォルトは責任を追及され処刑された」
国境での事は、単なる兵士の暴走だと言うのか。
それに、国交を閉ざしている間に何度か代替わりしていたというのは新情報だ。現皇帝セルフィーラは最近帝位を継いだばかりだというし、帝国内部でも色々ゴタゴタがあったのだろう。
「では魔獣の件は? 出所は帝国領ですよね」
「ああ……それについては我が国でも頭を悩ませている。どういう訳か近頃魔獣が大量に発生して、こちらも手を焼いているのだ」
しらを切り通すつもりか。
大量の魔獣は自然発生であり、あくまでも帝国は他国同様被害者である、と。
でも、そうではないと僕達は知っている。
元帝国民で、戦時中に亡命してきたトマスさんやアトロスさんの証言もある。それに、シェーラ王女と僕は実際に帝国領を見て、異様な状況を肌で感じてきた。
「ガルデアとキュクロの事は?」
シェーラ王女が街道沿いにある街の名を挙げた。この二つの街からは住民が不自然に消えていた。後に、郊外で獣に喰われた痕跡を発見した。
この指摘に、将軍シヴァは眉を顰めた。隣に座る現皇帝セルフィーラが街の名に反応して立ち上がったからだ。しかし、何を言う訳でもなく、セルフィーラはすぐに腰を下ろした。表情は変わらないが、内心動揺しているのが見てとれた。
外務大臣のプレドさんは、終始こちらから視線を外し、口を真一文字に結んで黙っている。
「……我が国の現状に詳しいようだ」
「ええ。実際に目にしましたから」
「! ほう」
将軍シヴァが驚いたように目を見開いた。
隣国の未成年の王族が鎖国状態の国に入ったという。しかも、魔獣が溢れているこの時期に。単なるハッタリではないと気付き、シヴァは姿勢を正した。
シェーラ王女は怒っている。
目の前の無気力な少女皇帝にも、将軍の不遜な態度にも、外見で見くびった外務大臣に対しても。何より、のらりくらりと口先だけで誤魔化そうとする将軍シヴァに強い嫌悪と怒りを覚えている。
隣に座っているからこそ分かる。テーブルの下、膝の上で握り締められている拳がわなわなと震えていた。今にも怒鳴り散らしたいところを必死に堪えているのだ。
「……我が国の、貴族の子息を人質にして、帝都へ呼び付けたのも、部下の独断だと言われるの?」
一旦目を伏せ、気持ちを落ち着けてから、シェーラ王女は更に質問を重ねた。わざわざ無礼な会談の申し出に乗ったのは、この件を追及する為と言っても過言ではない。
ラトス誘拐の主犯はイナトリだが、僕は帝都での監禁時にティフォーがシヴァの名を出したのを聞いた。つまり、シヴァはこの件を知っていて、助言までしているという事だ。
これで言い逃れするようならば、この会談に意味はない。すぐに中断してサウロ王国に戻るつもりだ。
しかし、将軍シヴァはこれ以上誤魔化す事はしなかった。態とらしく大きな溜め息を吐き、両手を挙げた。
「──降参だ。それは確かに帝国がやった。弁解のしようもない」
「あっさり認めるのですね」
「俺が直接指示を出した。目障りな辺境伯の動きを止めるにはヤツの身内を狙った方がいい、とな」
やはり。
ラトス誘拐は帝国の上層部絡みの犯行だったんだ。イナトリの独断ではなく、将軍シヴァの指示。
シェーラ王女はシヴァを睨みつけている。
彼は素直に関与を認めてはいるが、反省はしていない。もし悔やんでいるとすれば、人質計画が失敗した事に対してだ。
辺境伯の孫であるラトスを人質に取れば、サウロ王国はユスタフ帝国の言いなりにならざるを得ない。少なくとも、一番の強敵である辺境伯のおじさんとエニアさんは無力化出来たはずだ。
「謝罪の言葉だけでは済まなさそうだな。詫びの印として、主犯を処刑しようか? それとも、自ら八つ裂きにしたいか?」
「えっ……」
思わず声が出てしまった。
将軍シヴァは、イナトリを切り捨てる気か。イナトリは帝国でかなりの地位にいると思っていたけど、シヴァの一存でどうにでも出来る程度の存在だったのか。
僕の反応を見て、シヴァの視線がシェーラ王女からこちらに移った。値踏みされるようにジロジロと見つめられる。怖くて目を合わせる事も出来なかったが、ずっと顔を逸らし続ける訳にもいかない。
意を決して顔を上げる。
シヴァの顔を初めてまともに見た。オールバックにした長い黒髪は後ろで一つに縛られている。焦げ茶の瞳、顎髭。顔立ちは整っているが、彫りはあまり深くない。軍服も真っ黒だし、間者さんが歳を取ったらこんな感じかな。雰囲気が似てる。
「それで、結局何が目的なのですかな」
怒りで黙り込んでしまったシェーラ王女の代わりに、アークエルド卿が口を出した。冷静を装ってはいるが怒っているようで、話し方がやや荒くなっている。
「最初から言っている。和解だ」
「では何故国境付近まで兵を率いてきた」
「無論、国内の魔獣討伐の為だ」
「ならば、何故皇帝を連れてくる必要がある! 魔獣が出るなら尚更だ!」
のらりくらりと躱す将軍シヴァの態度に業を煮やしたアークエルド卿が、ついにキレた。椅子から立ち上がり掛けたが、隣に座るシェーラ王女が手で制した。
少し間をおいた事で落ち着いたのか、そこから先はまたシェーラ王女がシヴァと話す事となった。
「……和解と言われますが、言葉だけでは信用出来ません。貴方がたには我が国を害してきた事実があります。相応の対応を取らねば、和解は有り得ないと思いますが」
「確かに。だが、こちらは本気だ。だからこそ、セルフィーラ陛下をここまでお連れした」
「? それはどういう……」
シェーラ王女が聞き直すと、シヴァは再びセルフィーラの肩を軽く叩いた。やはり、家臣が皇帝に取る態度ではない。だが、側で見ているプレドさんは何も反応していない。これは日常的な接触だという事か。
「国同士の和解方法といえば、政略結婚と相場は決まっている。例えば、そちらの王子。セルフィーラ陛下と年齢は同じだと聞いている。釣り合いが取れるんじゃないか?」
まさかの政略結婚の申し出に、シェーラ王女とアークエルド卿が絶句した。
当のセルフィーラは、自分の結婚話だというのに相変わらず上の空だ。言葉に反応したのは、ガルデアとキュクロの街の名を聞いた時だけ。他は一切興味を示さない。
「そ、そういう事でしたら、一旦国に戻って検討を──」
一番早く気を取り直したのはアークエルド卿だ。受けるにせよ断るにせよ、この話は重大過ぎる。王様どころか、当事者であるヒメロス王子が居ない状況では決める事は出来ない。
しかし。
「二日待とう。それまでに返答を」
「なっ……」
いくらなんでも期限が短過ぎる。
和解を持ち掛けてきたのはシヴァの方なのに、何故彼は終始強気でいられるのだろうか。詫びを入れるどころか、こちらに考える余裕すら与えないつもりか。
こういうのは、返事を急がせて正常な判断をさせないようにする詐欺の常套手段だ。言いなりになったら駄目だ。向こうのペースに飲まれてしまう。
「そ、それより、何で僕まで呼んだんですか。この会談には、僕は関係ないですよね?」
「うん?」
話題をそらす為、僕は震えそうになる声を抑えながら発言した。シヴァは再び僕に視線を戻し、ふっと口元を歪めて笑った。そして、その視線は僕の後ろに立つ間者さんへと移った。
「サウロ王国の異世界人を見てみたかったというのもあるが、本当の狙いはそこの黒尽くめだ。異世界人の護衛をしていると聞いていたから、呼べば必ず付いてくると思ってな」
「……はァ!?」
突然の事に、間者さんが思わず声をあげた。が、すぐに口を噤んだ。だが、動揺は収まらない。
「お前は帝国の出らしいな。だが、帝国にそんな黒髪の奴はいない。サウロ王国や近隣の国にはいるが、数は極めて少ない」
「え」
何を言ってるんだ。
そういうシヴァだって黒髪じゃないか。
シェーラ王女とアークエルド卿は、驚いた様子で間者さんとシヴァを交互に見ている。
僕は思わぬ方向に話が転がってしまい、ただただ焦っていた。さっきから、何となく考えていた仮説が現実のものになりそうで怖かったからだ。
「お前は俺の息子だ。……クドゥリヤ」
二国間の協議はあらぬ方向へ。




