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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
第8章 ひきこもり、真実を知る

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116話・代表者会談 1

 帝国の使者と共に帝国領に入った。国境の壁にある無数の鉄扉のひとつからの出入りだ。流石にエニアさんが壊した箇所は避けられた。


 壁を抜けると、帝国が用意した四頭引きの立派な馬車が待機していた。僕達はそれに乗り、国境から五百メートル程の位置にある野営地へと運ばれた。


 今回は代表者会談なので、サウロ王国側からは王様の名代としてシェーラ王女、軍事担当として第一師団長アークエルド卿が出向く。何故か帝国側から異世界人の同席を求められたので僕も一緒だ。


 シェーラ王女の護衛として、王族の隠密さん達が姿を隠して同行。僕の護衛として、間者さんが付いてきてくれている。間者さんは姿を消さず、常に僕の後ろに控えている。


 到着した野営地で最初に出迎えてくれたのは、恰幅の良い初老の男だった。こんな場所には不釣り合いな程きっちりとした文官服を着込み、左右に武装した帝国兵を従えている。



「これはこれは、お可愛らしい代表者様でいらっしゃる!」



 対面した瞬間、満面の笑みでこちらに歩み寄ってきた。言葉の端々から、相手を幼い少女とみて舐めて掛かっているのが伝わってきた。


 しかし、シェーラ王女はただの少女ではない。彼女は顎をクッと上げ、目の前に立つ初老の男を真っ直ぐに見据えた。


 王族特有の威圧感がその場を支配する。


 これには初老の男を始め、護衛の帝国兵が思わず膝をつきそうになった。僕も慣れたとはいえ、かなりのプレッシャーを感じている。



「控えよ。こちらはサウロ王国、第二王女のシェーラ・ミリアリア・ファガナクス殿下である」



 すぐにアークエルド卿が間に入った。流石に師団長ともなれば、王族の威圧にも慣れたもので平然としている。



「……こっ、これは失礼を。私はユスタフ帝国外務大臣、プレド・アレルタと申します。この度は代表者会談に応じていただき、感謝致します」



 途端に低姿勢で応対し始め、額から大量の汗をかいている。そんな急に畏まらなくても。


 しかし、外務大臣?


 ずっと国交を断絶している国なのに、外交担当が存在していたのか。それとも代表者会談の為に新たに設けられた役職なのか。先程の迂闊な言動といい、恐らく後者だろう。



「ど、どうぞこちらへ。陛下がお待ちです」



 ハンカチで汗を拭きながら案内する初老の外務大臣、プレドさんの後について野営地の中を進む。人払いがされているらしく、プレドさんの護衛以外の兵士の姿はない。


 少し歩いた先にあったのは、一際大きな天幕だった。入り口の布は上に括られているが、衝立が置いてあるので奥までは見えなかった。



「お連れ致しました」


「お通しして」



 プレドさんが声を掛けると、奥から女の人の声が返ってきた。すぐに年輩の女性が出迎えにきた。詰め襟、足首まである長さのドレス姿で、茶色の髪を編み上げてまとめている。



「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」



 女性は皇帝付きの女官のようだ。恭しく頭を下げ、シェーラ王女を天幕の中へと誘った。僕達も後に続いて中へ入る。


 内部は外観からは想像もつかない程に飾られていた。野営地にあるにも関わらず、豪奢な絨毯の上にテーブルや椅子が置かれている。まるでお屋敷の応接室のような空間だ。


 そして、奥にある一際立派な椅子には、既に白髪の少女が腰掛けていた。


 隣に立つ間者さんを見たら、小さく頷き返された。では、この少女がユスタフ帝国の皇帝か。



「陛下。サウロ王国の皆様がお越しですよ」


「……そう……」



 女官が白髪の少女に声を掛けたが、ぼんやりとした様子で、はっきりとした反応はなかった。席を立つ事もなく、それ以上口を開く事もしない。


 促されて大きなテーブルを挟んだ向かいの席に座り、改めて少女皇帝を観察する。


 髪の毛は腰までの長さがあり、生え際から毛先まで艶やかな白髪。伏し目がちの瞳は澄んだ青。健康的な肌の色をしているが、身体つきは華奢だ。年齢は、僕より下かな?


 覇気はなく、ただじっと座っているだけ。こんな状態で代表者会談なんて出来るのか?


 僕、シェーラ王女、アークエルド卿の順に座り、間者さんは僕の後ろに立っている。隠密さん達は帝国領に入る前から姿を消しているが、この天幕の内外を警戒しているはずだ。


 少女皇帝の様子に困惑していると、そこへ新たに誰かが入ってきた。黒髪の、四十代半ばくらいの男の人だ。黒い軍服姿で帯剣している。


 どかどかと踏み入り、少女皇帝の隣に腰掛けた。その後ろに、先程の外務大臣プレドが立つ。



「この度は()()申し出を受け入れて頂き、感謝する。俺はユスタフ帝国軍の将軍、シヴァだ」


「……」



 この人が、シヴァ。


 シェーラ王女は黙って将軍シヴァを見つめている。そういえば、帝国の使者や外務大臣に対しても、ひと言も口を開いていない。


 警戒しているというより、自分が口を開くに値する相手だと思っていないのだろう。


 ラトス救出の為に一緒に行動するうちに打ち解けてくれたから忘れていたけれど、シェーラ王女は元々こういう人だ。


 それに、初対面の他国の王族を前にしているというのに言葉使いが丁寧ではない。軍人だからだろうか。



()()()()()()()。私はサウロ王国軍第一師団長、エクセレトス・リメロ・アークエルドと申す。こちらは第二王女のシェーラ・ミリアリア・ファガナクス殿下。そして、こちらが異世界人のヤモリ・アケオ殿だ」


「よろしくお願いする」


「こちらこそ」



 代わりに、アークエルドが話に応じる。相手が将軍なら師団長が話すのが一番だろう。


 心なしか、二人の言葉に棘があるような。


 微妙な空気が流れる中、将軍シヴァは気にする事なく本題に入った。それにこの人、シェーラ王女の放つ威圧に全く怯んでない。


 女官はテーブルに付いている人の分だけお茶を用意してから、すぐ後ろに下がった。



「さて。我がユスタフ帝国はご存知の通り、昔から周辺国と戦さを繰り返している」


「そうですな」


「弱小国ならいざ知らず、貴国のような強大な国の相手はかなりの負担でな」


「はあ」


「それで、この機にサウロ王国と友好関係を築きたいと考えている」


「……」



 アークエルド卿が相槌を放棄した。僕の位置からは表情は見えないが、恐らく呆れ顔をしているのだろう。


 まさか、ぬけぬけと和解を持ち掛けられる事になるとは思わなかった。戦争を吹っかけてきたのは帝国側だし、今も魔獣をけしかけてきているというのに。


 サウロ王国は、帝国が何もしなければ自ら攻撃する事はないし、過去にも何度か国交を回復させる為に外交担当者を向かわせている。それを拒絶してきたのは帝国だ。とても本気で言っているとは思えない。


 しばらく沈黙が続いたが、ついにシェーラ王女が口を開いた。



「それより、今回は代表者会談とお聞きしていたのですが。皇帝の紹介もありませんの?」


「はは、確かに。失念しておりました」



 将軍シヴァは苦笑いを浮かべ、シェーラ王女に軽く頭を下げた。そして、隣に座る白髪の少女の肩に手を掛けた。その気安い接触にこちらが驚いた。



「こちらが我がユスタフ帝国の現皇帝、セルフィーラ・ド・エル・ユスタフ陛下だ。先日成年となり、帝位を継がれたばかりでな」


「セルフィーラ様、ですね。私はシェーラ・ミリアリア・ファガナクスと申します。よろしくお願い致します」


「……ええ。よろしく」



 辛うじて聞こえる程度の返事。


 やはり、全く覇気が感じられない。ちらりとシェーラ王女の方を見ただけで、再び皇帝セルフィーラの視線は宙を彷徨い始めた。話しかけられれば反応はするが、自分から発言する気はないらしい。



「……と、まあ、陛下はまだ政治には疎くてな。俺がずっと代理で政務を執り行っている状態だ」


「そうでしたか」



 シヴァの言葉に外務大臣プレドが頷いた。という事は、それは事実なのだろう。将軍という肩書きではあるけれど、政務に携わっているならば皇帝の代理のような存在か。むしろ、彼が実質的な皇帝なのだろう。


 それを聞いて、ようやくシェーラ王女は彼と直接言葉を交わす事を決めたようだ。



「それにしても、シェーラ様は幼いながら随分と聡明で、羨ましい限りですなぁ」


「……」



 こういう軽口には応えたくないみたい。


 場の空気が少し冷えた。後ろに控えている外務大臣プレドさんがまた冷や汗をかいている。


 年齢は、皇帝セルフィーラが十六、七歳くらい。シェーラ王女は十一歳。年齢の割にシェーラ王女がしっかりしているのは確かだが、セルフィーラは精神的に幼過ぎる。箱入りのお姫様ならこれが普通なのかな。


 サウロ王国はシェーラ王女だけでなく、アドミラ王女もヒメロス王子も一筋縄ではいかない人物だ。環境の違いかも。



「先程、我が国と友好関係を築きたいと言われましたね。それは貴方の本心ですの?」


「もちろん」



 真っ直ぐシェーラ王女の目を見て答えるシヴァ。その堂々とした態度に、シェーラ王女は小さく息を吐いた。



「我がサウロ王国は、ユスタフ帝国から過去から現在に至るまで何度も攻撃を受けております。昨晩も魔獣の襲撃を受けました。これについてはどう説明してくださるのかしら」

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