114話・魔法談義
深夜の拠点襲撃騒ぎでゴタゴタしたけれど、予定通り国境沿いの魔獣対策の罠を実行する事になった。
第四師団と駐屯兵団の兵士さん達にも立ち会いをお願いした。間違って堀に落ちると感電してしまうから、実際に見てもらうのだ。流石に全員は無理だから、兵士長クラスの人を中心に集まってもらった。
「それでは、始めてもらおう」
アークエルド卿の合図で、まずアーニャさんが魔法で堀に水を満たした。
堀沿いに待機していた見張りからの伝達で、水が途切れる事なく端まで行き渡ったと報告が届いた。
堀は浅いが、やや幅広な上に長さが数十キロはある。満たすにはかなりの水量が必要となるが、流石はサウロ王国一の魔法使い。難無くやり遂げた。
次に、学者貴族さんが堀の側で片膝をつき、水の中に手を入れた。そして、雷魔法を放つ。一瞬にして堀の中の水全てに電気が流れた。パチパチと微かに音が聞こえる。
シェーラ王女がキューブを取り出し、アーニャさんへと手渡す。
「完全に満たす事は出来ませんでしたが」
「いいや、十分ですよ。やはり殿下は魔力量が多い。助かります」
魔力貯蔵魔導具であるキューブに込められた魔力は、シェーラ王女とアリストスさんのものだ。丸一日以上掛けて、持てる魔力の八割ほどを込めてくれたのだ。
もう一つのキューブは、最初のキューブの内蔵魔力が尽きた時の交換用にするらしい。交互に使い、その間に魔力を補充していけば、常に罠が発動した状態を維持出来る。
「んじゃ、一番よく見える場所に」
アーニャさんがキューブを堀の中に投げ入れた。キューブの着水と同時に学者貴族さんが手を引き抜く。すると、術者が離れたにも関わらず、雷の魔法が発動した状態が維持された。
これで、魔獣対策の罠が完成した。
「いいかい、絶対にこの水に触るんじゃあないよ。もし魔獣が掛かっているのを見つけたら、その都度縄や木の棒を使って引き上げるんだ。分かったね?」
「「「はっ」」」
注意事項を伝え、徹底してもらう。
一見すると普通の水路に見えるが、強力な電気が流れている。死ぬほど強くはないが、直接触れれば身動きが取れなくなるらしい。味方の兵士がうっかり罠に掛からないよう伝達しておく必要がある。
僕みたいな普通の人にはパチパチという弾けるような音で判断するか、直接触って確認するしかないが、魔力を持つ人は見ただけで分かるらしい。
堀の水に魔力が通っているかどうかは、魔力持ちの古参貴族ならば視える。つまり、辺境伯のおじさんや、アークエルド卿、ブラゴノード卿、アーニャさんや学者貴族さん、アリストスさんだ。勿論、王族のシェーラ王女も。
今後は、アークエルド卿かブラゴノード卿が罠の発動状態を交替で監視する事になるそうだ。
「次は国境の壁を破壊する予定じゃったが、昨晩の襲撃で被害が出てしまった。態勢を整える為に少し時間が欲しい」
「構わないよ。アタシも魔力を回復させなきゃならないしねェ」
なんだかんだで連日魔法を使っている。アーニャさんにしか使えない魔法があるので、必然的にそうなってしまうのだ。
「なんでアーニャさんはそんなにたくさん魔法が使えるんですか?」
「色々使えた方が便利だからさ」
拠点に戻り、辺境伯のおじさんと師団長以外のメンバーでお茶を飲みながら、今まで気になっていた事を尋ねてみた。
魔法を使える人達の中でも、アーニャさんは桁違いの魔力を持ち、多種多様な魔法を使える。
何故そんなに個人差があるのか。
「ヤモリ。アンタはサウロ王国の成り立ちは知っているかい?」
「えーと、なんとなく」
確か、建国に尽力した魔法使いが貴族の位を授かったとかなんとか。それがいわゆる古参貴族。それ以降に手柄を立てて取り立てられたのが新興貴族だ。こちらは貴族だけど魔力は無い。
「そう、アタシ達はその魔法使いの末裔なのさ。魔力の有無が古参貴族の証というワケだね」
「はい」
「魔力持ちであるというだけで、身分の証明になる。ほとんどのヤツは、そこで満足しちまうんだ。貴族だからね、護衛がつくから自分で戦う必要は無いし、炊事洗濯も使用人がやるから火や水を出す必要もない」
言われて見ればそうだ。貴族という時点で不便がない生活を送れるんだから。
「だから貴族学院で教えるのは魔力制御が中心なのさ。つまらない授業だと思うが、普通に暮らすだけなら魔法は使わないからね。暴走を防ぐ方法だけ教えられるんだ」
学者貴族さんとシェーラ王女がうんうん頷きながら聞いている。
「でも、ごく稀に魔力量が多いのが出てくる。アタシやカルカロス、あと王族はみんな多い。とても魔力制御だけじゃ抑えきれない。魔力をたくさん使わなきゃならない。効率よく魔力を消費する為に、強力な魔法を習得せざるを得なかったのさ」
「なるほど……」
色々な魔法が使えるのはその為か。
ちなみに、火や水を出す魔法はそれほど魔力を消費しない。この世界の魔法はイメージを具現化させるものだから、身近なものは簡単に再現出来るんだとか。
学者貴族さんの雷は、本物には直接触れられないからイメージするのにコストが掛かる。意外と魔力の消費が多いらしい。
「アタシは早い段階で共感魔法を習得したから、それを利用して色々覚えたっていうのもあるけどねぇ」
共感魔法は、触れた相手の記憶を読み取る魔法だ。一度だけ僕もやってもらった事がある。普通ならば見れないものが見えるという、派手さはないが使い勝手の良い魔法だ。
「学者貴族さんは、共感魔法使える?」
「いや」
「シェーラ王女はどうですか?」
「私も無理ですね」
魔力量の多い少ないではなく、適性の問題かもしれない。アーニャさんは割と万物に興味があるけど、学者貴族さんもシェーラ王女も興味の対象が限られている。『共感』からは程遠い。
「共感魔法が使えていたら、ヤモリの記憶を媒介にして異世界を見る事が出来たのだがなあ……」
残念そうだな。
もし学者貴族さんが共感魔法を使えていたら、魔力が切れるまでずっと記憶を探られそうで怖い。
「共感魔法って、相手の魔法をコピー……えっと、真似して使えるようになるってことですか?」
「見るだけじゃなく、実践して身に付ける必要はあるけどね。勿論、相手が許可してくれないと記憶は読めないよ」
無断で魔法をコピーするのは無理ってことか。
ただ、許可さえ得られれば他の人が使う魔法のイメージを得られる。これならば、ありとあらゆる魔法が効率良く覚えられそうだ。
「そういえば、この世界って、怪我や病気を治す魔法ってないんですか?」
「そんな便利な魔法、ありゃあ使ってるよ」
無いんだ。意外。確かに、今まで誰かが回復魔法を使っている所を見た事はない。
ゲームだったら大抵回復魔法があるんだけどなあ。攻撃魔法はたくさん種類があるのに、回復魔法が無いなんてバランスが悪い。
魔法で怪我や病気が治せたらいいのに。
そうか、イメージだ。治すイメージさえあれば、アーニャさんなら使えるかもしれない。
「アーニャさん、共感魔法で僕の記憶を見てもらってもいいですか」
「構わないけど、一体なんなんだい」
僕自身は魔法は使えないけれど、ひきこもっている間にゲームを滅茶苦茶やり込んでいた。
一番新しいゲームである『Magical Romancer』は超美麗なグラフィックで魔法が表現されていた。キャラクターも、髪の毛一本一本まで描かれている。
つまり、魔法を使った時のゲーム画面を、僕の記憶を通して見てもらうのだ。うまくいけば、アーニャさんが使える魔法が増えるかもしれない。
「じゃあ、やってみるとするかねぇ」
正面に座り直し、アーニャさんが手を伸ばした。前回と同じように、僕の額に掌を翳す。
シェーラ王女と学者貴族さんは、邪魔にならないよう少し離れ。固唾を飲んで見守っている。
僕は目を閉じて深呼吸しながら、ゲームの映像を思い浮かべた。
額の中心が熱くなり、それと同時にぐらりと体が揺れるような感覚に襲われる。乗り物酔いみたいな気持ち悪さだ。
パッと瞼の裏に映像が現れた。
まずは『Magical Romancer』の回復魔法である『メディカ』をキャラクターに掛けている場面から。腕に負った切り傷がキラキラと輝き、光が消えると完治する。
「驚いたね、異世界にも魔法があるのかい」
「えーと、これは創作されたものです。僕の世界には魔法はないんだけど、不思議な力とかに憧れがあって」
「ヤモリさん。アーニャ長官が見ているのは、異世界の『物語』ですか?」
「そうです。いま見せているのは、想像の世界を映像化して、その中で遊べるものです」
「想像の世界を映像化して遊ぶ……お兄さまが聞いたら羨ましがりそうですね」
確かに、ヒメロス王子こういうの好きそう。
次に、バッドステータスである『毒』や『麻痺』を治す魔法『ティオ』。症状は違えど、魔法の対象者が光り輝くエフェクトは同じだ。
回復魔法をひと通り見てから共感魔法を解き、アーニャさんは首を傾げて唸った。見た映像から、何か得るものがあっただろうか。
「うーん……傷が治る原理がいまいち分からないねぇ。普通なら完治まで数日から数週間掛かる怪我が即座に消えたという事は、つまり傷のある箇所だけ時間を早めている、いや、怪我を負う前の状態に戻す……?」
顎に手を当て、ぶつぶつ呟きながら分析している。
原理はどうであれ、アーニャさん自身が『魔法を使えば傷が治る!』という認識を持てば、恐らく回復魔法が使えるようになるはずだ。
「治療に魔法を使うという発想が今まで無かったから、ちょっと理解するのに時間が掛かりそうだよ」
「長官ばかり狡いぞ!」
「じゃあアンタも共感魔法を習得してみな」
「……小生には向いとらん」
学者貴族さんには無理だろうな。
シェーラ王女はラトス限定で使えそうな気がする。でも、当のラトスがマイラ以外に記憶を読み取る許可を出す訳がない。
アーニャさんが回復魔法を覚えてくれたら、これから始まる戦争の備えになると思う。うまくいくといいな。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
今後ともよろしくお願い致します。




