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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
第7章 ひきこもり、人質になる

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104話・陽動作戦 2

 国境の壁まで約五百メートル。


 辺りは草木が綺麗に刈られて見晴らしが良い上に、帝国兵が数多く巡回している。気付かれずに移動するのは不可能だ。


 そこで、間者さんが陽動をする事になった。


 帝国兵の野営地に行き、騒ぎを起こして注目を集める。その隙に僕達は馬で国境に向かう、という作戦だ。


 野営地には大きな天幕が幾つもある。コルビの街で聞いた噂が確かならば、ユスタフ帝国の皇帝がいるかもしれない。警備はかなり厳重だろう。


 そんな危険な場所に一人で大丈夫だろうか。


 僕達の潜む茂みから野営地までは約一キロ。遠目に天幕が見える程度だ。あちらで騒ぎが起こったら、隠密さんが合図してくれる事になっている。


 間者さんが離れてから十五分後、野営地の方から黒煙が上がった。篝火や煮炊きの白い煙とは明らかに違う。


 隠密さんからも、野営地に混乱が起きていると報告がきた。


 しかし、僕達に近い場所にいる帝国兵達は変わらず巡回している。彼らをあちらの騒ぎに気付かせる必要がある。


 隠密さんが事前に捕まえておいた数羽の野鳥を野営地の方へ放つ。翼を羽ばたかせて逃げていく野鳥達が大きく鳴き、周辺の帝国兵の気を引いた。


 振り返った時に黒煙に気付き、帝国兵達が明らかに動揺した。慌てて野営地に戻っていく。



「今だ!」



 アリストスさんは手綱を握り直し、馬の腹を軽く蹴った。僕達の乗った馬は勢い良く茂みから飛び出し、国境へ向かって走り出した。


 周辺の帝国兵はみな野営地の騒ぎに気を取られ、誰も僕達に気付いていない。間者さんが危険な役を買って出てくれたお陰だ。


 そのまま走り続ける。


 ところが、国境の壁まであと百メートルの所で急に馬が脚を止めた。



「どうした、早く走らんか!」



 アリストスさんが首を撫でて宥めても、馬は二頭とも動こうとしない。何かに怯えているのか、その場で足踏みを繰り返している。



「あと少しだ。馬を置いて走るか」


「仕方ありません、そうしましょう」



 学者貴族さんは僕を抱えて馬から飛び降りた。続けてアリストスさんも馬から降りる。主人(あるじ)が降りても、馬達は前に進む気はなさそうだ。



「一体どうしたというのだ」



 帝国潜入の供に選んだ馬だ。普段は魔獣に遭遇しても怯む事はない。それなのに、何故。


 自分の足で走り、国境へと向かう。


 あと五十メートル。


 その時、僕達の上を大きな影が通り過ぎた。


 灰色の翼が羽ばたき、辺りの砂を巻き上げる。


 ()()は、大きな鳥のように見えた。



「これは、まさか」



 僕の前を走っていたアリストスさんが小さく呻いた。


 頭上を通り過ぎ、前方の地面に舞い降りたのは、大きな鳥──というか。



「……ドラゴン……?」



 体長十五メートル程の灰色のドラゴンが、僕達と国境の間に立ちはだかっていた。


 岩のような鱗と翼、鋭い爪。爛々と輝く黄金の眼がこちらを見下ろしている。ドラゴンの額には小さな角がある。魔獣だ。頭のある位置は、地面から四、五メートルくらいの高さだろうか。


 こんな大きな生き物、初めて見た。



「……成る程な。馬が怯える訳だ」


「竜の魔獣、か。実物を見るのは初めてだ」



 学者貴族さんもアリストスさんも、これ以上進めず立ち往生を余儀なくされた。隠密さん達が僕達を庇うように周囲に立ち、短剣を構える。



「あーあ。ホンット予想通りの動きだね」



 頭上から呑気な声が降ってきた。


 この声には覚えがある。



「イ、イナトリ……さん」


「ひさしぶりー、明緒(あけお)クン」



 ユスタフ帝国に味方する異世界人、イナトリ。彼は目の前にいるドラゴンの背中に乗っていたのだ。今は少し移動して、慣れた様子でドラゴンの肩に腰掛けている。


 そして、イナトリは僕達を馬鹿にするかのように口の端を歪めて笑った。


 突如現れたドラゴンと、その背に人間が乗っていた事に驚き、アリストスさんと学者貴族さんは呆然としている。しかも、その人間と僕が面識がある事にも驚いているようだ。



「ヤモリ殿! あの者と知り合いなのですか」


「あ、うん、なんというか、その」



 アリストスさんに問われて口籠もる。


 知り合いかと言われればそうなのだが、知ってるのは名前くらいだ。それに、イナトリには酷い扱いを受けた。



「味方……では無さそうだが」


「……帝国側の人だよ。ラトスを誘拐して、僕の身柄を要求してきた張本人」



 それを聞いて、二人が身構えた。


 アリストスさんが腰の剣に手を掛け、一気に引き抜いた。刃に炎が宿る。学者貴族さんは両手に小さな雷の塊を出した。


 それを見て、イナトリが目を見張る。



「わ、この人たち魔法使い? やっぱサウロ王国には魔法使いがいるんだー。初めて見たよ」



 ドラゴンの肩に座ったまま、身を乗り出して二人を見つめるイナトリ。眼鏡の奥の瞳が妖しく光る。


 彼は魔法に興味があると言っていた。ユスタフ帝国には魔法使いが居ないらしいから尚更だろう。



「いいなー、明緒クンの周りには魔法使いが居て。ボクも魔法使いが欲しいなぁ」



 イナトリはドラゴンの頭を抱くようにして顔を寄せ、何か囁いた。すると、それまで大人しくしていたドラゴンが急に雄叫びをあげた。


 辺り一帯に響く咆哮。


 マズい、帝国兵がこちらに気付いて戻ってきてしまう。せっかく間者さんが野営地で騒ぎを起こして、兵を引き付けてくれたのに。



「あんな見え透いた陽動で、ボクのウラをかけると思ってたの? バレバレだよ」



 そうか。


 帝都からサウロ王国に入るには必ず国境を越えねばならない。だからこそ僕の脱走を知ったイナトリは、ここでずっと待ち構えていたんだ。


 当然、急に騒ぎが起きれば怪しまれる。


 先にイナトリの存在を二人に教えていたら、何か別の策を考え付いたかもしれない。でも、自己保身の気持ちから僕はそれを避けてしまった。


 僕は情報の重要さを考えるべきだった。


 その所為で見つかった。


 これは僕の失態だ。



「帝国兵が戻ってきたら面倒だ。アリストス、強行突破するぞ!」


「分かりました兄上!」



 まずはアリストスさんが剣を振るい、炎の斬撃を飛ばした。距離が近い上に的が大きい。正面に立つドラゴンの腹部にクリーンヒットする。



「炎が飛ばせるんだー! かっこいー」



 確かに命中した筈なのに、ドラゴンは身動(みじろ)ぎひとつせず立ったままだ。腹部の鱗は多少表面が黒くなっているが、ダメージは全く無い。



「ならば、これはどうだ!」



 続けて、学者貴族さんが雷を落とした。何本も稲妻が走り、ドラゴンとイナトリを襲う。だが、ドラゴンは翼を広げ、背中に移動したイナトリを守るように覆った。雷は全て当たったが、これもダメージを与える事が出来ない。


 翼が戻され、イナトリが平然とした表情で顔を出した。こちらも全く雷の影響を受けていない。


 このドラゴン、魔法に強い!


 しかも、鱗が硬く分厚いので、剣を突き刺す事が出来ない。隠密さん達が短剣で脚を狙うが、刃が欠けるだけで通らない。


 アリストスさんが炎を纏わせた剣で直接斬りつける。が、これも弾かれてしまった。



「なんと!」


「竜とは厄介な存在ですな」



 二人はドラゴンから距離を取った。その周囲を隠密さん達が固める。


 剣や魔法が効かない以上、こちらには決定打となる攻撃手段がない。国境まであと僅か。隙を突いて向かう他ない。


 ただ、このドラゴンは空を飛ぶ。


 僕達が国境の壁を越えられたとしても、それを軽々飛び越えて追い掛けてくるだろう。こんな恐ろしい生き物をサウロ王国側に侵入させたくない。



「魔法使い、捕まえちゃおっかな。貴族なんだっけ? 人質にも良さそうだし、ちょうどいいよね」



 どうしたらいい?


 どうすれば逃げられる?


 考えても、焦りと恐怖で何も浮かばない。


 ふと、イナトリの服が目に入った。


 僕の兄と同じ、超進学校・将英学園のブレザー。ここの生徒という事は、イナトリはかなり頭が良いはずだ。つまり、生半可な策では隙も作れない。


 イナトリに勝つには、僕じゃ駄目だ。


 明緒()じゃなくて、もっと優秀な往緒()なら。


 考えろ。往緒(ゆきお)ならどうする。


 今こちらにある戦力だけで、イナトリとドラゴンを出し抜き、あわよくばダメージを与える策を考えるんだ。

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