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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
第7章 ひきこもり、人質になる

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99話・夜の帝都脱出

 ティフォーの鞭に絡め取られ、学者貴族さんは身動きが取れなくなってしまった。振り解こうとすればするほどキツく締め上げる鞭に、学者貴族さんの顔から笑みが消えた。


 既に周りの魔獣は雷の魔法で倒しているが、三人はまだ健在だ。ナヴァドとランガが間合いを詰める。



「オウ、さっきはよくもやってくれたなァ!」


「魔法使いってのはホント怖ーよなー」



 まずナヴァドが左拳で殴り掛かった。まともに腹に喰らい、学者貴族さんが片膝をつく。



「クッ……、あれですぐ動けるようになるとは。やはり、()()()()()()()()()()()()()()


「うるせー! 今度はこっちの番だぜ!!」



 次にランガが大きな瓦礫を持ち上げ、投げ付けた。


 学者貴族さんは先程のダメージが残っているのか、避けようともしない。あんな大きな瓦礫が直撃したら無事では済まない。



「危ないっ!」



 思わず駆け寄ろうとした僕を間者さんが止めた。


 飛んできた瓦礫がぶつかる直前、バチッと音を立て稲光が部屋中を這った。稲光に触れた瓦礫は一瞬で砕け散り、砂になって床に落ちた。


 これは、僕の風の障壁の雷版?



「腕を封じれば、魔法が使えぬとでも?」



 膝をついていた学者貴族さんがゆっくりと立ち上がった。身体に巻き付いていたティフォーの鞭が電熱で焼き切れ、床に落ちる。自由になった手で肩についた砂埃を払いながら、学者貴族さんはナヴァド達を睨み付けた。



「小生にこんな攻撃(もの)が効くと思ったか」



 ズレた眼鏡を直し、一歩進む。ナヴァド達は何故か圧されて一歩下がった。


 鞭が使い物にならなくなり、ティフォーも後退りした。こちらをチラチラ窺っている。隙を突いて、人質()を連れて逃げようとしているようだ。


 しかし、不用意に僕に触れれば障壁に弾かれてしまうからと、手出し出来ずにいた。



「ヤモリよ、こちらに来い」


「え、あっハイ」



 足元には瓦礫と魔獣の死骸が転がっている。踏まないようにベッドから降り、間者さんと共に学者貴族さんの側に行く。


 僕達を後ろに庇い、ティフォー達と向き合う学者貴族さん。自由になった腕には再びバチバチと電気が這っている。



「ここで暫く大人しくしているがいい」



 その言葉を合図に部屋中を雷が走った。


 間者さんが投げて壁や床に刺さっていた小刀同士が中継点となり、網目状に走る電撃が消えずに残った。少しでも触れれば感電するだろう。


 白衣のコートの内ポケットから小さなキューブを取り出し、足元に放り投げる。一辺二センチ程の、僕が持っているキューブより小さいものだ。



「コレの魔力が尽きるまで雷の結界は崩れん。不用意に動けばただでは済まんぞ」



 悔しそうにこちらを睨み付けるティフォー達。


 足元や壁の小刀同士を繋ぐ電撃が空間を縦横無尽に走り、動きを邪魔をしているのだ。



「行くぞ。こんな場所に長居するものではない」


「あ、うん」



 促されて礼拝堂側の扉から出る。並んでいた長椅子は全て黒焦げになり、未だに燻って煙が出ていた。先程の轟音は特大の雷魔法だったらしい。



「待ちなさいよ、アンタ達!」


「クソ、動けねぇ!」



 後ろからティフォー達の声が聞こえるが、追ってはこない。流石は電撃の檻だな。でも、あの小さなキューブで、一体どれほど足止めしておけるだろうか。



「あれで大体半日は持つ」


「そうなんだ。じゃあ安心だね」


「……うむ。だが、油断は出来んぞ」



 後ろを振り返り、眉根を寄せる学者貴族さん。


 建物から出ると、騒ぎを聞きつけた近隣の住民が集まり始めていた。そのうち巡回の兵士が来るかもしれない。すぐにこの場から離れた方が良い。


 幸い日が暮れていたので、間者さんの案内で暗がりの庭園を抜け、目立たぬように裏道に出る事が出来た。



「北門の近くに馬を待たせている」


「んじゃ、帝国兵に見つかる前に行きますか」



 家の窓から漏れる明かりが路地を照らすが、それだけでは足元までは見えない。時々石畳の段差に躓きながら、僕は二人の後ろに付いて歩いた。


 それにしても、まさか学者貴族さんがこんな所まで来るとは思わなかった。あのアリストスさんが、危ない場所に大好きな兄上を黙って送り出す筈がない。


 間者さんは学者貴族さんが来ている事を知っていたのか。何処かでバッタリ会ったとか?


 そんな事を考えていたら北門付近に到着した。


 日が落ちた後に外に出る人は普通居ない。前回は出入りの際にアーニャさんが幻覚魔法で誤魔化してくれたけど、今回はそれも出来ない。


 普通の街よりも頑丈な塀、というか立派過ぎる城壁に囲まれ、門の周辺には見張りの兵士も多い。一体どうやって帝都から出るんだろう。



「こーゆー城壁には目立たないトコに兵士用の出入り口みたいなモンがあるんすよ。そこから出ましょっか」



 何度か下見をしていたらしく、間者さんは建物の間の狭い路地を進んでいく。すると、メインの通用門から少し離れた場所に出た。人通りが全く無く、こちら側には家の窓もない。


 城壁に近付いて、幅の狭い石段を登る。


 中腹にある鉄扉の鍵を、間者さんが針金を使って開けた。壁の内部には大人が擦れ違えないほど狭い通路があり、両側の所々に見張り用の小窓があった。この通路は兵士が城壁の上に出る為のものであり、滅多に誰も通らないらしい。


 短い通路の突き当たりに梯子が掛けてあった。そこを登れば城壁の上に出る。


 ──って、城壁の上に出てどうする!



 高い場所だからか、街中にいた時より風を強く感じた。壁の上部には明かりは一切無い。星明かりが僅かに辺りを照らしてはいるが、あまりよく見えない。一応胸壁が両側にあるけど、所々に大きな隙間が空いているので、不用意に動いたら落ちそうだ。


 北門からは百メートルくらい離れている。見える範囲に兵士はいない。



「さ、ここから飛び降りるっすよー」


「いやいやいや、無理無理絶対しぬ!!」



 この城壁、てっぺんから地面まで何メートルあると思ってんの!?


 十メートルは軽くありそうだよ???


 小声で拒否する僕を見て、間者さんが呆れ顔で溜め息を吐いた。


 すいませんね、足手纏いで。


 このまま此処にいる訳にもいかないが、怖いものは怖い。恐る恐る下を覗いてみたが、体感的に三階のベランダ位の高さがある。僕が飛び降りたら、良くて骨折、悪くて死ぬレベルだ。


 しかし、悩んでいる時間は無かった。


 背後にある帝都の街並み、その一角が爆発し、砂煙をあげたからだ。さっきまで僕が囚われていた廃教会があった辺りだ。



「思ったより時間ないみたいっすね」


「うむ、急ぐぞ」



 足が竦んで動けない僕を、間者さんが抱きかかえる。そして、そのまま胸壁の隙間部分に足を掛け、一気に飛び降りた。



「──ッ!」



 僕を抱えているにも関わらず、間者さんは軽やかに地面に着地した。下は砂山になっていて、着地の際の音はほとんどせず、覚悟していたような衝撃もなかった。ここを脱出場所に選んだのはこの為だろう。


 遅れて学者貴族さんも城壁から飛び降りる。着地寸前、足元に強い風が巻き起こり、一瞬身体を浮かせてから地面に降り立った。なるほど、魔法はこういう風にも使えるのか。



「さっきの爆発、もしかして」


「恐らく奴等だ。急ぐぞ」



 ティフォー達が電撃の檻を破って脱出したのか。


 こんなに早く?


 暗闇の中、間者さんに手を引かれ、北門を背に城壁沿いを走る。近くに林があり、馬が三頭繋がれていた。


 そして見覚えのある人が待っていた。



「兄上! ご無事で何よりです」


「話は後だ、アリストス。追っ手が来る。馬を出すぞ」



 アールカイト家現当主であり、学者貴族さんの腹違いの弟、アリストスさんだ。


 アリストスさんが何故こんな所に?


 何処からともなく黒尽くめの男の人が四人現れ、手早く馬を繋いでいた縄を解いていく。彼等はアールカイト家の隠密さん達だ。


 僕は学者貴族さんと相乗りする事になった。


 二人乗り用の鞍ではないので安定しない。仕方ないので、前に座る学者貴族さんの腰に抱き着くしかないのだが、アリストスさんから羨ましそうにジロジロ見られて恥ずかしい。


 とにかく、早くここから離れなくてはならない。街道付近は見つかる可能性が高いので、少し離れた平地を移動する。


 まず連絡要員の隠密さんが一人先に出発した。いち早く国境へ行き、味方に状況報告をする為だ。


 三人の隠密さん達が先頭を走り、周囲を警戒しながら進路の安全を確認する。その後に、学者貴族さんと僕が相乗りする黒馬とアリストスさんの乗る芦毛の馬が並んで走る。目立たぬ毛色の馬を選んできたらしい。


 間者さんは予備の馬に乗り、最後尾に付いた。前から思っていたけど、全力疾走の馬と変わらぬスピードで走れる隠密さん達って凄い。僕にはとても真似出来ない。


 帝都の北門側から程近いコルビの街を迂回して通り過ぎる頃、背後を警戒していた間者さんが声を上げた。



「空飛ぶ魔獣が来てるっすよ!」



 それを聞いて、僕は顔だけ後ろに向けた。


 帝都の上空に大きな鳥型の魔獣が羽ばたいているのが見えた。

学者貴族さんの在る所にアリストスさん在り。

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