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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
第7章 ひきこもり、人質になる

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98話・意外な助っ人

「そうだ、戦争が始まっちゃう!」



 間者さんと再会出来たのが嬉しくて、一番重要な事を忘れていた。


 イナトリは、これから戦争が始まると言っていた。ユスタフ帝国の皇帝がサウロ王国を叩き潰すとも。


 皇帝旗を掲げた軍団が北上したという話もある。既に国境付近では戦争が始まっているかもしれない。



「どうしよう。みんな大丈夫かな」


辺境伯(あるじ)は元々攻め込むつもりだったんだし、兵士も国境に沿って配置されてるし、心配しなくても大丈夫じゃないっすかね」



 間者さんはそこまで危機感がないようだ。


 しかし、僕がこうして帝国側に囚われている事で、サウロ王国が不利な状況になる可能性がある。


 例えば、僕の命を盾に降伏を迫るとか?


 王様は、国の法律にしてしまうくらい異世界人の保護を推進している人だ。流石に、僕より国の安全を優先するとは思うけど。


 このまま助けを待とうと考えていたけど、考え直そうかな。戦争が始まれば助けに来るどころの騒ぎではないし、僕が人質になったままだとサウロ王国にとって迷惑にしかならない。


 でも、魔獣が帝都の街に放たれるのは困る。



「流石に、自分(ジブン)一人であの三人と魔獣を何とかすんのは無理っすわ」


「だ、だよね……」



 悩む僕を見て、間者さんは少し考えた後、ニッと口の端を上げて笑った。



「んじゃ、ヤモリさんが憂いなく廃教会(ここ)から出ていけるよーにしたらいいんすね?」


「え」



 僕の手の中にあるキューブを一つ取り、自分の指に嵌めた指輪に当てる間者さん。


 魔導具の魔力を補給しているのだ。これでまた暫くは盗聴阻害の効果が保てる。用が済んだキューブは僕に返された。



「ちょっと考えがあるんで、暫くこのまま此処で待ってて下さい。じっとしてるのは得意っすよね?」


「……うん」



 僕が頷くのを見て、間者さんは姿を消した。


 盗聴阻害の魔導具は、音は消すけど気配までは消せない。それなのに、周りの魔獣や壁を隔てた礼拝堂にいる三人には気付かれずに出入りしている。それだけ間者さんの潜行能力が上がっているという事だ。鍛え直された成果だろうか。


 また一人になったけど、さっきまでの鬱々とした気持ちは何処かに吹き飛んでしまった。


 久し振りに間者さんに会えたし、ラトスの意識が戻ったという嬉しい知らせも聞けた。


 間者さんが何を考えているのかは分からないけど、彼に任せて大人しくしていよう。






 それから丸一日が過ぎた。


 キューブの魔力は尽きる事なく、僕を守る障壁を作り続けている。痺れを切らした魔獣が飛び掛かってくる事もあったけど、これも難なく弾いている。


 『腕輪を奪え』というイナトリの命令が遂行出来ず、ティフォー達は焦り始めていた。



「ちょっとナヴァド。アンタ死ぬ気で腕輪奪ってらっしゃいよ」


「ヤダ! オレ様これ以上腕とか足とか失くなったら戦えなくなるじゃねぇか」


「いいから最期に役に立ちなさいよ」


「ハァ!? 最期ってなんだ最期ってぇ!」



 僕の目の前で言い合うティフォーとナヴァド。仲が良いのか悪いのか判断が難しいが、言いたい事を言い合える間柄なのは間違いない。


 彼らが側に居る時は魔獣達は静かだ。


 前にも、ティフォーの合図で魔獣が飛び出してきた事があった。指示とか命令とかしているのか。もしかして、魔獣と意思の疎通が出来るのか?


 周りを魔獣に囲まれながらも、僕は食事を与えられ、トイレは衝立に隠れて済ませるなどして何とか過ごしている。


 魔力切れするかと思ったけど、間者さんの話では王族の魔力はかなり多いそうなので、今の所その心配はない。何より、攻撃を弾く瞬間だけ発動するのでコスパが良いそうだ。



「飯持ってきたぞー!」


「あら。じゃあ休憩にしましょ」


 日が暮れる頃、ランガが食料を運んできた。


 僕には離れた所から袋ごと投げて寄越すところを見ると、やはり近付くのは危ないと思っているのだろう。


 見張りに疲れたティフォー達は、壁の向こう側にある礼拝堂へ引き上げていった。


 少し間を開けて、ベッドの陰に間者さんが姿を現した。勿論、魔獣からは死角となる位置だ。ずっと近くで隙を窺っていたらしい。


 三人共僕から離れる事は稀だ。幾ら声や気配を消していても、姿が見えていれば意味がない。見張り役の彼らが別の部屋に行かなくては、間者さんと接触出来ない。



「大丈夫そーっすね」


「……監禁生活は慣れてるんで」



 なんだかんだで、異世界に来てからは閉じ込められる事が多い。


 キサン村が魔獣に襲われた時とか、ノルトンで投獄された時とか、アリストスさんに誘拐・監禁された時とか。否が応でも慣れてしまう。


 流石に魔獣に取り囲まれての監禁は今回が初めてだけど。



「段取りが整ったんで、もうすぐ此処から出られるよーになるっすよ」


「ほんと? でも、どうやって──」



 その段取りとやらを質問しようとした瞬間、表の礼拝堂が騒がしくなった。瓦礫が崩れるような音が響く。周りの魔獣も、何やら落ち着かない様子で音のする方を注視している。


 その隙を突き、間者さんが懐から小刀を十数本取り出して部屋中に投げた。小刀は魔獣には当たらず、四方の壁や床、天井の梁に刺さった。


 一体、何をしているんだ?


 間者さんは再びベッドの陰に身を隠した。何がなんだか分からないが、廃教会(ここ)で何かが起きているのは間違いない。


 何度か轟音が響き、建物自体が大きく揺れた。その直後、慌てた様子のティフォーがこちらへ逃げ込んできた。



「んもう! なんなのよアイツ!!」



 半壊した壁の後ろに隠れて喚くティフォー。


 どうやら何者かが侵入してきたようで、先程から聞こえる轟音は攻撃によるものらしい。もし建物の外壁まで壊されたら、ここの魔獣が街に放たれる可能性がある。無作為に暴れているのならやめてもらわないと。


 魔獣達はティフォーを守るように周りに固まっている。礼拝堂にはランガとナヴァドも居たはずだが、まさか倒されたのか?


 コツコツと、固い石の床を歩く足音が響く。襲撃者がこちらに近付いてきているのだ。


 あのティフォーが逃げ出す相手だ。


 一体何者だ?



「ククッ……ハーッハッハァ!!!」



 高笑いと共に現れたのは、長い銀髪に眼鏡、白衣に似たコートを着た男……学者貴族さんだった。


 サウロ王国の名門アールカイト家の長男で、現在は司法部に所属し、異世界の研究をしている人物だ。


 両手にバチバチと(いかづち)を纏い、いつでも放てるように身構えている。


 轟音の正体は、学者貴族さんの雷魔法だった。


 学者貴族さんは、僕の姿を見つけるなりニヤリと笑った。しかし、目は笑ってない。



「……ヤモリよ。よくも小生(しょうせい)を置いて帝国なんぞへ行ってくれたな?」


「えっ? いや、だって」



 なんか怒ってない?


 僕を助けに来てくれたんだよね?


 めちゃくちゃ怖いんだけど!?



「お前は小生の大事な大事な研究対象なんだぞ!? 勝手に王都から居なくなるとは何事だ!!」



 やっぱ怒ってる!!


 仕方ないじゃないか。ラトスが誘拐されてから王都を出るまで全然時間がなかったんだから。



「──という訳でな、ヤモリは返してもらうぞ」



 壁の後ろに隠れているティフォーにそう宣言する学者貴族さん。黙って返す訳にはいかないと、ティフォーは鞭を片手に立ち上がった。



「魔法使いの相手なんかやってらんないわ。アンタ達、行きな!」



 鞭をしならせ、勢い良く床に打ち付ける。すると、それまで大人しくしていた猿と狼の魔獣達が一斉に襲い掛かった。


 しかし、学者貴族さんが放つ電撃が全ての攻撃を弾いた。跳ね返された魔獣達は、それぞれ受け身を取って着地し間合いを取った。



「んもう。人質には触れないし、ナヴァド達はやられちゃうし、こういうの困るのよね」


「悪い事は言わん。黒焦げになりたくなければ大人しくしていろ」



 綺麗なお姉さん相手でも容赦ない。ていうか、やっぱりナヴァドとランガは最初に倒したのか。


 学者貴族さんが登場した辺りから、間者さんが僕の前に庇うように立っている。


 人間だけで言えば二対一。


 このまま学者貴族さんがティフォーを抑えている間に此処を逃げ出す作戦か。


 でも、あまり大きな電撃を出して建物の外壁が壊れてしまったら、魔獣が街中に放たれてしまう。あちらも、それが一つの抑止力になっている事を知っている。


 魔獣を全て倒すか。


 壁を壊さず逃げるかのどちらかだ。



「まずは魔獣」



 学者貴族さんは右腕を前に突き出した。


 そこから放たれた雷の筋が魔獣を確実に撃ち抜いていく。ピンポイントに心臓部分を焼かれ、一匹ずつ生き絶えていく魔獣。猿の魔獣が天井の梁を伝って逃げようとするが、全て逃さず撃ち落とした。


 残ったのは、ティフォーただ一人。


 しかし、そこにナヴァドとランガが加わった。


 最初の攻撃を受けて気を失っていたようだが、復活して加勢に来たのだ。ふらつく足取りで学者貴族さんを囲み、拳を構える。服は焼け焦げて所々破れているが、露出している部分に目立った傷はない。


 この二人が戦う所はまだ見た事がない。武器を所持していないので、肉弾戦を得意としているはずだ。


 対する学者貴族さんは魔法こそ強力だが、本職は研究者なので体力や腕力はない。ここに来るまでに大きな雷魔法を何度も使っているし、もし魔力が尽きたら勝ち目は無い。



「オラぁ!」



 ナヴァドが駆け寄りながら手刀を横に薙いだ。紙一重で避けた先にはランガが待ち構えている。太い筋肉質な腕に捕まりそうになるが、掠っただけで済んだ。意外と身のこなしが軽い。


 ところがティフォーの鞭は避けきれず、腕と胴体を纏めてぐるぐるに巻かれてしまった。


 ティフォーが鞭を手繰り寄せる度に締め付けられる学者貴族さんの身体。


 攻撃を避けられて不完全燃焼のナヴァド達が、拳の骨を鳴らしながら近付いてくる。


 このままでは学者貴族さんが危ない!

学者貴族さん再登場!

こちらの世界で一番ヤモリ君に執着している人物です。


誰だったっけ?という方は第2章をご確認下さい。

21話辺りから登場しております。

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