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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
第7章 ひきこもり、人質になる

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96話・魔導具発動

 腕輪を狙い、手首を斬り落とすよう命じたイナトリ。しかし、ナヴァドの手刀が僕の手首に触れる直前、まばゆい光が僕を包んだ。


 間近で光を直視してしまい、怯んだナヴァドは僕を掴んでいた手を離した。


 光はすぐに収まり、視界が戻る。



「え、なにコレ」



 イナトリが茫然と呟く。


 白い光が消えた後に、風の壁が僕の体を包んでいたからだ。僕を中心として渦巻く球体の風。これには僕自身も驚いた。



「……明緒(あけお)クン、魔法使えるの?」


「ち、違います。これは『魔導具』のせいで」



 僕は、帝都突入前の打ち合わせの時の事を思い出した。


 あらゆる展開と可能性を考え、何一つ身を守る術を持たない僕の為に、アーニャさんが考えてくれたのだ。


 その方法とは、盗聴阻害の腕輪に追加で魔法式を刻み、魔力を溜め込んだ金属製のキューブを動力源にして、持ち主を守る魔法を発動させる事。


 事前にキューブを渡され、人質になってからもずっと上着のポケットに入れっぱなしにしていた。それも、アーニャさんが持っていたものと王様が追加で持たせてくれたものの二つ。


 今回、僕の危機を感知して、自動的に風の障壁が発生した。


 ちなみに、ティフォーに拘束された際にキューブを所持しているのはバレていたが、武器ではないので取り上げられなかったのだ。



「アァ? なんだこんな風ぐらい」



 光で怯んだナヴァドだったが、再び手刀の構えを取る。このまま命令を遂行するつもりだ。



「ナヴァド、駄目よ触れては!」



 ティフォーの制止も聞かず、ナヴァドは僕に向かって素早く右手を振り下ろした。


 ナヴァドの手が障壁に触れた瞬間、鈍い音がした。何かが弾かれ、少し離れた床にボトッと落ちる。


 それは、右手首から先の部分だった。



「ハァ!? オレ様の手が、なんでだよ」



 自分の腕と床に落ちた手を交互に見ながら、ナヴァドが狼狽している。腕からは血がぼたぼたと滴り落ちている。


 ティフォーもランガも声は上げていないが、目を見開き、その場から動けないでいた。


 そんな中で、イナトリだけが笑顔だった。



「そんな魔導具(マジックアイテム)があるんだ! これこそ漫画やゲームの世界だよ! いいなあ、明緒クン。やっぱりその腕輪欲しいなあ」



 自分の命令で部下の利き手が失われたというのに、そっちの心配は一切せず、僕の腕輪だけを凝視している。銀縁眼鏡の奥の瞳が狂気に染まっているように見えた。



「そんな事より早く彼の手当てをしないと! ほら、血があんなに出てる!」



 敬語を使うのも忘れて、僕はそう懇願した。


 ナヴァドを心配しているのではなく、ただ自分を守る為の魔法が人を傷付けてしまった事がショックだったからだ。もし、それが原因で命を落としてしまったらと思うと恐ろしい。



「大丈夫だよ」



 イナトリがそう答えるのと同時に、ナヴァドが右腕に力を込めた。切断面の肉が盛り上がり、出血が止まる。



「ホラね。コイツらは普通と違うんだ。頑丈に出来てるからさ」



 血は止まったけど、落ちてる手がくっついたり、再生したりする訳ではない。大怪我なのは間違いないのに、イナトリは気にも留めていない。ナヴァド自身も、そこまでダメージを感じていないようだった。



「明緒クン自身には魔力は無いはずだよね。という事は、魔導具の中の魔力が尽きたら、そのバリアが消えるってコトだよね。仕方ないから、それまでは腕輪を取らないでおいてあげる」



 イナトリはそう言って僕に背を向けた。そして、ティフォー達に新たな命令を下す。



「魔力の消費を早めたいから、教会(ここ)にまた魔獣を放っておいてねー」


「「「はっ」」」


「あはは。さーて、何日保つかなあ?」



 無邪気な笑い声を残し、イナトリは出て行った。


 ティフォーとランガは魔獣調達の為に出掛け、手負いのナヴァドが僕の見張りとして残った。


 魔法で作られた風の障壁は、僕の身に危険が迫っていない時は消える。つまり、僕とナヴァドの間には、今は何も遮る物がない。


 とにかく気まずい。



「……あの、ごめんなさい。痛くないですか」


「アァ?」


「あっ、痛いですよね。すみません」



 凄まれて、僕は体を竦ませた。そして、床に落ちたままの右手を見る。このままにしておくのもアレだし、片付けた方がいいよね。



「オイ、何してんだよ」


「何って、放っとく訳にもいかないですし。えーっと、どうしましょうか、これ」


「ハァ? ……どうするって、埋めるくらいしか出来ねぇだろ」


「……ですよね」



 元の世界だったら、切断から時間が経ってなければ縫合して繋げられたかもしれない。でも、こっちの世界はそこまで医療技術が発展していない。残念だ。


 僕はナヴァドの右手を拾い上げ、彼に直接手渡した。僕が近寄る瞬間、ナヴァドが少し怯んだ。さっき魔法の障壁に触れた時の事が頭にあったからだろう。


 今のナヴァドには僕に危害を加える気がないからか、魔法は発動していない。



「……本当に、ごめんなさい」



 何度も謝る僕に対して、彼は息を吐いた。呆れているのかもしれない。



「オラ、さっさと奥に戻れよ。手間ァ掛けさせんな。逃げたら今度はオレ様の体が吹っ飛んでも止めるからなァ!」


「あ、はい」



 小部屋に戻り、粗末なベッドに腰掛ける。


 逃げるなら今しかないけど、ナヴァドは宣言通り体を盾に妨害してくる。これ以上彼を傷付けたくない。


 もう少ししたら、ティフォーたちが魔獣をここに連れてくる。小部屋の周囲は魔獣で囲まれるだろう。そうなったら外には出られない。今のうちに水を汲んだり排泄用の壺を戻しておこう。


 そう思い立って裏口から外に出ると、ナヴァドが庭の片隅の土を掘っているのが見えた。片手でスコップは使いにくそうだった。きっと右手を埋めるのだ。


 寂しげな背中を眺めてから、僕は井戸に向かった。






 その日の夜中。


 周辺の住民が寝静まった頃を見計らって、ティフォー達が帰ってきた。十数匹の魔獣を引き連れて。


 慌てて飛び起き、小部屋の扉を閉める。


 しかし、鉄格子付きの頑丈な扉はランガによって壊されてしまった。小部屋の壁も、柱部分を除いて破壊された。



「危険がないと魔法が発動しないんだろー? 安全な場所に閉じこもられちゃ意味ねーんだわ」



 その通り。


 僕の身に危険が迫らないと、障壁は発動しない。


 魔力を使い果たさせ、魔導具の腕輪を奪うのがイナトリの目的だ。その為ならば、同じ日本人の僕を危険に晒しても平気なのだ。


 狼と猿の魔獣が教会内に放たれる。


 すぐに僕を見つけて飛び掛かってくるが、当然風の障壁に弾かれる。最初の数匹が怪我を負ったのを見て、僕に近付くのは危険だと理解したのか、魔獣達は一定の距離を取った。


 しかし、魔獣は諦めた訳ではなかった。


 猿の魔獣が周囲に落ちていた瓦礫を手に取り、僕に投げつけた。



「ひっ!」



 それも勿論風の障壁で弾かれた。


 他の猿も真似をして、何度も何度も瓦礫を投げてくる。僕に当たる事はないけど、これでは常時魔力を消費し続ける事になってしまう。


 魔力が尽きたら、僕は魔獣に襲われる。


 流石に死ぬ前にティフォー達が止めてくれるとは思うけど、手首は切り落とされるだろう。


 そして、腕輪はイナトリの手に渡る。


 キューブの魔力が無くなる前に救助が間に合えば助かる。でも、戦争が始まりそうだし、僕なんかに人員を割いている場合じゃない。


 ここでじっと待つか。


 障壁があるうちに帝都を出るか。


 魔獣やティフォー達は、僕に直接攻撃を加える事は出来ない。力づくで止める事は不可能だ。


 ならば、少しでも国境の方へ行くべきか。


 ところが、そんな僕の浅知恵はとっくに読まれていた。廃教会の窓は、再び板で塞がれている。裏口は外から施錠され、崩れた礼拝堂側の出入り口には新たに鉄の柵が設けられていた。


 風の障壁は、害意のある攻撃は弾いてくれるが、障害物を壊す事は出来ない。外に出るのなら、自分の力だけで壊さなくてはならない。


 でも、そんな事をしたら──



「アンタが出ていったら、そこから魔獣が街に放たれるわよ」


「オウ、逃げたきゃ逃げりゃあいい。オレ様は何処までも追い掛けるからな」


「おいおいおい、まさかテメーの身ィ可愛さに、他人を犠牲にしちまうのか? いいぜ、どーせ敵対国だ。それがフツーだ」



 ──やっぱり駄目だ。


 僕が逃げる為だけに、帝都の人達を犠牲に出来ない。前回ラトスを救出して逃げる時だって、少なからず被害が出たはずだ。


 僕は大人しく小部屋に戻り、ベッドの上で膝を抱えて座った。


 壊された壁の向こうから、十数匹の魔獣がこちらの様子を伺っている。時々、猿の魔獣が瓦礫を投げてくる。


 キューブには王様達の魔力が込められている。でも、どれくらい保つかは分からない。


 一日か、二日か、それとも。

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