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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
第7章 ひきこもり、人質になる

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93話・ラトス奪還と決死の離脱

「ナヴァド、坊や連れてきて」


「オウ」



 露出の多い女『ティフォー』に指示され、案内役の『ナヴァド』は祭壇の奥にある扉を開けて入っていった。奥に居住スペースでもあるのか。


 目の前に立つティフォーは僕の身体に巻きつくように指を這わせ、やんわりと拘束してくる。


 綺麗なお姉さんに触れられて普通なら喜ぶべきなんだろうけど、今は冷や汗が止まらない。まだ何もされてないのに本能的に恐怖を感じているからだ。


 一方で、オルニスさんとアーニャさん、シェーラ王女はその場から動けないでいた。下手に身動きしたらマッチョな男『ランガ』が動く。


 ラトス救出作戦のうち、交渉を無視しての奪還は不可能となった。


 現在は、次の策として異世界人()人質(ラトス)の身柄交換を進めている。オルニスさんがラトスを取り返した瞬間、アーニャさんの魔法で目眩しをし、ついでに僕も取り返してこの場を離脱する。ラトスが元気なら、シェーラ王女と共に攻撃系の魔法を使ってもらい、騒ぎと混乱に乗じて帝都から脱出を図る、という手筈だ。


 しかし、色んな状況を考え練ったはずの作戦は、次の瞬間僕達の頭から吹っ飛んだ。


 ナヴァドが奥の部屋から抱えて運んできた少年……ラトスが今にも死んでしまいそうな程に弱っていたからだ。


 ラトスは攫われた当時と同じ貴族学院の制服を着ていた。所々汚れてはいるが、目立った怪我はない。だが、ラトスの顔色は悪く、唇も色を失っている。辛うじて呼吸はしているが、かなり衰弱しているように見えた。



「ラトス!」


「ラトス様っ!!」



 思わず駆け寄ろうとするオルニスさんとシェーラ王女を、ランガが立ち塞がって制した。


 まだラトスは相手の手の中にある。人質交換が済んでいない内は、オルニスさん達はラトスに近付く事が許されていない。



「あら。前に見た時より弱ってない?」


「ハァ!? ちゃんと世話してたのかよ」


「おいおいおい、死んじまったら人質の意味が無くなるだろーが。ナニやってんだ、あぁ!?」



 人質が衰弱した責任をなすり合う三人。もしかして、碌に面倒も見ず、こんな埃だらけの場所に閉じ込めていたのか?


 怒りが湧いてくるが感情的になるのは後だ。


 まずはラトスを取り返す。


 そしてすぐ適切な治療を受けさせるのが先だ。



「僕が帝都に残るから、早くラトスを返してください! 早く!」



 あんな痛々しい姿のラトスは見ていられない。僕はティフォーに向かってそう嘆願した。



「いいわよ。このまま坊やを死なせたら、そこの可愛いお嬢さんに嫌われちゃいそうだものね」



 僕の肩越しに、後ろに立つシェーラ王女を笑顔で見つめるティフォー。長い睫毛に飾られた瞳が僅かに揺らぐ。


 そういえば、ティフォーは王宮に忍び込んで情報収集をしていたと言っていた。


 つまり、シェーラ王女の顔を知っている。


 今回の旅では、目立たぬように地味な服を着ているし、今も外套のフードを目深に被っている。簡単にはバレないだろうが、それは希望的観測に過ぎない。


 ティフォーがシェーラ王女に関心を持つ前に早くこの場から離さなければ、更に面倒な事に成りかねない。



「す、すぐにラトスをオルニスさんに渡さないと、僕は舌を噛んで死にます!!」



 そう叫んで、僕は舌を出した。


 自分の命を人質にした脅し。交渉術としては最低だが、僕には他に取れる手立てがない。


 さっき、ランガは『死んだら人質の意味がない』と言った。それが僕にも適用されるなら、こういった手段も有効なのでは、と思ったんだ。



「坊やを渡してあげて、ナヴァド」


「オウ」



 ラトスの身体を抱え、ナヴァドはオルニスさんに歩み寄った。ラトスを受け取り、脱いだ外套で包み込むようにして抱きかかえるオルニスさん。



「ラトス……!」



 声を掛けても返事はない。さっきからずっと意識がないのだ。十一歳の小さな身体は既に限界が近い。早く安全な場所で医者に診て貰わなくては。


 シェーラ王女が側に近寄り、ラトスの周りに魔法で風を纏わせた。これで周りの騒音や振動、小さな瓦礫位は弾く事が出来る。防御膜のようなものだ。


 ラトスの身柄がオルニスさんに渡ると同時に、僕の体はティフォーに抱きすくめられた。か細い腕に拘束されているだけなのに身動きが取れない。



「これで人質交換終了ね。帰って貰って構わないわよ。……帰れるものならね」



 その声を合図に、ナヴァドとランガが拳を構えて戦闘態勢に入った。そして、奥の部屋から白狼と灰狼が十数匹一斉に飛び出してきた。


 魔獣が居たのか!


 オルニスさんは片手でラトスを抱え直し、懐から長針を取り出して素早く投げた。手前にいた魔獣数匹の脚に命中し、その動きを封じる。



「あら、やるわね」



 ティフォーが感嘆の声を上げた。


 文官で一見戦えなさそうなオルニスさんだが、服の下に毒針を隠し持っている。しかし、これはあくまで足止めに過ぎず、決定打にはならない。


 アーニャさんが攻撃魔法を使おうとするが、敵側に僕が居るから大きな魔法は使えないようだ。少し離れた場所にいる魔獣を一匹ずつ炎で倒していく。


 ギャン!


 顔を焼かれ、鳴いて飛び退く灰狼達。しかし、後ろにまだ白狼が何匹も控えている。



「ヒュウ、魔法ってすげぇのな!」


「おいおいおい、あんなん喰らったら火傷しちまうだろーが。勘弁してくれよ」



 呑気な口調のナヴァドとランガ。この二人は素手だ。格闘術でも使うのか。


 迫る魔獣を撃退しながら、じりじりと出入り口まで後退するオルニスさん達。僕を人質に取られ、弱ったラトスを庇いながらでは思い通りに動けないんだ。このままではマズい。



「早く逃げて! ラトスが死んじゃうよ!」


「……ッ」



 捕まっている僕と腕の中のラトスを交互に見て、オルニスさんは唇を噛んだ。そして、両手でラトスを抱え直すと踵を返した。



「済まない、必ず助けに戻る!」


「ヤモリ、大人しく待ってるんだよ!」



 オルニスさんが教会の外に出たのと同時に、アーニャさんとシェーラ王女が魔法で周辺の壁を破壊して出入口を塞ぐ。付近にいた魔獣が何匹か瓦礫の下敷きになった。


 ナヴァドとランガは瓦礫を避け、窓を塞いでいた板を蹴り割って外に出た。無事だった残りの魔獣もそこから次々と外に出て行く。オルニスさん達を追う気だ。


 この教会の周辺は帝都の街だ。当然たくさんの住民がいる。アーニャさんも大きな魔法は使えない。逃げに徹するしかない。


 街中で魔獣を放つなんて、この人達はやっぱりどうかしてる。


 遠くで魔獣の咆哮と何かが割れる音や悲鳴が聞こえる。オルニスさん達は逃げるので精一杯だ。魔獣までは手が回らないだろう。


 周辺の住民が魔獣に襲われるかもしれない。帝国民を危険に晒すなんて、ティフォー達は皇帝の手下じゃないのか?



「あーあ。置いていかれちゃったわね」



 僕に抱き着いたまま耳元で囁くティフォー。同情したような嘲笑うような、何とも表し難い声だ。


 オルニスさん達が居なくなって見知らぬ場所に一人取り残されたけど、後悔はしていない。


 とにかくラトスをオルニスさんに返す事が出来た。あとは無事に安全な場所まで逃げてくれたら満足だ。


 そう思っているのが表情に出ていたようだ。



「……なに笑ってるの。ヘンな子ねぇ」



 無意識のうちに笑っていたらしい。言われるまで気付かなかった。

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