ツイ廃「誰だお前」ジラ廃「俺だよ俺」
『だからさ、俺はこのプロバイダーに変更したくなんかなかったの。光コラボって解約しないと変えられないんでしょ? それをさあ、年寄りを騙して変更させて、何してくれてんの?』
「はい……」
『回線解約して再契約だよ? いくらかかると思ってるの? それともそっちが負担してくれるわけ? ネット使えない期間の保障は?』
「あ、いえ、お客様。現在、光コラボを他社の光コラボに変更する際には、回線解約なく簡単に乗り換えられるようになっておりまして」
『え? ──あ、そうなの?』
「はい。お手続きとしては……」
手続き方法を伝えると、電話口の相手はトーンダウンする。
『あ、ふーん、そうなんだ』
「はい。事業者変更承諾番号を発行いたしましょうか?」
『いや、それ結局手数料はかかるんでしょ? じゃあいいや』
電話を一方的に切られる。
……まあ、インターネットプロバイダーの乗り換えなんて知識、一般人はアップデートしないよなあ。光コラボの悪質な勧誘がネット民の間で騒がれたから、その時点のイメージで固定されてるんだろうけど。
まあ、いい。こんなの弱小プロバイダーのサポセンのお兄さんにとっては日常だ。悪質な営業のツケでクレームを受けてガチャ切りされたところで何も困らない。
困ってるのはもっと別のことなんだよな……。
『お、また何か検索し始めたであります』
『なんて書いてあるのか読めんのが不便じゃの~』
『MRI検査、予約……なるほど脳腫瘍の可能性を? ってだから違うっての』
これだよ。頭の中でごちゃごちゃとさあ。
「はあ」
システムに対応内容のレポートを書くフリをして、別ブラウザの方に青い画面を映す。
ブッキー @ttbk-omt - 5秒
脳内で俺が美少女とイチャイチャしてるんだが
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ハダカキンイロフグリ @hadaka-golden-ball - 1秒
病院行って
やっぱ精神科か……?
『どうしたら信じてくれるのでしょう』
『よし、もう面倒くさいからこれまでのことを全部話して聞かせよう。こいつに拒む方法はないんだし、どうせ終業までたっぷり時間はあるんだ』
もしかしてこれって、流行りの思考盗聴ってヤツ?
ブッキー @ttbk-omt - 1秒
やっば。アルミホイル頭に巻かなきゃ
『アルミホイルってなんだ? 新しいミームか? まあいいや、よく聞けよ、実は俺は情報魔法ってやつで異世界に転移した俺でな……──』
物語が始まった。なんか勝手に。仕事中に勘弁してくれ……普通に気になって手が止まっちゃうじゃん……?
◇ ◇ ◇
「なるほど、だいたい理解したよ」
異世界の話をたっぷり聞かされて──話が終わったころには、俺はとっくに仕事を終えて自宅に帰っていた。まあ、だからこそこうやって独り言をつぶやいて、脳内の声とコミュニケーションできるわけだけど。
「つまり、魂と肉体ってのはめちゃくちゃ強力な繋がりがある。だからそれを元にして、俺に呼びかけてるわけね?」
『そうそう、そういうこと』
頭の中で話しかけてくるもう一人の俺が得意げに言う。
『ジーラの肉体と魂が、どんなに遠く離れていてもつながっているのと同じでさ。俺と俺の肉体も、世界を越えて繋がりがあるんじゃないかって仮説を立ててね。いやあ、魔法の再現には苦労したけど、肉体と魂に距離は関係ないってことの立証には成功した感じだな』
「あのさ、喜んでるところアレなんだけど……」
その話が正しいとするとさあ。
「……俺って、魂がないわけ? 今?」
『ここには在るだろ。……お前の体の中にはないけど』
『わしと似たようなもんじゃのう』
まさかあのマンホールに落下した日から魂なし人間になっているとは知らなかった。別に何の不調もなかったけど……。
「転写、コピーされただけで、俺にも魂があるんじゃないの?」
『そんな気配はせんのう』
ジーラちゃん、ばっさり行くね?
『だいたい魂が転写できるんなら、いくらでも増えちゃうじゃろ、魂』
『だよなあ……そしたら冗長化も簡単なのにな』
ああ、そうね、そんな話もしてたね……ええ?
「えっ、マジで俺の中に魂ないの? それって大丈夫なの? 俺、死んだときどうなるわけ?」
『今まで大丈夫なら大丈夫なんじゃないか? 別に魂がないことによる疾患なんて医学的に認められてないだろ』
「まあ、魂の存在自体が認められてないけどさあ……って、じゃ、なんで俺とお前は別々に思考して行動してんの? お前が俺を操ってたりしないわけ?」
『ジーラは同じ世界に肉体があるけど、俺は世界を越えてるから切り離されてるらしい。俺は魂で、お前は脳で思考してる感じ……だと思うが』
らしいて。思うて。……まあ、先例もないんだろうけどさあ。
『あと、ここまで切り離されてると肉体は肉体で死んで、魂は魂で消滅するらしいから……別に俺が消えてもお前は死なないし、お前が死んでも俺は消えないらしいぞ』
『うむ、そんなものなのじゃ。わしには分かる!』
アニメ声で肯定されてもなあ、かわいいからいいか! 信じちゃお! アークッソ、なんで俺にはジーラちゃんの姿が見えないわけ?
「まあ死後の世界なんてないと思ってるから、別にいいけどさ」
『だろ?』
別に火葬場だって魂まで焼いてるわけじゃあるまい。気にする必要はないか。
「んで? その異世界を見る魔法を実証するために話しかけてきたわけ? 学会で発表でもすんの?」
『いや、どうやら情報魔法の魔力量が一定以上ないとできないみたいで、他の人には使えそうにないから秘匿するかな……そもそも、異世界に魂レベルに強い繋がりのある人間なんてそうそういないだろうし』
「じゃあ何しに来たんだよ……俺に衝撃の事実を伝えるため?」
『それもあるけど、ひとつはアレだな』
魂の俺は重々しく言う。
『久しぶりにTwitterが見たくてさあ!』
「このツイ廃が」
『お前が言うな』
やめよう。自分同士だから盛大なブーメランの投げ合いにしかならない。
「そういうことなら、もう結構見ただろ」
この異世界を見る魔法とやら、俺をちょっと離れた視点から見るだけじゃなく、俺の視界も見れるらしい。ということで就業中や移動中に見ていたTwitterはずっと見れていたわけだ。
『正直もっと見たいんだが……』
「分かるが自重しろ」
『あとはアニメを仕入れたくてな』
『新しいのが見たいのじゃ!』
ジーラちゃんはかわいいな。
「そっちで作ればいいんじゃないの? いろいろ道具は作ったんだろ、その……トワネット上に」
『もちろん作ったよ。でもなあ、まだアニメっぽい絵どころか漫画って文化も生まれてないんだよな……』
「見本見せたらいいじゃん」
『いやお前、それはダメだろ』
そうかな? 手っ取り早いと思うんだが。
『どのアニメもオーバーテクノロジーのヒントの塊だし……それに、こっちはこっちで文化が発展していってるんだよ。そこに変に手を加えても歪んじゃうだろ。時間はあるし、部外者は余計な手を出さずに見守るのみよ』
「Twitterは作ったくせに?」
『うッ……そこはその……いいだろ、いろいろ問題は解決したんだから』
中途半端なヤツだな。関わるのか関わらないのかどっちかにしろよ。
『いや、なんかさ、ジラッターは独自の文化が育ってきてるところでさ……そこに手を出したらなんか悪いじゃん』
「独自の文化ねえ」
『味覚情報が取得できるとか、想像つかないだろ?』
「それは確かに面白そう」
メシテロも捗りそう。シュールストレミングとか投稿されたらめちゃくちゃ盛り上がるだろうし。
『だろ? それにさ、こっちはネット上のサービス全部ジラッターアカウントに紐づけた、ジラッター中心のネットなのもよくってさ。スパムアカウントなんてないし、悪徳業者とかブロックしたら永久におさらばできるのよ。あとストレージがジーラしかないからコンテンツツリーを完全に管理出来て、情報魔法による認識力のおかげでパクリとかもなくってさあ、創作に対するリスペクトと原作者への還元が容易にできる世界が──』
「早口だぞオタク」
自慢か。自慢だろうな。
確かにスパムがないのは羨ましいが……なかったらなかったで寂しくないか? Twitter……インターネットの混沌だって悪いことばかりじゃない。うまく付き合えるかどうかの話だけだろ?
『治安もよくなってきててさ。完全にキャッシュレスの社会になったから、現金を盗まれる危険もないし、税金だって自動的に支払いができる。あ、発言も完全にログが残るから、詐欺とかも難しいな』
「ファンタジーっていうかSFじゃねーか」
街中にARで広告が浮かんでるとか言ってたけど、そんなのもう完全にSF。それでいてまだ車もないってんだからチグハグだよ。
『あっ、そうだ、アニメはないけどVtuberっぽいものは出てきてるぞ』
「なんでだよ。漫画とかアニメの文脈が先じゃないのかよ」
『ジーラにジラッターの新機能の告知とかさせてたら、それを真似するような人が出てきたんだよ。どうも創作のマスコットキャラと思われてたらしくて……元々3D映像の処理は情報魔法の得意とするところだから、3Dのアバターを作って動かすのは簡単だったらしい』
「技術がチグハグすぎる」
『音声入力も思念だからさ、ほら脳内声優みたいなやつ? だから配信時の騒音問題もないぞ。あとボイチェンもすごいぞ。想像した通りの声が出せるわけだからさ』
「世の中のバ美肉おじさんが血涙流してうらやましがりそうだな」
『最近追ってるのは、イモ七号ちゃんかな。ジーラの2Pキャラみたいな感じなんだけど』
「わかったわかった」
確かに独自の文化が生まれてるっぽいことは認めるよ。だから止まれ。
「なんかもう完全にSFだな。そのうち完全なバーチャルリアリティが実現して、そこで暮らしたりするわけ?」
『いや、「完全な」っていうのは難しいな。物理法則は情報じゃないから、情報魔法で再現できない。物理エンジンはプログラムしないとだめだ……けど、物理法則の完全な数式なんて、そっちでもまだ解明してないだろ?』
「あ~、そうなるのね。なるほど」
味覚とかは人間の脳が認識したものを再現するだけだけど、物理法則のシミュレートは魔法じゃできない、と。なんだ、そこまで便利ってわけじゃないんだな。
「で、話を戻すけど、アニメ? 俺がこれから鑑賞すればいいのか?」
『あー、それなー……』
なんだよ歯切れが悪いな。はっきり喋れよオタク。
『……本当はさあ。トワイラネットワークと、インターネットを接続しようと思ったんだよ』
「は? ……何で? 有線で? それとも5G?」
『いんや、情報魔法で。結局のところ、ネット上にあるのって情報じゃん? だから情報魔法で取得できるんじゃないかと思ったんだ。そうしたら情報魔法と科学技術の融合が実現するだろ? でも……ダメだな』
「なんでよ」
『たぶん、結局そっちの世界のデジタル情報は、物理に書き込んでるからかな。それを読み取るってなると、物理的な干渉になっちまうから、情報魔法の管轄外なんじゃないかっていうのがひとつ』
あー……なるほど? データの保存場所はハードディスクに刻まれた磁気情報とかだし、それを読み取るのも、なんなら伝達してるのも全部物理だな。『人間の妄想だからアリ』っていう情報魔法の理屈に合わないのか。
……いやそもそも人の記憶も脳みそに書き込んでるんじゃないの? 神経物質とか電気で思考してるんじゃなくて? ハードディスクと何が違う?
『あとはなあ……常時接続できると思ったんだけどなあ』
向こうの俺はため息を吐く。
『ダメだな。感覚的に限界を感じるわ。もう少しで接続が切れるし、これで最後って予感がある』
「は? この魔法がこれっきりってこと? なんでよ?」
『……俺がお前に、世界を超えるほどの繋がりを感じなくなったからかな』
……あー。
『離れた時間が長すぎたな。俺は俺で、お前はお前だわ。別人って意識になっちゃって、もう戻らん』
「そうだな。ツイ廃の俺からすると、今やお前はジラ廃って感じだし」
Twitterのパクリみたいなのが最高って理解できないもんな。
それに、美少女二人に好かれてる俺とか想像もできんわ。何なの? 俺はまだ出会いさえない28歳だよ。
「俺とお前は、もはや別人だよ。うん」
『な。……あ、やっべ、言葉にしたら限界近づいてきた。もうそろそろ切れる』
「早いなおい。結局俺が魂のない人間だって分かっただけじゃねーか」
『いやいや、それだけじゃない。気づかないか? 俺はもっと重要なこともお前に伝えたつもりだぜ』
「は?」
何だよ。得意げに言うのやめろ、気持ち悪いぞ。
『つまりさ。──お前の世界にも、魔法があるってことだよ』
……え?
『じゃなきゃおかしいだろ? 異世界の言語を話してるトワの言葉を理解できたんだぞ?』
「いや、それは情報魔法で翻訳されて……」
『翻訳を行うのは、情報魔法を使う受け手側だぜ』
……トワは魔力切れを起こすと、翻訳ができなくなる。えっ……あれ?
『こうして会話できているんだ。だから、お前の世界にも魔法は──情報魔法は、ある。トワが俺の世界を見て、俺に呼びかけることができたのも、そっちの世界に魔法が存在したからだ』
「──いや、いやいや、馬鹿な、魔法なんて。フィクション、ファンタジーを現実と一緒にするなよ」
『情報魔法なら、現実にあってもいい。偶然の上に成り立つ妄想なら、物理法則には反しない』
いや……素人考えじゃそうかもしれないけど……偶然が続くことはそれこそありえない……。
「……信じられない。そもそも……情報魔法……テレパシーが使えるとかいうやつらはみんな科学的に検証されてペテンが暴かれてる。俺の世界に魔法は実在しないはずだ」
『さあ、もしかしたらお前だけの才能かもしれない。他の情報魔法の使い手がいなければ検証しようがない、ただの妄想でしかないものな。あるいは、そっちの世界の人間は、魔力量が低いのかもしれない。お互い触れあってさえ届かないぐらいの魔力しかない、とかな』
………。
『っていうわけで、ちょいとお前の魔力を拡張してみようぜ!』
「──は?」
『いやあ、俺も今は完全記憶みたいにこれまでの人生を情報保存できてるんだけどさあ、最初からできたわけじゃないんだわ。あの時……ジーラに記憶を覗かれてから、認識できるようになったんだよな。つまり、あの時から魔力量が上がったんだよ』
『ヤスキチの使われていない部分をこじ開けたようなものじゃな!』
『言い方よ。ま、とにかくさ……アニメも見たかったことだし……ジーラ、やっちゃってくれ』
『うむ。ではいただくとしようかの』
「ヴェッ!?」
いたたたたたたたたたた痛い! 頭いたッ!? うえっ……!
『うう~む、ヤスキチの繋がりに相乗りしての干渉では、どうもうまくいかんのう。少ししか読み取れなかったのじゃ』
『お前が動画を情報魔法で圧縮転送してくれりゃいいんだけどなあ。さすがにすぐには無理か』
「お、お前らなぁ……」
頭痛いし気持ち悪い。何これ、情報魔法って物理干渉しないんじゃないの? ただの気分の問題?
『おお、悪いな、時間なかったからさ。でも、これでちょっと情報魔法が使いやすくなったんじゃないか? まあお前は普通に寝るし、情報保存の使い勝手は悪いかもしれないけど……暗算ぐらいは早くなると思うぞ。やったな!』
「そりゃどうも電卓使うわ」
元自分だからって無遠慮なことしやがって。
『あ、悪い。そろそろ維持できなさそうだわ。こっちばっかり用件言って悪かったな。そっちからは何かないか?』
「……あるぞぉ」
やられっぱなしなのは、性に合わない。
お前が俺にそんな衝撃の事実を伝えるんなら……俺だってお前に事実を突きつけてやるぞ。
「お前さあ……結局、トワちゃんとはどうするんだよ?」
………。
『は?』
『ふぇ』
「いや、は? じゃねーよ。お前、分かってんだろ? トワちゃんが助けを求めて、世界を越えて繋がったんだろ? お前も俺じゃなくてトワちゃんとの結びつきを感じてるから、俺との繋がりを失いつつあるんだろ? そんなのもうお前……めちゃくちゃ好き同士じゃねーか」
向こうの俺とトワちゃんがアタフタしてる気配が伝わる。これだから童貞は。
「触ってもらえる魔法を作ったとか、もうそんなのオールオッケーじゃねーか。それで何もしてないとか、何なの? ヘタレなの?」
YESしかない枕だよ。ふざけんなよ。俺の所には美少女が印刷された抱き枕しかねーよ。
「お前とにかくハッキリ応えろよな。あとお前って不滅なの? 不老不死なの? んじゃ寿命差問題とかもあんじゃね? その辺もキッチリしておけよな。あ、ジーラちゃんにもだぞ、ハブるなよ。爆発しろハーレム野郎」
『ア……ウ……』
はっはっは、ザマーミロ。何も言えねえでやんの。……いや、それとも俺が聞こえないのか? ま、いいや。とにかくやり返してやったぜ。
「じゃあな、ジラ廃! ブロ解したわ!」
明日は最終回です。




