ツイ廃「とにかくヨシ!」
「昨日の陳情の件だが」
強面のおっさん──トワの叔父のゼインが、食事の手を止めずに唐突に話し出す。
「この城の天守への基地局の設置申請ですね」
トワはフォークに刺した芋を口に運ぶのを中断して問い返す。
「そうだ。お前がやっている妙な事業に関するものと聞いた」
マツニオン領に戻ってきてからおよそ1ヶ月。今まで存在を無視しているかのように接触してこなかったゼインが、急にトワを食事の席に呼び出したと思ったら、こんなやり取りから始まった。
「はい。グゲン商会と共に取り組んでいる事業です」
「グゲン……ああ、今はそうだったな」
ゼインはちらりとトワの顔を見る。
「新型の眼鏡を作った程度で独立をするとは、あの若造も調子に乗ったものだ。だいたい眼鏡を常に装着するなど、見苦しいにもほどがある」
『えぇ……見苦しいでありますか?』
『いや』
トワの顔には、眼鏡がある。鼻当てと耳に弦をかけるタイプの眼鏡が。今やトワは、ちょっとちんまくてふっくらしたもさもさヘアの眼鏡っ娘で。
『激マブだと思う』
『ふぇっ。そ、そんな、眩しいほど美しいだなんてっ!? か、からかうのも程々にしてください!』
あ、死語も翻訳が効くんだ。でもしょうがないじゃん。俺、眼鏡っ娘も好みだし。昨日ハイラムが完成品を献上しにきた時は、内心ドギマギしてたね。これまで「目つき悪いなー」って感じてたの、単に視力が悪くて目を細めてただけらしい。眼鏡のおかげで目つきもよくなっていい感じだよ。やっぱ眼鏡っ娘は眼鏡かけてねえとな!
この眼鏡を作ったのはグゲン商会。ハイラムがナイム商会から独立して新たに打ち立てた商会だ。眼鏡もプリントTシャツも、グゲン商会が研究・開発して販売している。
「城の天守は遊びのためにあるのではないぞ。戦の際は城内に気を配り、敵陣を見渡す役目を果たす」
ギロリ、とゼインはトワを睨みつける。
いやあ……冷えた食卓だなあ。俺も震えちゃうよ。なんでって?
「………」
同じく食事に参加してるトワの兄のロナンが、こっちを無言でチラチラギロギロ見てくるからさ。おお、怖い怖い。
『戦っていってもなあ。200年も起きてないんだろ?』
『であります。今や天守のある城の方が珍しいぐらいで……それでも叔父様は戦備えに余念がないのであります』
だがトワも引かない。
「設置場所は天守の屋根ですので、邪魔にはならないでしょう。それにハイラム殿の発明した、避雷針も同時に装着いたします。雷の被害を抑えられるのなら、城の守りとしてもお役に立つのでは?」
1ヶ月この世界で過ごして分かったことだが、このナイアットは風雨が多い。雷も頻繁に鳴っている。そんなわけで、屋根に置くと役に立つアイテムとして避雷針を装着することを提案した。
「ふん」
これなら頑固な叔父様も、多少は考えてくれるというもの。ハイラムには手旗信号の発明という実績もあって、避雷針も人々にあまり抵抗なく受け入れられたようだ。
「兄様はいかがですか?」
トワは兄、ロナンに水を向ける。ロナンはチラチラと俺を睨みつけていた目を、やっとトワに向けた。
「……叔父上。確かに、雷による火災は復旧に手間がかかります」
トワに甘いらしいロナンは、渋々といった様子で賛成する。
「金を出すのはグゲン商会。設置して効果があれば儲けもの。効果がなくとも、こちらの損にはなりますまい。……悪影響があれば、それはその時に咎めればよいかと。それに」
ロナンは俺を睨みつけてくる。
「マツニオン領はトワイラの事業に可能な限り協力するよう、ヴァリア家よりお達しがありますゆえ」
俺は悪くないじゃん。シスコン怖いわ。
「私は今日より遠征に出立するため、関われませんが……叔父上まで非協力的であれば、ヴァリア家から横槍も入りましょう」
「そうだったな……仕方ない。トワイラよ。陳情の件、許す」
「ありがとうございます」
「だがあまり遊びに夢中になっても困る」
ゼインは──冷めた目つきでトワを見下す。
「せいぜい、エスリッジ家の名を落とさぬようにな」
◇ ◇ ◇
「あいつ、いつもいつも嫌なヤツじゃな~」
「そうだなあ」
ジーラが呆れ半分で頬を膨らませるのに同意する。
「いつも申し訳ないのであります」
「トワは悪くないのじゃ。まったく、あんなヤツ、ヤスキチとの契約がなければこうじゃぞ、こう!」
ジーラはシュッシュッとシャドーボクシングをする。……お前の本体でパンチできるのか?
「ま、邪魔しないなら放っておこう」
トワの婿探しも芳しくないらしい。今やダイモクジラを調伏したトワの功績と見合う相手……となると、それこそ武勇に名高い大貴族ということになるのだろうが、それは魔力量の問題があって断られる、というジレンマが発生しているためだ。
「そんなことより、今日は記念すべき日になるぞ。そのために全員集めたんだからな」
「そうでありますね」
城の部屋の一つに、今日はトワの事業に関係する中心人物がすべて集まっていた。トワの師匠、ミュー。グゲン商会のハイラム。そして法学者のダラス。メイドのロレッタに、トワの専属に指名された騎士のフリード。
それぞれの視線が、トワの方を向いて──
「それではヤス殿。ひとつ、スピーチをお願いするのであります」
「え、俺? トワがリーダーだろ?」
「名目上はそうでありますが、実際はヤス殿が中心でありますから」
……Twitterを作りたい、と言ったのは俺だし、それもそうか。
「いいねえ、ぜひ聞きたいよ」
「景気づけにお願いしましょ」
ミューとハイラムが並んで頷き合い、少し離れてダラスもこちらをじっと見てくる。
スピーチね……何を話したらいいか。そうだな、このメンバー全員がお互いの仕事を細かく知ってるわけじゃないし、状況のまとめから入ろう。
「……この世界は」
ゆっくりと、気持ちを整理しながら。
「俺にとって未知の世界だ。でも正直、技術レベルは低いし退屈な世界だとも思う」
ナイアットなんて大陸聞いたこともないし、アフリカでさえスマホを使ってる時代に電気がないなんて、まさに異世界だ。
「だけど、この世界の魔法だけは驚異だと思う。魔力とかいう謎のエネルギーで水を創りだしたり、傷口を塞いだり、物理法則をぶっちぎってるのは今でも理解できない。そのおかげで俺のいた世界とはちょっと違った生活様式や文化の発展をしている……が」
飲み水に困らないというのがデカい。この世界で人間が繁栄したのは水魔法の力だろう。しかし。
「情報魔法については、その恩恵を活かしきれていない。その真の力に気づかず、その使い手を不当に低く見ている現状は、歯がゆくて仕方がない」
情報魔法にも魔力量の差はあると言うが、きちんとした測定方法も制定されていないほどに軽く見られている。
「だけどそれも仕方のないことかもしれない。なぜなら、情報魔法には3つの弱点がある。ひとつ目は、その到達距離。結局声が届く範囲までしか届かないなら、声を出すよりも集中力が必要な情報魔法は面倒なだけだ」
俺やトワのように情報魔法の魔力量が多いとあまり意識しないが、普通は声を出す方が楽らしい。
「ふたつ目は、相手の場所を知らないといけないこと。いくら物体を透過して届いても、相手がどこにいるか分からなければ使えないなら、利用できる状況は限定される」
相手に声を送ったと思ったのに、実は届いてなかったとかいう状況もよくあるらしい。そういう不確実性は嫌われる。
「そしてみっつ目は、情報の保存ができないこと。映像や音声が再生できても、人間の記憶を元にいちいち再現していてはだんだん細部が劣化し改ざんされてしまう。魔力量に優れた者なら短期間は保存可能だが、意識や魔力を失って魔法の維持を切ってしまえば、消滅してしまう」
記録映像やデータの保存ができないから、それを活用することもできない。
「だが、今日からは違う。ゴミだと思われていた幻惑石と、内海を恐れさせていたダイモクジラがすべてを一変させるんだ」
「させるのじゃ!」
ジーラが胸を張る。
「今日から始まるのは俺の世界で言うインターネットだ。もし科学技術でこれを実現させようと思ったら、とんでもない時間がかかる」
電気の発明から始めて産業革命を起こして……なんて一朝一夕でできるわけがない。科学技術のインターネットは、今すぐには望めない。
「だけど、この世界には情報魔法がある。こいつを活用して、楽してズルしてこの世界にインターネットを構築して、Twitterができるようにする! 新しい時代の幕開けだぞ!」
「おお~!」
トワが先に立って拍手をし、それが伝播していく。うんうん、盛り上がったな。いいスピーチだった。
「少し気になっていることがあるのですが」
ダラスも盛り上がって……ないな? 冷静だな? やだ、目が冷たい。何事?
「ヤスキチ様は異国から来られたとのこと。その国でも、似たような仕事……インターネットを作る仕事をされていたのですか?」
「あー……」
そっか、まだダラスには異世界転写のこと話してなかったな。いや、そもそも、俺の経歴については誰にも話していないか。察してるところはあるだろうけど。
それなら、ちょうどいい。ここでハッキリさせておこう。
「いんや、してないね」
「……は?」
「インターネットを作る仕事はしてない」
してないんだなあ。インターネット作る仕事ってそもそもどういう職業だ?
「インターネットの入り口を提供する仕事をしてたし、ある程度は仕組みが分かるけど、細かい技術的なことになるとさっぱりだ」
Twitterもそう。その挙動は自然の摂理と同じように分かるけれど、何をもって作られてるかなんてさっぱりわからない。
「けど、そんなことは関係ない。ここには魔法がある。魔法が全部解決してくれる」
魔法なんてわけのわからないものが、この世界にインターネットを作り出す。
「インターネットの核になるのは、幻惑石だ。こいつは今まで、情報魔法を阻害するゴミだと思われていた」
紫色のくすんだ結晶。その映像を宙に浮かべる。
「幻惑石が対象との間にあると、情報魔法が伝わらない。あるいは、自分宛てに跳ね返ってくる。雑音が聞こえる……そんな厄介者だと思われていた。だがハイジェンスの鉱山で見つかった奇跡的な形の幻惑石により、それはこの石の正しい性質を理解していないだけだと分かったんだ」
「これだね」
ミューが机の上に幻惑石を置く。透き通った透明な球体に、二つの皿が耳のようについている奇石。たぶんマグマとかで溶けて気泡の中で固まったとか、いろんな奇跡があったんだろうな、奇石だけに。いやー、そのうち歴史博物館に保管してもらわないと。
「幻惑石には、どうやら『情報魔法を受け取って別の方向へ情報魔法を飛ばす』という性質があるらしい。天然物は内部で細かくひび割れていて、それをする面がたくさん存在するから、受け取った情報魔法が明後日の方向に飛ぶし、伝達する魔力的に距離も出ない……それが相手に伝わらなくなる仕組みだ」
あれからミューが散々検証して性質を明らかにした。
「そしてもう一つ、『正しい対象に情報を送れなかった場合は、発信者に返す』という性質もある。これが自分の声が跳ね返ってくる理由だな」
「では雑音が聞こえるのは?」
「情報魔法は正しい受け手にだけ伝わる。幻惑石が宛先不明で発信者に返そうとして、最終的に正しい発信者を見つけられなかったら、範囲内の誰かに無作為に届けられるんだが、内容は第三者には読み取れないから雑音になるんだ」
幻惑する石、とはよく言ったものだ。
「そんな幻惑石も、砕いて溶かして正しい形に整形すれば、対象を間違えることなく送受信できることが分かった」
いろんな形を試して、ほぼ360度をカバーできる形状を見つけ出した。
「というわけで、幻惑石で作った基地局を配置すれば、情報魔法によるネットワークを作ることが可能ってわけだ。いやあ……」
本当に。
「でたらめで、よくわからんよな!」
「──はい?」
「いやマジで意味が分からないよ。情報魔法って何なの?」
科学技術の世界の生まれとして、一度声を大にして言っておきたい。
「情報魔法って何のプロトコルで通信してるの? アドレスの割り当てとかどうなってる? なんで相手への経路が確立できる? 何をどう検索して特定した? どうしてループしてブロードキャストストームが発生しないの?」
幻惑石はインターネットにおける無線LANアクセスポイントであり、スイッチングHUBであり、ルーターであり、ONUであり、網終端であり……とにかくすべてだ。訳が分からん。
「情報魔法って一体何が飛んでるって言うんだ? 電波か? いろいろ試したけど、幻惑石と封魔液以外はなんでも透過率100%だったぞ。第三者に通信が傍受できないって何? どんな暗号化通信してんの?」
何も分からん。俺の世界の技術者を呼んで来たら総ツッコミの末に発狂するかもしれん。
「何もかもよくわからん──だが、できる! そうなってる! そういうもんだ!」
「……それでよろしいのでしょうか?」
「俺はTwitterがしたいからやってるんだ。情報魔法の原理になんて興味がない。Twitterが実現できるんなら、原理は分からんがとにかくヨシ!」
ヨシ! ヨシヨシ!
「というわけで、『なんかよくわからんインターネット』を幻惑石を使って作る。幻惑石を使った通信距離は、幻惑石の体積とそれに流し込む魔力に比例するらしい。というわけで、出来上がった『基地局』があれだ」
「これだよ」
ミューがポンポンと、腰ぐらいの高さの箱を叩く。
「中身は整形した幻惑石だ。別にむき身で置いてもいいんだが、幻惑石には忌避感のある人もいるだろうし、石でもぶつかって壊れても困るから、ああやって箱に入れた。情報魔法の透過率は100%だから、別にどこに置いたっていい……なんなら地下に埋めてもいいんだが、効率的な配置を考えてこの城の天守にひとつ設置することにした」
いずれトワの偉業を示すシンボルになるだろう。……シンプルな箱だし、避雷針ついてるけど。
「この基地局を設置していくことで、この街が、マツニオン領が、そしていずれはナイアット全土が情報魔法で通信できるようになるって寸法だ」
電話も有線インターネットも通り越していきなり無線通信の時代の到来だ。
「……お待ちを。ヤスキチ様は幻惑石同士の通信距離は体積に比例すると申されましたな」
ダラスが顎に手を当てて問う。
「しかし我々人間は、声が届く距離でしか情報魔法が使えませぬ。であれば、基地局は無数に必要になることに?」
「そう思ってたけど、実は情報魔法のやり取りには『お互いの魔力量』が関わるらしい。『声を届ける魔力』と『聞く魔力』が合わさって距離が決まるんだ。そこでジーラの出番になる」
「わしじゃぞ!」
ジーラが胸を張る。
「ジーラが常に幻惑石を通して『耳を澄ます』。そうすることで幻惑石は『聞く魔力』を得られる。これで幻惑石の基地局は長距離通信ができるし……副次効果もあった。端末不要になったんだ」
「端末……?」
「幻惑石を通じて通信しようとしたら、まず幻惑石の場所を特定して情報魔法を使わないといけない」
最初は、目立つ場所に基地局を置いて解決するつもりだった。そのための城の天守だ。今はシンボル的な意味しかないが。
「それじゃ常に基地局の場所を知らないと使えないことになる。だから、個々人に小さな幻惑石を持たせて解決しようと思ったんだ。幻惑石は勝手にルートを確立してくれるからな」
手元の幻惑石の位置さえ知っていれば、その幻惑石が近くの基地局を探してくれる。──だが、端末を持たないといけないという不便さが発生するし、これじゃ全人類がすぐに使えるようにはならない。
しかし、ジーラが『耳を澄ま』すことによってそれも解決した。
「どっちを向いても基地局がある状態……囲まれている状態にすれば、どっちを向いて情報魔法を使ってもリレーされる。そして一度範囲内に捕捉されれば、後は常に『聞いている』から通信可能だ」
範囲内で情報魔法を使うと、勝手に聞き取って通信に載せてくれる。こうして届けたい相手の位置を特定する必要も、基地局の位置を特定することさえ不要になった。
「じゃあどれぐらいのエリアをカバーできるかっていうと、基地局をただ大きくしても許容できる魔力量に限界があるみたいで、この大きさがギリギリってところだ」
検証の結果、一つの基地局で半径2キロぐらいをカバーできることが分かった。30歩から大躍進だな?
「距離ってことなら、最近はこういうものも作ったよ」
ミューがニッと笑いながら、黒いケーブルを取り出す。
「幻惑石を溶かして伸ばして、細長くしたものを封魔液でコーティングしたケーブルさ。両端に基地局を接続すれば、魔力の減衰なしに通信できるんだ。おそらく、際限なくね!」
「……それは必要なのですか? 基地局を転々と置く方が、ケーブルを取りまわすよりも簡単に思えますが」
ダラスが首を傾げるが──違うんだなあ。
「海には基地局を固定できないだろ? だからそれが必要なんだ……海底ケーブルとしてな!」
いやー、よく作ってくれたよ。海を越えて通信しようと思ったら、いくつ基地局を沈めないといけないんだろうって考えてたから。……まあ、そのうち洋上も繋がるようにしたければ、やらなきゃいけないんだけどさ。
「基地局と海底ケーブルで、ナイアット全土に情報魔法の通信網を整備する。材料は大量に廃棄されてる幻惑石に、あまり需要のない封魔液」
封魔液、なんか湧き水みたいに地面の底から出てくるんだってさ。そういう沼がいくつもあるらしい。これが石油だったら時代が変わっていただろうが、封魔液は燃えないし使い道は限られている。誰も利権を主張したりしない。
「いやあ、安上がりだよな!」
「安上がりとはいえ、金はかかります」
ハイラムがパチン、と扇子を畳んで言う。
「輸送費に加工費、基地局の外装も避雷針なんて加えたから高くつきますし、設置の工事費、場合によっては土地代もかかります。それなのに」
細い目がこちらを射抜く。
「この通信網の利用は、タダですって?」
「タダだ。基本的インフラとして、ナイアット全土の民が利用できるようにしたい」
どうせ情報魔法が使えればエリア内では使えてしまうのだから、これの利用で金をとることを考える意味がない。
「もちろん、工事費や維持費がかかることは分かっている」
まあ、しばらくしたらその心配も少なくなるが……それまでは金が必要だ。そのためにも、この情報魔法の通信網を使った『サービス』が要る。
「そこで俺たち──トワとジーラと作った、Twitterの出番ってわけだ」
明日も更新します。




