私を貧乏人などと言って婚約破棄した彼はお金持ちの家の出のお嬢様と結婚したようですが心を病んでしまったようです。
「悪いけどさ、君みたいな貧乏人とはもう一緒には生きていかないことにしたんだ」
婚約者エルフリートはある夏の日にさらりとそんなことを言ってきた。
「よって、婚約は破棄とする」
彼の家は私の家より少し上の地位である。それゆえ彼はいつも私を下に見ている。あからさまな態度はとらないものの、私を見る彼の目にはいつだって下の者を見ているといった色が滲んでいた。
「婚約破棄……ですか」
「ああ」
「私、何かしましたか? 問題のある行動など……」
「いやべつに」
どうやら私の素行のせいではないらしい。
そういうことなら取り敢えず良かった、安心した。
「そうではないのですか」
ただ、それでも、あまりにも突然なのでもやもやが消えきらない。
「そうだ。べつに問題があったというわけではない。ただ、君の家は裕福でないだろう? そんな家の娘を引き取るのはあまり良いことではないと思うようになっただけだよ」
そうして私は捨てられるのだ。
あまりにも呆気なく。
終わりはいつも唐突だ、と誰かが言った。でもそれを実感する機会なんてあまりなくて。ただ、この時私は、初めてその言葉の意味を理解することができたのだった。ああ本当に唐突なのだな、と。心の奥底からそう思ったし、肌からですらそれを強く感じるほどであった。
――そう、運命に計画性はない。
否、厳密には、本人にであっても計画的にしらせてはくれない、といったところか。
だから終わりは唐突にやって来ると感じられるのだろう。
◆
婚約破棄後、実家へ戻って暮らし始めた私は、少しして元々趣味であった編み物に打ち込むようになる。
そして、ある時、その完成品をコンテストに出品。
するとまさかの大賞を受賞した。
そうして私は一躍有名人に。
編み物というたった一つの界隈での知名度ではあるけれど、それでも、多数の仕事が舞い込むようになるなど我が人生は大きく動き始めた。
編み物は楽しい。
ただ手を動かしているだけで世界がどんどん広がってゆくから。
また、それから数年して、編み物の大家である男性と結婚――そうやって、人生はまた新しい局面を迎えることとなったのだった。
ちなみにエルフリートはというと、お金持ちの家で生まれ育ったお嬢様と結婚するも毎日奴隷のように扱われてしまい心を病み、今では、言葉を発することすらできない状態になってしまっているそうだ。
彼は私を貧乏人だと言い、それを理由として婚約破棄した。ならお金持ちと結婚すれば幸せになれるのか? ……いいえ、その答えはノーだ。それは今の彼の状態を見れば誰もが理解するだろう。
一番大事なのはお金の量ではない。
……そのことに彼は気づいただろうか?
◆終わり◆




