高圧的で被害妄想多めな婚約者に婚約破棄を告げられました。しかし、その後の私の人生は幸せに満ちたものでした。
「お前との婚約だがなぁ、破棄するわ」
言動がいちいち高圧的なうえまだ夫婦になってもいないのに同居を強制してくる婚約者ミミドボロスがある日突然そんなことを言ってきた。
彼はこれまでずっと束縛気味だった。
だからこそこの宣言は意外なものであって。
「え……?」
思わずそんなことをこぼしてしまう。
すると。
「何だその返答は! はい、だろ! 普通は! え? なんて言いやがって、俺のこと舐めてんだな!? だろ!? そうだろ!? 俺がしょぼい男だから、そう思っているから、そんな舐めくさったような言い方しやがるんだろ!? てめぇふざけんなッ!!」
ミミドボロスは急に怒り始めた。
「そもそもお前はなぁ! 俺を舐めすぎなんだよ! 俺が手汗かくタイプだからってよええ男だって思ってそれで舐めてやがるんだろ? どーせそんなことだろうと思ったわ!」
いや、違う。
まず何を言っているのかさっぱり分からないし。
……でもここでそういうことを言い返すと火に油を注ぐ状態になってしまうことは目に見えている。
一度こういうのが始まってしまうともうどうしようもない、というのが、ミミドボロスという人間と接していて一番困るところだ。
「俺が手汗かきなこととか鼻水垂れやすいこととか鼻水垂れてても気づくのが遅くなりがちなこととか顔立ちが整っていないこととか、そういうので見下してるんだろ!? そうだよな? 隠してても黙ってても伝わってんだよそういうのは! お前は俺を内心馬鹿にしてることなんてなぁ、ずーっと前から知ってたんだ。お前は隠してるつもりだったかもしれねぇがな、そういう黒い感情に気づかねぇほど俺は馬鹿じゃねぇんだ。あいにく俺は馬鹿じゃねーんだよ!」
完全に被害妄想である。
私は彼を馬鹿にしたことなんてないし見下したことだってない。
面倒臭い、となら思ったことはあるけれど。
「じゃあな! 永遠にばいばい!」
――かくして、私とミミドボロスの関係は終わりを迎えたのであった。
◆
婚約破棄から数日、ミミドボロスはこの世を去った。
彼が親たちと一緒に住んでいる屋敷に強盗が入ったのだ。
その犯人に不幸にも出くわしてしまった彼は口封じのためにその場で殺められた。
それがミミドボロスの最期であった。
あれほどまでに威張り散らしていたのに、死の間際では惨めに命乞いするような状態だったようだ――それを思えば、やはり、人生とは分からないものである。
誰が幸せになるか。
誰が惨めに死んでいくか。
そんなものはいざその時が来るまで分からないものなのだ。
◆
――数十年後。
「おばあちゃん! お菓子一緒に食べよ!」
「そうねぇ」
私は良家の子息と結婚し、子に恵まれた。
とても温かい家庭を築くことができたと思う。
ずっとそのために自分なりに努力してきたし、夫も夫なりに努力を重ねてくれていたと思う。
そして、時は経ち、その子らももう大人になって家庭を持つようになった。
それで今では孫がいる。
たまにやんちゃな時もあるけれど、とても可愛い子たちだ。
孫の顔を見る時、生きてきて良かったと強く思う。
◆終わり◆




