私はもう貴方のことを覚えたまま生きてはゆきません。記憶はそこへ置き去りにして、幸せへと歩みます。
赤い花が咲いた。
今年もまた。
この花が咲くたびに思い出す。
貴方との幸せだった日々を、そして。
――貴方とのさよならを。
◆
あの日私は突然告げられた。
「君との婚約だが、破棄とさせてもらう」
貴方はきっと何とも思っていなかったのだろう。
けれども私はとても辛かったし悲しかった。
この心が叩き壊されるようで。
夢も、幸福も、愛も。
何もかもすべてが破壊された。
「永遠にさよならだ」
そう述べる貴方の瞳はとても冷たくて。
ああ、そうか、この人はもう……。
溢れる涙を隠したくて雨の中に駆け出した。
地面に叩きつけられる雨粒。
まるでこの心の中のよう。
激しく降り注ぐ雨が髪を頬を濡らしても、それすらも、私自身であるかのようで。
◆
あれから何年が経ったのだろう。
もう思い出せないけれど。
でも今さらどれだけの月日が過ぎたか数えるなんてことはしたくない。
だって、私はもう、新しい道を歩み始めているから。
……貴方はこの世界にはいないのでしょう?
かつて愛していた人は死んだ。
ある冬の日に旅行していて雪崩に巻き込まれたらしい。
でもそれでいい。
永遠にさよならだ。
そう言った貴方がこの世界にまだいるなんて、そんなことはおかしいでしょう。
……だって、永遠にさよなら、なのだものね?
私は貴方をそこに置いてゆく。
そして幸せな未来を掴むの。
◆
赤い花が咲いた。
今年もまた。
この花は何度でも咲くけれど、もう振り返ることはない。
貴方との幸せだった日々は過去に置き去りにしてきた。
――貴方とは、さよなら。
◆終わり◆




