婚約者が女連れで歩いているところを目撃するなんて心情的には不運でしたが……結果的には良かったのかもしれません。
それはある快晴の日のことだった。
「んもぉ〜、ローザンったらぁ、うふふぅ好きぃ」
「相変わらずだなリメリニア」
婚約者ローザンが見知らぬ女と腕を絡めていちゃつきながら街中を歩いているところを目撃した私は。
「ローザン? そちらの女性、どなた?」
心情的に見て見ぬふりすることはできず、声をかけ、尋ねた。
きっと何かの間違いだ。
きっと何か正当な理由か事情があるはずだ。
そう、残された希望を信じて。
「お前!? ど、どうしてここに……」
「貴女こそよ。なぜ女性といちゃいちゃしながら歩いているのかしら」
「こ、これはっ……そ、そ、そのっ……」
おろおろなるローザンに向けて。
「もしかして浮気?」
そう言ってやれば。
「お、お前!! なんてこと言い出すんだ!! 俺を信じないのか!? ふざけるな!!」
急に激怒される。
それを見たら悟ってしまった。
ああそうだったのか、と。
ここで威圧的に怒るということは、やはり、私が思っていることは当たっているのだろう。
「お前がこんなにうるさい女だとは思わなかった! ……ああもう面倒くさい、もういい。お前なんてなぁ、こっちから捨ててやる! 婚約は破棄だ!」
……と、そこへ。
「浮気しておいて偉そうなことを言うなんて、人としてみっともないね」
現れたのは、私の兄。
「に、兄さん!?」
「やぁ」
「どうしてここに……?」
「たまたま見かけて、ね」
「そうだったの」
仲間が増えた。
これで一対二ではない。
数は同じだ、心理的な不利さは下がった。
「ローザンくん、僕の妹を傷つけるなら僕は君を許さないよ」
「はっ。何だよお前」
「まだ偉そうな口を利くんだね」
「うるせぇよ!! 何様のつもりだよお前!!」
兄に殴りかかろうとするローザンだった、が。
「……僕はこれでもそこそこ権力を持っているんだよ」
兄が国家権力を手にした職に就いている証である手帳を見せると。
「嘘だろ!?」
衝撃を受けたらしく、目を見開いて叫んだ。
「君には罪を償ってもらうからね、今後覚悟しておくように」
兄はそれだけ言って、私をその場から離した。
「兄さん、これだけでいいの?」
「もちろん」
「でも、婚約破棄とかのあれこれは……」
「すべてこれからするよ」
「そう……分かったわ」
「僕がやるから。色々。だから何も心配しなくていいよ」
その後兄がこのことを親にも報告してくれて、ローザンへ罰を与えるべく動き出してくれた。
結局話の通り婚約は破棄となった。
けれどもそれはそれで構わない。
なぜならもうこれ以上嫌な思いはしたくないからである。
彼とはもう関わらない。
関係を修復したいという意思もない。
完全に、さよなら、だ。
慰謝料はローザンとあの女双方からしっかりともぎ取った。
これでもう、彼との関わりはおしまい。
◆
あれから数年が経った。
私は今とても幸せに暮らしている。
心優しく、親切で、誠実さもある男性が、今の私の夫だ。
私たちは共に歩んでゆく。
迷いなどなく、どこまでも、純真かつ真っ直ぐな心で。
ちなみにローザンはというと、婚約破棄後一年ほどが経ったある夏の日に熱中症で亡くなった。
そして、あの時の浮気女はローザンの死によって絶望し自ら命を絶ったそうだ。
女がローザンを愛していたことは確かだったのだろうけれど……でも私からしてみれば彼女もまた不愉快な存在なので、正直そこまで可哀想とは思わなかったし、思えなかった。
◆終わり◆




