婚約破棄するだけでなく心ない言葉をたくさん投げつけてきた彼はその場で落命しました。
「お前との婚約だが、破棄とする」
婚約者リックタークはある日突然そんなことを宣言してきた。
それは穏やかな春の日。
珍しく彼から呼び出しがあって、不思議に思いながらも彼の家へ向かったのだが、それで今に至っている。
「婚約破棄、ですか」
「ああそうだ」
「また突然ですね。どうしてですか。戸惑っています」
「理由が聞きたいか?」
「そう……ですね、よく分からないので」
するとリックタークはにやりと黒い笑みを唇に滲ませた。
「なら教えてやろう」
そう言って、少し間を空けて、続ける。
「まずお前には奉仕の心がない。お前は俺にこれまでどれだけ奉仕した? 可愛がってもらうために、愛されるために、どれだけ女として努力してきた? していないだろう。まったく。ただ大人しくしているだけ、ただ婚約者という席に座っているだけ。そうだろう? 女として俺が喜ぶことをどれだけしてきたんだ」
……彼は一体何を言っているのだろう?
婚約者の役割というのは娼婦みたいなものではないと思うのだが。
「それに、まず、お前は可愛らしさが足りない。何でも自力でこなすだろう。愚かでもないし、愚かに見せようと努めることすらしない。そういうところが魅力的でないんだ。何なら不快なくらいだ。有能な女なんて女じゃない。女はたとえ本当は有能だとしても無能に見えるよう振る舞うべきだ。それが常識だし、婚約している身ならなおさら、そうすべきだろう。それが女として生きていくうえでの最低限の礼儀というものだろうが」
リックタークの暴走は止まらない。
それからも心ない言葉を数えきれないくらいたくさん並べてきた。
悪魔か? この男。
……そんなことを思ったくらい。
暴走している彼は私を傷つけることしか考えていないようだ。そこには優しさなんてものは欠片ほどもない。
――だが。
「お前はクズなんだよ、とにかくクズ、ゴミみたいな女で――ッ、ヴ!?」
突然胸を押さえて苦しみ始めて。
「う、ううう、ううううう」
そのまま倒れた。
そして数分後、救急隊によって運ばれた先の病院で死亡が確認された。
リックタークは死んだ。
◆
あれから何年が経っただろう。
もう思い出すことさえできない。
でも、私は今、穏やかな幸せの中に在る。
愛する人と、大切だと思える人と、共に同じ屋根の下で生きられること――それは何よりも喜ばしいことだ。
◆終わり◆




