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さくっと読める? 異世界恋愛系短編集 4 (2024.1~12)  作者: 四季


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「お姉さまの婚約者はもうあたくしのものですわよ!」ああそうですか。でもその婚約者、非常に厄介な人ですよ? 欲しければどうぞ。

「お姉さまの婚約者はもうあたくしのものですわよ!」


 ある日突然妹シーナから告げられたのはそんな衝撃的な言葉で。


「え……ど、どういうこと?」

「フィリップさまはあたくしを選んだのですわ!」

「何よそれ。何の話よ? 私、彼からは何も聞いていないわ」

「でも事実でしてよ」

「……本気で言っているの?」

「ええ! もうすぐフィリップさまがいらっしゃるわ。そこでお姉さまは告げられるでしょう。婚約を破棄する、と」


 けれども正直……可能ならその方がありがたい、と思っていた。


 というのも、フィリップは非常に厄介な人なのだ。


 彼はやたらと男尊女卑。

 外では善人面をしているが身内になる人間にはある意味悪魔のような面を露わにしてくる男性である。


 私は彼と婚約してからたびたび嫌がらせをされていた。

 だから彼を妹に押し付けられるのであればそれはそれで悪いことではないのである。


「そう……分かったわ」

「ふふ! 負けを認めるのですわね? あたくしの方が女として魅力的である、と!」

「ま、もう何でもいいわ」

「あーら負け犬らしいセリフだこと!」


 妹、シーナは、きっとフィリップの本性を知らない。


 だから彼を手に入れて勝ち誇ったりできるのだ。


 その先に地獄があると知らないから。


 ――それから一時間ほど経って。


「すまないな、君との婚約は破棄とするよ」


 家へやって来たフィリップよりそう宣言された。


 ……でもそれは解放の宣言でもある。


 そういう意味ではとても良いことでもあるのだ。


 これでもう私はフィリップに虐められない。


「フィリップさまぁ! これからはぁ、シーナを可愛がってくださいねぇ!」

「ああ」

「お姉さまのことなんて忘れてくださいよぉ?」

「もちろんだ」

「うふふ~、あたくしの勝ちぃ」



 ◆



 一ヶ月後。


「お母さまあああああああ! フィリップさまが虐めるううううう! 暴言ばっかり吐いてくるうううううう!」


 シーナは早速フィリップに虐められているようだ。


「姉の婚約者を奪ったのだから、どんな目に遭おうとも自業自得よ」

「うわあああああん! お母さまったら酷いいいいいい! お姉さまに洗脳されているの!? そうですわよね!? お姉さまの悪魔あああああ!」

「これは私の本心よ」

「お母さまはあたくしを敵視するううううう! 可憐なあたくしに女として嫉妬してるのおおおおお!?」


 彼女は近頃よく泣いている。


 ……でも、自業自得ね。


「お母さまもお父さまもおおおお! お姉さまの味方あああああ! あたくしを独りにするのおおおおおお! 親なのに! 生んだのに! 酷い酷い酷いいいいいい!!」



 ◆



 二ヶ月後。


「いやあああああああ! ああああああ! うっ、うっ、うあああああああああん! いやああああもういやだあああああああん、ぅ、ぁ、ああっ……いやよおおおおお! かれがくるううううう! おそわれるうううううう! こわいこわいこわいのおおおおおお!」


 シーナは最近夜な夜な恐怖で叫び続けている。

 何でも自宅にいる時ですらフィリップに襲われると思い込んでしまっているようだ。


「こないでこないでこないでええええええ! いやあああああ! いやいやいやいやいやいやなのおおおお! いやよおおおおお! だれかたすけてええええええ! ころされるうううころされるよおおおおお! こわいのおおおおおっ、いやあああああん!」


 彼女はもう正常でない。

 常に妄想の世界に在り、朝から晩まで恐怖一色に染め上げられたそこで生きている。


「きゃああああああああ! いやああああああ! あああああああ! あっあっあああっあああああああ! いやなのおおおおおおお!」



 ◆



 婚約から三ヶ月、シーナは自らこの世を去った。


 フィリップに虐められたために心が壊れ、彼女はもうこの世界にとどまっていられなくなったのだった。


 でも誰も悲しまない。皆、冷ややかで、ただ口を揃えて「自業自得」と言うだけ。彼女の葬式の日、泣いている人は一人もいなかった。参加者がいただけまだ良かったと言えるのだろうけれど。それほどに皆の中での彼女の印象は悪くなっていたのだ。姉から婚約者を奪った女なのだからある意味当然といえば当然でもあるのだが。


 ちなみにフィリップはシーナの死後間もなく謎の事故によって意識不明となり、担当の医師によれば回復の見込みはないという話であるようだ。



 ◆



 ――あれから十五年。


「おかあさーん、これ、買ってきたよ!」

「何それ?」

「母の日の贈り物だよー!」

「あら」

「お母さんいつも忙しくしてくれてるからさ、たまにはお返しをしたいなーって」


 私は二児の母となっている。


「あらいいの? 貰って」

「あげるー!」

「母の日のプレゼントってこと?」

「うんそう!」

「それは嬉しいわ、ありがとう」



◆終わり◆

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