愛してる、を、歌いながら。〜婚約破棄のその先に〜
ある夏の日、夕暮れ時に婚約者から呼び出しを受けて彼のもとへ向かったところ、まったく想像していなかったくらい冷ややかな目をした彼に告げられてしまう。
「君との婚約は破棄する。関係はもうおしまいだ。本日をもって、僕たちは他人へと戻る」
――そんな悲しい言葉を。
私は彼と生きることを運命と思っていた。だからそれを受け入れていたし別の道なんて想像したこともなかった。もちろん模索しようとしたことだってない。これが私の道なのだと、これが私の運命なのだと、当たり前のようにそう思っていたから。だから私は彼と共に生きてゆくのだと当たり前のように思いながら今日まで生きてきた。
――だからこそ、その婚約破棄宣言はかなり衝撃的なものであった。
冗談だと思いたくて。
でも彼の冷たい目つきを見ていたらとてもそうとは思えなくて。
そうか、結局、これが現実なのか……。
ならば受け入れるしかない。
たとえ辛くとも悲しくとも。
だって、それがすべてだから。
◆
「おはよう」
「もう起きてたの!?」
「うん」
「相変わらず……朝早いわね」
婚約破棄から数年、私は良き夫を得られた。
「すぐに朝食の準備するからちょっと待って!」
「慌てないで慌てないで。取り敢えず自分のことしてきたら? そっちを優先して」
「でも……」
「こっちは大丈夫。まだゆっくりしてるし。あ、そうだ、今からちょっと勝手にコーヒー淹れとくよ。キッチンちょっとだけ借りるね」
彼は裕福な家の出の男性。しかしそれによって威張ったり他者を見下したりするような人間性には育っていない。恐らく育った環境が良かったのだろう。また、いつか聞いた話によるとそこそこ厳しく育てられはしたようだが、だからといって他者に厳しい人になっていないところも魅力的な点だと感じる。
「ありがとう。……ごめんなさいね、いつも」
「どうして謝るの?」
「だって私、朝起きるの遅いから。いつもこんな感じで。なんというかちょっと……申し訳なくって」
「申し訳ないなんて思わないで」
「……けど」
「感謝してるよ。こうして会えるだけで、話せるだけで、とっても楽しいから」
私は彼と共に生きる。
愛してる、を、歌いながら。
◆終わり◆




