幕間一、うた マスター(ランド)視点
「え……?」
奮発して買った中古ピアノの前に立つセリの呟きに、俺は顔を上げた。
戸惑うような視線が向けられていたのは俺の方で、ばっちりと目が合う。
まじまじと遠慮なく見つめられて、俺はグラスを拭く手を止めて、思わず後ずさった。
「マ、マスター……!」
「ぅわ……ッ! なんだよ!」
「もっかい! もう一回! 今の歌って下さい!」
「なんだよ」
小さな顔の前で人差し指を立てる。うわ、こいつ指までちっちぇ。なんて思いながら、俺はわざとらしい顰め面を作った。
知らない内に、セリがよく口ずさんでいる歌を口にしていたらしい。もとから俺はそういう所がある。妹によく鼻歌泥棒と罵られたものだ。
「鼻歌じゃなくて、ちゃんと……!」
いつになく必死の形相のセリに、俺は小首を傾げる。自慢じゃないが人前で歌えるほど俺は上手くない。
「あの、私が歌ってたの、もともと男の人の歌なんです! 気付かなかったんですけど、マスター声すごいよく似てて!」
お願いします、と深々と頭を下げられて、困る。
ああもういいや。こういうのは引っ張れば引っ張るほど恥ずかしくなるし、こういう場合意外とセリはしつこいのだ。
軽く息を吸って、口を開いた。
「……後は覚えてねぇよ」
お世辞にも綺麗とは言えない低く掠れた声。
照れ隠しにそう吐き捨ててセリを見て、ぎょっとする。
「っなんで泣くんだよ……!」
「いや、もうなんか上手すぎて。……聞けると思わなかったから」
この世界で。
「よく分かんねぇよ……」
「はい」
2010.07.07




