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    騎士視点


 王から直々にカラタ族の保護を任された時に思い出したのは、やはりセリ殿だった。


 すぐに彼女に伝えるべきかと思ったが預かった時点で少年の容態は悪く、同じ様に呼び出された団長と相談した結果、彼が回復するまで彼女に伝えるのは控えようと決めた。


 だがしかし屋敷に運んだ数日後に意識は一旦取り戻したものの、混乱が激しく食事どころか暴れてそばに寄る事すら拒否する少年は日々弱っていった。結局どうにもならない所に来て、同族であるセリ殿に頼らざる負えなくなった自分の不甲斐なさが情けない。


 しかし団長に連れられ、かつて無いほど青醒めた顔で部屋に入って来たセリ殿を見て、やはり伝えなければ良かったのではと後悔した。


 しっかりしているといっても十代半ばの少女だ。まず荒れた部屋の様子に驚くかと思っていたが、彼女はそれらを気にした様子もなく、真っ直ぐベッドに向かい横たわった少年の顔を覗き込んだ。

 後ろからはその表情は見えなかったが、小さく顎が引かれたその瞬間。微かに震えた肩とそれから数秒微動だにしなかった華奢な身体だけが彼女の動揺を現していた。


 しかしセリ殿は、少年の目が覚める気配を感じるとその決して小さくはないであろう動揺を飲み込み、落ち着いた声で話し掛けたのだ。


 その後、二人きりで話したいと言われ不安だったが――結局それが良かったのだろう。セリ殿はしばらくの間、少年(随分後に『ショウタ』と名乗った)の看病の為に我が屋敷に逗留して下さる事になり、私としても喜ばしい流れとなった。騎士としての勤めはある以上毎日とは言い難いが時々食事を一緒に取り、充実した日々を過ごしている。


 頑なに『カラタ族』では無いと言い張っていたショウタもやはり同族が近くにいるせいか、セリ殿が来て以来きちんと食事を取るようになった。日々落ち着きを取り戻していき、話してみればやはり彼も幼いわりに聡明で同世代の子供より手が掛かるという事は無かった。


 そしてそれから――一カ月が経ち、庭も散歩し、軽い運動なら出来るまでに回復していったショウタ。


 過ぎる程に細かった身体も肉が付き随分子供らしくなって、笑顔も見せるようになる程に落ち着いた頃。

 様子を伺いに来た神官長と団長が揃い、客間でお茶を飲んでいると、思い詰めた様に真面目な顔をしたセリが話があると切り出してきた。



 後からやって来たショウタが定位置の様に同じソファに腰掛け、そのままセリの手を握り込んだ。セリは少し驚いた様子を見せたものの、仕方ないなぁ、とでも言うような優しい笑顔をショウタに向ける。そして再び真面目な顔を作った。


 面差しのよく似た二人が寄り添っていると、仲の良い姉弟の様で微笑ましいが、その絆の深さを見せ付けられている気もしてちりっと胸の奥が焦げ付く。


 私の胸程の身長しかない彼に嫉妬など感じているとは思いたくは無いが、確かに二人の間には他人には入り難い空気があった。神官長も同様に感じたらしく、ショウタを見る目はどことなく厳しい。



「ショウタを引き取りたいんです」


「孤児院にですか? 来月あたりもう少し落ち着いてからでも良いと思うのですが」


 最近の二人の様子からそう言い出すのは予想していたので、落ち着いてそう返す。……ショウタは聡明だし、むしろこのまま自分が引き取っても良いとも考えていた事も伝えると、ショウタは少し驚いた様に目を見開き、助けを求める様にセリを見た。


 そんなショウタにセリは大丈夫、と頷く。


「いえ、そうではなくて。家を買って二人で暮らしたいと思ってます」


 その発言に驚いたのは私だけではない。神官長も団長も驚いたように目を瞠りセリを見た。至極真面目な表情に冗談では無い事を知る。

 ならば答えは一つしかない。


「反対です。彼と暮らしたいならセリ殿もぜひここで暮らして下さい。我が家はいつでも歓迎しますよ」


 汚いとは思うが、今ショウタの保護権は私にある。私が許可しない限りセリが勝手にショウタを連れて行く事は出来ないのだ。


「あなたまさか最初からそのつもりで……!」


 カラタ族の子供を預かる事になった時、その可能性を考えなかったと言えば確かに嘘になる。射殺さんばかりの視線が自分に向けられるが、その程度で引く訳にはいかない。どうですか、とセリに尋ねれば、彼女は申し訳無さそうに首を振った。


「いえ、私ももう暫くしたら成人しますから孤児院を出て行かなくちゃならないんです。だから郊外にでも家を買って二人で暮らそうかな、って。ショウタもそれを望んでくれてるし」

「馬鹿な事を。同族といってもショウタとあなたには血の繋がりも無いのですよ」


 今は、仲の良い姉弟の様に見えるが、後五年もすればショウタも青年になる。そうなれば、若い男女が一つ屋根の下に二人きりだ。間違いが起こらないとは限らない――いや、唯一の同族だからこそその可能性も高いだろう。


「それに郊外と言っても家を買うには纏まったお金もいりますし、生活費も掛かる。ましてやショウタの様な幼い子供と一緒では」


「お金ならあります。当面の生活費も大丈夫です」


 びくりと震えたショウタの肩を撫でて、セリ殿はきっぱりそう言い切った。

 家を借りるのでは無く買うとなると、かなりの金額が掛かる。一瞬出所はどこだと穿ったが真面目な彼女の事だ。きっとこれまで少しずつ貯金して来たのだろう。


 先程よりしっかりと握られた二人の手に強い意志を感じて、どう説得したものか、と考えあぐねいているとそれまで黙っていた団長が静かに口を開いた。


「セリ、いくら同族と言ってもこの子にも知り合いは必要だろう。しばらくはお前がいる孤児院で生活した方がいいのでは無いか」


 団長の言葉にセリは驚いた様に目を瞬いた。そして団長の言葉を口の中で繰り返し、頬を染めると小さな肩をますます縮めた。


「ほんと……ですね。そこまで考えが及びませんでした。団長ありがとうございます。ショウタ振り回してごめん。しばらく――孤児院で生活しよう」


「セリも一緒?」

「うん、もちろん」

「なら、行く」


 そう言ってショウタはこくん、と頷きはにかむ様に笑った。セリも頬を緩めながらも、ごめんね、と何度も謝る。


「僕も孤児院で何か出来る事見つけて、頑張ってお金稼げるようになる」

「うん、期待してるよ」


 ――セリの柔らかな胸に顔を埋めたショウタがちらりとこちらを見た事に気付く。

 何だ……? と、眉を顰めればショウタはそのまま、目を眇め口の端を吊り上げた。

「……!」


 それは今までセリに見せていたような無邪気なものではなく、勝ち誇ったような嘲笑。向けられたのは私だけらしく、団長からは角度が悪くて見えずに、神官長に至っては微笑ましいとばかりに二人を温かい目で見守っている。


 ――な。


 新たなそれも未来に最大の難関となる事になる恋敵の登場。

 それからことごとくセリ殿との逢瀬を邪魔される事になるのだが、それはまた別の話である。





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