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その七、噂話には気をつけましょう


 神官長に呼び出され二回目のお茶会。


 指紋が付く位、つやっつやの真っ白な神殿の敷居が高すぎて、孤児院の用事にかこつけて断ってたら、物凄く気位の高そうな神官を派遣してきやがった。形ばかり恭しく差し出されたのは手紙で、中には綺麗な文字でこう記されていた。


『どうしても聞いて欲しい大事な話があります。貴女には到底なりえませんがこの者達を貴女に代わる労働力として派遣致します』


 こんな真っ白い服着たかつ気位の高そうな神官に、オムツ替えなんてさせられるかー!


 そう怒鳴って手紙を握り潰さなかったのは、なんで私がこんな事を……とでも思ってそうな(いや絶対思ってる!)仏頂面の神官達が睨み付ける様にあたしを見ていたからだ。


 ……一言でも神官長様の文句を言えば確実に不敬罪で牢屋にぶち込んでやる的な視線がね、うん。

 神殿に初めて行った時に知ったんだけど、神官長様にはファンが多い。穏やかな性格に加えあの秀麗すぎる顔のせいかそれも割と狂信的な。


 前行った時もなんでこんな小娘を神官長様が招くんだ……みたいな視線も突き刺さってた感じだし。

 身分詐称そして捏造の後ろ暗い過去がある以上、極力目立ちたくないあたしとしては、神官長様とは距離を置きたかったのに、慈善活動の一貫なのか何故か頻繁にお茶会に誘ってくれたりする。


 あのすみませんお心遣いは嬉しいですが、正直迷惑です、……とはあのキラキラした美貌を前に言い出せないものがある。いや、うん、身分以上になんか美人過ぎて同じ人間という土俵に乗せてもいいか迷う位だし、本能的に逆らえない。


「セリお姉ちゃんあたし達なら大丈夫だよ!?」

「そうだよ。一番下のマリーだって結構言う事きく様になったし!」


 だから行って来い!


 ……神官と遊び始めて一時間も経たない内に、あたしの部屋に飛び込んで来たシャツの裾がきっちりズボンにインな子供達の明らかな拒否も後押し、あたしはとうとう白旗を上げた。


 むしろこれを見越しての神官派遣だったらどうしよう。

 神官が腹の中真っ黒とか、ベタすぎて笑えないよ!

 あああああ、本当にやだ。

 あの大理石の真っ白い廊下、リアルで足形つくんだよ。それを拭こうか拭くまいか本気で悩むあの時間が嫌だ。


 お茶と一緒に出してくれる美味しいお菓子とお土産は捨てがたいけど、神経すり減らしてまで食べたいとは思わないんだよなぁ。


 嫌々よそ行きのワンピースに着替えて、玄関まで行くといつの間にかスタンバイしていた馬車に突っ込まれて、神殿に向かう。


 どんよりした気分で、神官見習いらしい少年に建物では無く庭に案内される。どうやら前回裸足で歩いてもいいですかって平謝りしてたのを考慮してくれたらしい。


 ――しかしその途中で、あたしは彼に会ったのだ。


 月の光を集めて溶かした様な柔らかな銀の髪に、高い鼻と涼し気な切れ長の瞳、唇は薄過ぎず厚過ぎず、それが理想的な形で並んでいて、思わずぽかんと口を開けて魅入ってしまった。


 多分、あたしが見た人生の中で一番美しい人だろう。いやむしろ一生で一番かもしれない。

 この人をどう文字で表現すればいいのか、一瞬考えかけてすぐに諦めた。

 無理無理、あたしみたいなにわか作家にこの人外魔境は手に負えない。


 しかし彼にとって、道端の雑草くらいの価値しかないだろうあたしに向かって微笑みを向け、神官長の知り合いなんだよ、と案内役を買って出てくれた。



 そして慌てて我に返ったあたしは、名前やら住んでる場所や問われるまま答えてる内に、少し拓けたこの場所に来たんだけど……。




 しーんと静まりかえったその場所はまるでお通夜の様だ。

 沈黙が痛い。

 いやうん、この神官長以上に綺麗過ぎる顔からタダモノでは無いと思ったけど、まさか王弟殿下なんて夢にも思わなかった。

 目に見えてこんだけ三人の顔色が悪くなるって事は、偉い人……だけじゃないな、この雰囲気は。恐らく暴君とか怒らせたら斬首台一直線系のヤバい人なんだろう。


 ……ああ、これ以上めんどくさい人と関わりたくない。


「さて、君達話の続きをどうぞ」


 にこやかに微笑みながら、シャンプーのCMに出れそうな位さらさらの髪をかき上げて、神官長を見るその姿もいちいち絵になる。


 ……王弟殿下は、さっきは何も言って無かったけど、神官長様に何か用事でもあるのかな?

 そう思って神官長様を見ると、顔色の無いまま殿下を観察する様な鋭い視線でみていた。

明らかに仲良しでは無い知り合いらしい。いやでも惜しいな。この二人並べて絵師さんに描かせれば結構な金儲けになるんじゃなかろうか。

 自分に絵心が無いのは悔やまれる。

 ……ああ、そういえば、あたしの貯金計画は頓挫したままだった。


 ここ最近は一向に増えない貯金をふと思い出してしまい、うっかり溜め息をついてしまった。あ、と思った時には、刺す様な四人の視線が集まっていて、そして一番遠くにいた、けれどもそれ故に真正面でばっちり目が合ったマスターのお前空気読めよ的なそれに、思わず固まってしまう。


「セリ、申し訳ありませんでしたね。呼び出しておいて挨拶もまだしていませんでした」


 日焼けなんて全くしてない真っ白な眉間に微かに皺を寄せ、申し訳無さそうに神官長様はあたしの手を取ろうとした、が、それを横から攫ったの騎士さんだった。


 最初に会った時から少し伸びた髪が、その動きにさらりと揺れる。

 って言うかこの中途半端な感じは、間違いなく『伸ばしてる』よね?

 悪夢の原因、罪の証だと言い切ってたのに髪の毛伸ばすとか、いやマジほんとドMだったんですね。騎士さん。


「私としたことが、無聊をお慰めする事も忘れていたなんて何たる事でしょう、セリ殿どうかこの愚かな私をお許し下さい」


 そっと、握り込まれて妙に熱っぽい視線で見つめられる。

 ……いや私にドMのご主人役は荷が重すぎます。

 どっちかっていうと女の子はビジュアル的にSよりMが楽しいと思うタイプですので、よそをあたって下さい。


「いえ、すみません。あのちょっと疲れてただけで……」


 あたしを挟んで睨み合う二人にそう言えば、次は団長が重そうな口を開いた。


「孤児院ではそれ程過酷な労働を強いられているのか」


 なんでそうなる!

 むしろあんた達がいる今この状態に疲れてるんですが!


「いやそんな事無いです! ええ 断じて!」


 団長の凶悪な目付きに晒されてもげる位ぶんぶん首を振って否定する。

 今ここで冗談でも頷けば、跡形も無く孤児院が燃やされそうな雰囲気だ。

 ほんと普段あまり表情が変わらないせいか、こういう顔すると凶悪なのだ。

 身寄りのないあたしを引き取ってくれたシスター達に、そんな恩を仇で返すような事は出来ない。


「あのっ……えっと今日は何かご用件があったんですよね?」


 そうだよ。そもそも神官長さんは一体何の話なんだろう。

あたしだけならともかく、団長や騎士さん、マスターまで。あたしの言葉に神官長様は、ちらりと王弟を見てから、複雑な表情をして首を振った。


「……いえ、ただセリの顔が見たかっただけです。こちらの三人は……以前からの知り合いなのでね。セリに会いたいと言うのでついでにお呼びしたんですよ。そうですよね」

「ええ」

「そうだ」


 騎士さんと団長が頷いて肯定する。

 いやこの二人はともかく、一介の酒場のマスターが?

 そもそも昨日アルバイトしてる時に何も言ってなかったし。

 不思議に思ってマスターに視線を向ければ、「ぎゃっ!」と短い悲鳴が上がった。

 何だか足元――テーブルの下で微かに金属の音が聞こえた気がするのは気のせいだと思っておこう。


「っああ! ゆ、友人なんだ……っははっ!」


 引き攣りながらそう行ったマスターに、「――へぇ」と、視線だけ上げた殿下の瞳が何か面白そうに瞬く。

 妙な緊張がまた場を支配しようとした時、王弟殿下は、ふっと空気を和らげる様に首を傾けた。


「まぁいいや。僕は大人しく読書でもして時間を潰すから気にしないで」


 そう言って殿下は懐から何かを取り出す。

 本好きの虫が騒ぎ出して誘われるように顔を上げた途端、団長が座っている方から物凄い音が上がって思わずそっちを見てしまう。 どうやら勢いよく立ち上がり過ぎて、椅子は倒されテーブルの上のカップは倒れて割れていた。


 あちゃー大惨事、と心の中で呟いて隊長を見れば、厳しい顔を真っ赤にさせて王弟殿下を睨みつけていた。


「なんてものを……っ!!」


 こめかみに浮かんだ太い血管。ギリギリと吊り上げた視線の先を追いかけてみれば、その先は王弟殿下が手にしている、本……と言うよりは簡素な紙綴り……って……


「――っっッ!!!」


 ぎゃあああっと叫びたくなった口を両手で押さえる。

 その表紙は見れば見る程見覚えがあった。いや、ありすぎた。





「……エリオス、一体どうしたんです、あの本に何か?」


 団長の剣幕に騎士さんも神官長様も訝し気にその本を見つめている。


「あれは……っいや……」


 怒鳴った勢いのまま何か言おうとして、隊長ははっと気付いた様にあたしを見て言葉を濁した。

 もちろん脳内フリーズ中のあたしがそんな様子に気付く事も無かった、が、その間も王弟殿下は爆弾を投下し続ける。


「ああ、面白いんだよ。君達にも貸してあげようか――、でも生憎数が少ないからね。読み聞かせてあげるからそれで許してくれたまえ。……今や女騎士には、騎士としての誇りは無かった。ただあるのは、快感をより深く貪ろうとする雌の本能。小柄ながらも熟した――」


「殿下ああぁ! っあんた って人は!」

「セリ殿聞いてはなりません耳が汚れます。ああ私がついていながらセリ殿にこんな辱めを受けさせるなんて不甲斐ないこの身をお許し下さい……!」


 いや、うん。なんかすみません。

 その汚らわしいものあたしが書いたんです。


 美声で紡がれる残念な文章は勿論、覚えがある。

 騎士さんはあたしの耳を覆い、団長は血管を浮かせて王弟に食って掛かる。神官長様は、もう忘我の境地なのか無表情のまま固まっている。


 阿鼻叫喚の三人の図に、逆に頭が冷えた。

 ……落ち着けあたし。あのエロ小説の作者があたしってバレた訳じゃない。

 唯一事情を知ってるマスターにアドバイスを求めるべく視線を流せば、何故かあたしをちらちら見つめては、顔を赤くしていた。


 使えねぇ……!

 加えて明らかに挙動不審だ。ヤバい、マスターに超足引っ張られてる!

 しかもマスターこれ一回読んだじゃん! 敢えてなんでここでまた赤くなる必要があんの!


「大丈夫ですか」


 横から美声に気遣われ、はっと我に返る。顔を見れば、神官長様はあたしより遥かに顔色が悪かった。

 ……この人孤児院の創立者の孫で、寄付金もハンパないんだよね。

 あたしがあんな小説書いてる事バレたら、どんな育て方してるんだって寄付金どころかお取り潰しにあうかも。


「だ、大丈夫です」


 嘘です。既にヒットポイントゼロです。

 健気に俯いて首を振ってみる。顔色が悪いのも衝撃的な本の内容にショックを受けている様に見えたみたいで、神官長様は視線をあたしから王弟殿下へと向けた。その金色の瞳は怒りでより一層輝きを増す。


 しかし何で、見本として五部しか刷らなかったモンがよりにもよって王弟殿下の手元にあるのか。

 店長曰く、買ってった人は、普通の人だったみたいだから、巡り巡って王弟殿下の手に渡ったのだろう。……もしかして、カイン・ダンケが掴まりそうになったのも、この人が何か言ったんじゃないの?


 動揺を隠しつつ、椅子を後ろに引いていつでも逃げられる態勢を整える。

 それにしても、こんな昼間の明るい庭先で、堂々と官能小説を読み上げるなんてどんな神経をしてるんだ。しかも、中には年端のいかない(無論あたしの事である)女の子だっていると言うのに。


 あたしの隣にいた王弟は、掴みかかろうとした団長の手をひらりと交わすと、パタンと優雅に本を閉じあたしの方へ身を寄せてきた。


 背後から白く長い袖が絡みついて、纏わりつく様な甘い香水の匂いがしたかと思えば、耳元で、同じ位甘い声が、囁いた。


「――これ書いたの君かい?」


 微かに上げられたその手には、例の文庫本。

 ぎょっとして、思い切り肩が跳ねた。


 ……うわぁあたしの正直者!

 ぎぎぎと油切れのロボットみたいに王弟の顔を見れば、王弟はその端正な顔が台無しになる程、にやぁと嫌な笑みを浮かべていた。


 悪寒を感じるのは風邪だ、うん。風邪!


「……殿下!」

「セリに近付かないで下さい!」

「セリ殿! 離れて下さいっ」


 今度こそ神官長様も騎士さんも、ついでにマスターも釣られる様に立ち上がり、テーブルの上がもうリカバリーきかない感じになってる。


「ちょっと彼女借りていくね」

「え」

「殿下!」


 本を持っていない方の手を上げ長い指がぱちりと鳴ると、凄い形相でこちらに駆け寄ろうとしていた団長さん達は、ぴたっと不自然な体勢で動きを止めた。

 それを満足そうに見回し、「こっちね」と、有無を言わせない強さで――肩に担がれた。


「えええっ……ッ!」


 ひっくり返った視界に、とっさに叫んで舌を噛んだ。

 頭に集まってくる血に、ぐるぐる視界が揺れる。

 どうやら俵担ぎにされてるのだと気付いたのは、王弟殿下が歩きだしてからだった。

 なんでこの運び方。


 見目だけは麗しいんだから、出来ればお姫様抱っこでお願いしたい。あ、けど抱っこするならあたしじゃなくて、くるんくるんの巻き毛のお姫様でぜひ!


 振動で舌を噛むので、口は閉じたままだけど、思い切り暴れたのに、王弟殿下は全くビクともしない。こんな顔してて細マッチョとか出来過ぎだろう!

 庭から上がれるバルコニーらしき場所まで着くと、大理石の白い階段を上がってそのまま部屋の中に入る。


 パタン、とガラス戸が閉められた音がまるで世界の終末のラッパの音にも聞こえた。


 ソファに下ろされ、その隣に王弟殿下も腰掛ける。

 ……いやちょっと近過ぎないデスカ……。


「ふふ……いやぁ意外意外、でも無いかなぁ」


 肘掛けにもたれかかり、くすくすと王弟殿下はお笑いになっていらっしゃる。その姿は本当に一枚の絵画の様に美しく芸術的だ。

 でもその手にしっかりと握られてるのは例の触手エロもどき。ああああああ心の底から勿体無い……!

 気付かれないように少しずつ距離を空けながら、様子を伺う。


 ……よく考えろ。わざわざ場所を変えたって事は、とりあえずはあたしが官能小説書いてるカイン・ダンケだってあの三人にバラすつもりは無いって事だ。

 ここは、冷静になって対処しなければあたしの明日は無い。


「……なんで分かったんですか」

 しらばってくれるのも今更だ。

 ここまで連れて来られた理由は敢えて後回しにする。

 あの三人からこの部屋は目と鼻の先だ。多分長い話をするつもりは無いって事なんだと思う。……脅されるのなら、少しでも情報を聞き出しておいた方が良い。


 あたしのそんな心中を知ってかどうか王弟殿下は背中に掛かっていた長い銀髪を片方に纏めながら、薄い笑みを称えゆっくりと口を開いた。


「いや、最初は純粋に、ね。こんないやらしい話を年頃のお嬢さんが耳にしたら、どんな表情して楽しませてくれるのかなぁってちょっとした好奇心だったんだよ」

「……そうですか」


 綺麗な微笑みで言われた言葉の内容に、あたしは一気に脱力した。  ……ああ、何となく分かってたけど、この人そうなのか。やっぱり変態か。

 案内された庭で顔を合わせた時の三人の反応の意味がようやく分かった。


 うん、暴君以上に関わりたくないよね。変態には!

 と言うかこんなのが王弟殿下とかって、この国大丈夫なのか。


 変態側の左半身がザワザワする。ソファの腕掛けのぎりぎりまで身体を押し付けるように距離を空けた。今すぐ逃げ出したいのはやまやまだけど、弱味を握られている以上、下手に機嫌を損ねる訳にはいかない。


「でも君、取り出した表紙見た時点で青くなったよね」


 ああ、マスターすみません。足引っ張られるとか以前に自滅してました。


「それにね、これ書いてるのオンナノヒトじゃないかなとは思っていたし」

 付け加えられた言葉に、ふと顔を上げる。


「……どの箇所でそう判断されたんですか?」


 向こうの世界で言われるなら分かる。でもこの世界じゃ娯楽小説なんてものは無いし、記録を纏める書記官とか文官はみんな男の人だと聞いている。そんな中、そういうの分かるのってこの人かなり観察眼あるんじゃないだろうか。……さすがに王弟って感じ?


「だって甚振り方が中途半端だよ。なんだかんだと主人公は痛い思いしてない、破瓜の痛みだって媚薬成分の入った粘液で無い事になってるじゃないか。こういうの痛みに叫んで喘ぐのが醍醐味だろうに」


「……」


 ああうん、すみません。一瞬忘れてました。あなたは変態でしたね。しかもドがつくSっぽい。

 ちなみにあたしはあくまでノーマルであり、書くのもそっち系は、縄くらいまでしか許容出来ない。言葉責めは萌えるけど痛い系はほんと無理! なんかこっちが痛くなって自分で書いても読み返せなくなる。

 ……これは、思っていたよりもやばい状況かもしれない、と作戦変更する。もうここまで来たら三十六計逃げるが勝ち、なんじゃないだろうか。

 足に力を込め腰を上げて飛び出すように逃げようとすると、がっちりと腰を掴まれた。


「ぎゃあああああ! 離せ! この変態鬼畜ドS男!」

「ああ素敵な名前で呼んでくれるんだねぇ。これはもう期待に応えないと」

「誰かぁあああ!」


 膝の裏に手を入れられ、そのままソファに押し倒される。

 ぅえ、いやマジで本当勘弁して下さい!

 変態相手に処女喪失とか無いし、ちょ……! 神様……!


「殿下ぁあああああああ!」


 がっしゃん、とテラスの方から呻き声と硝子の割れる音が聞こえた。


「っひ!」


 天の助け、と思ってそちらを振り返れば、何故か口から血を流したすごい形相の団長がいた。


「エリオス。力任せに術破ったんだ。死ぬ事もあるのにすごいすごい」


 半端ない王弟殿下の鬼畜っぷりにぞっとする。

 そんな怖い呪文、あんな手軽に掛けないで下さい。

 死線跨いでまで来てくれた団長に、心の底からお礼を言っておこう。


「――セリ」


  凄い勢いでこっちに来る団長を前に、王弟殿下はそっと耳打ちする。


「新作出来たら是非見せに来てね。ああ、拒否してもいいけど――」


 い・う・よ?

 にっこりと微笑まれて、ふぅっと耳に吐息を吹きかけられる。


「分かりました!」

 ぞぞぞっと肌が粟立つのを感じながら、あたしはぶんぶんと頷いた。



 団長にダイブされる前にあっさりとあたしを解放した王弟殿下はご機嫌で庭に戻ると、何か呟いて術を解く。

 その場に残っていた三人は、倒れこむように地面に手を付き、王弟殿下を睨みつけて一瞬即発の雰囲気だ。

 さすが神に仕える加護でもあったのか、息を弾ませていた神官長様は、それでもすくっと立ち上がりあたしの腕を引っ張り背中に隠しこむと、おどろどろしい顔つきで尋ねた。


「殿下。まさかセリに不埒な真似したりしてませんよね」

「ああ大丈夫、セリは僕の親友だけど、好みじゃないんだよ」


 いつから親友になったんだ!

 この場にいた王弟以外の人間が、微妙な顔をしてあたしを見る。

 いや、誤解です。お願いだからアレと同類にしないで。


「好みじゃないなんて失礼ですね。セリはこれほど可愛らしいのに」


 あ、神官長さん、そんな変なフォローいりません。あと団長も頷かなくていい。

 あたしにどんなフィルター掛けてんですか、あなた達は。


「いやでもね、ちょっと胸もお尻も育ち過ぎてる。あと三、四歳若ければよかったんだけどねぇ」


 嫌そうな顔をして目を背けたニ人の視線があたしに止まる。

 どうやら引っかかるべきの幼児愛好家ってとこ以外が引っかかったらしい。


「あー……まぁな」


 と、一人だけ納得した様に頷いたマスターに、射殺さんばかりの視線が集まった。


「どうしてあなたがそんな事を知っているのです」

「……ちょうど磨いたばかりの剣の切れ味が知りたかった」

「分かりました。押さえておきます」


「や……っストップぅう! 違いますよっ! 前、掃除の時に妹の服着替えとして渡したらサイズが合わなくてっ」

 そういやそんな事あったっけか。

 確かに乳はそこそこだが、そこまで大きいって訳でも無い。

 つぅか人の胸ガン見とか、神官長様、あなた一応神職ですよね。煩悩ありまくりですか。



「……」

 四人の顔を見渡して、溜息をつく。

 ……なんかもう色々ヤダ。



 もうどうにでもなれ、とばかりにあたしは大きく息を吐き出した。


「もう帰ります」

「え? セリ殿……!」


 背中を向けて黙り込むこと十秒。

 たっぷりの間を取って、ちらりと振り返る。


「……そんな方達だったとは思いませんでした」


 ふるふると肩を震わせてそう呟くと、その場からダッシュした。


 ……これくらいの砂かけは許されるだろう。



 それ位の軽い気持ちだったのに 、この翌日、三人が三人脱け殻の様になってしまい、孤児院の前には彼らの部下や家人が押し掛けてきてちょっとした騒ぎになった。




 平穏なあたしの日常は未だ遠い。









2011.05.31

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