もしも財布を忘れたら(クロル、ロイズ、ワンス)
クロル→ロイズ→ワンス、あいうえお順です。
【もしも、カフェでお財布を忘れたら 潜入騎士クロルver.】
二人とも非番の日。ぐーたら寝ていたレヴェイユを起こし、たまにはデートでもしようとカフェに連れ立った。
二人で仲良くケーキを囲み、途切れない会話を楽しむ。そろそろ移動しようかと思ったところで、問題発生。
「やば、財布忘れた」
「あらまあ、大変」
「レーヴェ、財布持って……るわけねぇよな」
「安定の無一文~」
レヴェイユは、相変わらず金なし生活を送っていた。
「どうすっかなー。一旦、俺だけ家に帰るか? そうなると、レーヴェを置いておくことになるのか。……無理だな、トラブルの予感しかしない」
「心外~。まあまあ、ここは私に任せて!」
「ちょ、待てこら!」
席を立ってスタスタと行ってしまうレヴェイユ。無一文の今、二人で席を立つわけにもいかず、クロルは嫌な予感を押さえて黙って待つ。
そして、一分後。予想通り、レヴェイユは袖口から金を取り出して、にこやかに渡してきた。どうやら店の金を盗ってきた様子。店内にはクラシックが流れ、誰一人として騒いでいない。逆に怖い。いっそ大騒ぎになってくれ。
「はい。お金どーぞ」
「わざわざ、ありがとう。今すぐ返してこい」
「ノンノン。盗もうってわけじゃないわ。レンタルよ。これで支払って、あとで返しに来ましょ?」
レンタル。なんとも耳障りの良い言葉。
「百歩譲っても、それはローンだ。っつーか、なんでも泥棒で解決しようとすんなよ」
「じゃあ逃げる~? 何も盗んでないからセーフよね!」
「胃袋の中身を忘れるな」
「む~。じゃあ、どうするの?」
「……一応、騎士だからな。正直に言うしかないだろ」
すみませーんと店員を呼ぶと、駆け足集合で女性店員二人がやってきた。顔が良すぎて集客力が高い。二人もいらないのに……と思いながらも素直に伝える。
「すみません。実は財布を忘れてしまって……後で支払うので、一度帰っても大丈夫ですか?」
「ええ、もちろんです!」
すると、もう一人の店員がずずいと前に出る。唐突に始まる、クロル・ロージュをかけた競売だ。
「後日でも構いませんよ! いつ来ます? 明日とかですか!?」
「うふふ! もう一度、来るのも手間ですよね! 私、おうちまで取りに行きます!」
「アンタ仕事でしょ! 失礼しました~。そうしたら連絡先を教えていただけます?」
女に塩対応のクロルが連絡先はちょっと……と不機嫌丸出しで断ると、彼女たちは焦り出す。無銭飲食の客と店員だというのに、力関係が逆転しはじめている。
「なにか物を担保にお帰り頂いた方がいいかしら!? ね!」
「そ、そうね。そしたら、ジャケットを置いていかれます?」
ジャケットなしで帰るのは寒いなと思って、泣き黒子を下げながら迷う。うーん。
「ジャケットはダメですよね。ペンとかでも大丈夫です!」
ポケットを探る。困ったぞ、ペンもない。美形の困り顔。
「ハ、ハンカチとか!」
ハンカチはあるが、これはレヴェイユが縫ってくれたハンカチだから渡したくない。悲し気に首を振る。とんだワガママな無一文野郎だ。
曇っていく美形の顔。悲し気に伏せられた目蓋。そんなものを見せられたら、競っていた女性店員だって声をそろえてしまうだろう。
「じゃあ……もう、なにも入りません!」
「え? いいの?」
クロルはニコッと笑った。泣き黒子がキュッと上がり、店員は瞬殺された。クロル・ロージュをかけた競売は、0ルドの笑顔で落札。価値ある微笑みだ。
「お代は結構ですぅ……お客様、おかえりでーす……」
結局、スマイル決済で全額無料に。その代償に、ぱんぱんに膨らんだやきもちレヴェイユの頬。
「む~。クロルって、なんでも顔で解決するよね。どうかと思う~」
「……悪かったって」
「む~」
カフェの前を通るたびに彼女の頬が膨らむので、二度と行けなくなった。
◇◇◇◇◇
【もしも、カフェでお財布を忘れたら 魔法教師ロイズver.】
人間都市で心臓波形のデータ取りをしている最中。ロイズは、ケーキをご馳走しようとユアを連れ出した。こうやって時折、頑張り屋の愛助手を甘やかすのだ。
二人は、教師と生徒。人間都市のカフェならば、魔法使いの知り合いに出くわすこともないだろう。ロイズの実家近くにある、美味しいと評判のカフェでユアを労った。
「美味しかった?」
「はい、とっても! ロイズ先生、甘いもの得意じゃないのに……ごめんなさい。ありがとうございます」
「ううん~。コーヒー美味しいし、ユラリスに喜んでほしかったから。また来ようね?」
「ふふ、また来たいです」
とは言え、研究の方をゴリゴリ進めなければならない。なかなか時間が取れない二人は、今日も帰宅後すぐにデータ整理をする予定だ。彼女との甘美な時間を惜しみながらも、ロイズはポケットから財布を出そうとする。
「……あ、お財布わすれた……うわ、どうしよ!」
「めずらしいですね、先生。任せてください、ここは私が支払います」
「だ、ダメだよ! ユラリスにご馳走したくて連れ出したんだし……生徒にお金を出させるなんて」
「いつもご馳走してもらってるので、お返しです」
彼女は鞄をゴソゴソと探り始める。しかし、その手をピタリと止め、顔を青くして頭を下げてきた。
「……お財布、ワスレマシタゴメンナサイ」
「うわぁ、ユラリス! 謝らないで!」
「どうしましょう!?」
「大丈夫だよ~。転移で取りにいってくるから、ね?」
ユアを待たせておいて、ロイズは転移魔法で家に帰る。財布を持って、また転移。ふわり、ストンとカフェに戻ってみたら、どういうわけかゼロ距離転移だった。
あろうことか、ユアのひざの上に転移だ。
しかも、テラス席。十九歳の教え子のひざ上に、二十三歳男性教師がストンと座るという事案が発生。相変わらず、字面が強くて事件性が高い。
ちなみに、ロイズの膝の上にユアが乗ることは多々あれど、その逆は初めてだった。向かい合わせなのか、それとも背を向けていたのかは、想像にお任せしよう。
「~~っ!」
「う、うわぁ、ごめん!」
「こちらこそ!?」
魔法バカのロイズは、それでも記録せねばと、距離を測定する。
「『距離測定中……記録、0cm』重いよね、ごめん!」
「いえ! 軽いです! もう全然!」
「……え? 俺って、そんな軽いの……?」
「え?」
軽くショックを受けるロイズであるが、重さなんてどうでもいい。店員も客も、大注目。もう二度と、そのカフェにはいけなくなった。
しかも、実家近くのカフェだったせいで、噂が回って両親の耳に入ってしまい、しばらく実家にも行けなくなった。
◇◇◇◇◇◇
【もしも、カフェでお財布を忘れたら 詐欺師ワンスver.】
国庫輸送の少し前。花屋の男性店員に手紙を渡す任務を終えたワンスとフォーリアは、馬車に揺られていた。
黄色のチューリップの花束を片手に、少しお腹が減ったなと時間を確認すると、ちょうど十五時だ。ワンディング家に到着する少し手前で、ワンスは馬車を停車させた。
「ワンス様? どうしました?」
「ちょっと腹減ったから、なんか食ってから帰る。フォーリアはどうする?」
「ご一緒したいです!」
「んー……まぁいいか」
男性店員をストンと落としたのはフォーリアであるため、たまには奢ってやるかと二人でカフェにやってきた。
しかし、席に座ってすぐ、財布がないことに気付く。稀にみるうっかりワンスだ。
「やば、馬車に財布わすれた」
「私、とってきましょうか?」
「テンも仕事があるから、馬車ごと先に帰らせたんだよ。フォーリア、財布持ってる?」
「はい」
「悪い、あとで返すから貸しでいい?」
「いえ、今日は私のおごりです!」
「うーん……まぁ、いいか。ありがと」
美味しいケーキと紅茶で大満足。さっさと帰って仕事をしようとフォーリアに支払いをお願いする。
彼女は、任せてくださいなんて意気揚々と鞄の中を見る。そして、青ざめていた。
「ワワワンス様! おさいふ、ワスレマシタ」
「……うん、まぁ、そんな気はしてた」
「どどどうしましょ? 私、ワンディング家まで走ってとってきます!」
ワンスは思案する。ハンドレッドに目をつけられている最中、こうやって彼女を外に出しているだけでも、いくらかリスキーだ。フォーリアを一人で歩かせるわけにはいかないし、かと言って彼女を店内に残してワンスが財布を取りに帰るのも、同じくトラブルの予感しかしない。
であれば、仕方がない。
「……まぁ大丈夫だから、化粧直しでもしてくれば?」
フォーリアを離席させ、すぐに店長を呼びつける。やたらおどおどした様子でやってきた店長を見て、普段はクレームのときしか客に呼ばれないだろうことを察する。
「お客様、どうなさいました?」
不安そうな店長。ワンスは、たっぷりと十秒ほどの沈黙を使った後に、ニコリと微笑んでから拍手を送った。
「素晴らしい!」
「は、はい?」
突然の賛辞に、店長は戸惑っている様子。畳みかけるように続ける。
「いや、実はですね、僕は出版関係の仕事をしていまして。今度、カフェ特集の記事を掲載しようと覆面取材をしていたんです」
「覆面取材?」
「おや、ご存知ない? 取材だとは言わずに、普通の客を装って入店。接客態度や味、提供までの時間などを調べさせて頂くというものです。自然体のあなた方を拝見いたしました」
「そ、そんな取材を……」
「ええ、勝手に申し訳ない。一般的には記者であることを明かさず、そのまま退店するのですが、あまりに素晴らしいお店だったものでね。思わず、お声をかけてしまいました。こんな風に、雑誌記者であるとお伝えするのは初めてですよ」
当然、雑誌記者ではないのだから、お伝えするのは初めてだ。店長は顔を綻ばせているが、あなた、騙されてますよ!
二流の詐欺師であれば、クレームという名のいちゃもんをつけてあることないことズラズラ並べるところだが、一流の詐欺師はそんなリスクは取らない。逆に、褒めて褒めて褒めまくる! ワンスはあることないことズラズラ並べて褒めまくった。
「こんな素晴らしいカフェは初めてです。もっと早く出会いたかった」
「いやぁ、有難いことで」
店長は有頂天であったが、彼は覆面記者ではなく覆面詐欺師だ。痛ましい。
そこで、ワンスは「しかし……」とか言いながら、笑顔をしまいこんで苦々しい顔をしてみせる。
「どうかなさいましたか……?」
「いくつか気になる点があるのも、また事実。もったいない。改善すれば、街一番のカフェになれることでしょうね」
「街一番!?」
「いや、王都一にもなれるやも……」
「王都一!? ぜひ、お願いします記者様!」
「そこまで言うのであれば、仕方ありません」
ワンスは指摘事項を並べる。店内のテーブル配置、メニューの入れ替え、価格のつり上げ方など、培ってきた経営者としての手腕が発揮されまくっていた。
そうして、一言一句逃さずにメモを取っていた店長は、最後にこう言ってしまうのだ。
「記者様、ありがとうございます! お礼と言ってはなんですが、お食事のお代は結構です」
「ナンダッテ!? 悪いなぁ、ありがとうございます」
そこでちょうど、フォーリアが化粧直しから戻ってきたので、そのままサクッと退店した。
後日。
「ワンス様、この前いったカフェ、すごく評判がよくて大行列なんですって! 雑誌で取り上げられて、王都一のカフェだって噂ですよ~」
「まじか。そりゃよかった、ははは……」
「またいきましょ~」
「……うーん、ちょっと無理かな」
嘘から出たまこと。もう二度といけなくなった。
おしまい
まとめ。全員カフェに行けなくなった。
『ラーメン屋で財布を忘れた場面を書いて、登場人物のキャラクター性を出せるようになれ!』みたいな話を見かけました。ものは試し。100話越え長編小説の主人公三名で書いてみました。
拙作は異世界設定なので、もしかしたらラーメンも存在するのかもしれません。
しかし、残念ながら、彼らにラーメンは似合わなかった……。特に、詐欺師ワンスは激烈に似合いません。ふーふーしながら麺をすするワンス、想像がむずい。というわけで、こうなりました。楽しかった!




