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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
第三章 マイルスの冒険者

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22.鬼人の村

 鬼人族の村は百人程度の規模だった。山間部の間に点々を家屋が立っており、小高い丘には大きな屋敷がある。その村を挟んだ反対方向に石造りの大きな建物がある。そこが牢獄であり、シオリが言うにはそこにウィストがいるだろうと言っていた。

 まだ夜になり始めた時刻、村の中には点々と灯りが点いており、何人かの鬼人が出歩いている。そのうちの半数が夜になったにもかかわらず、祭りの設営のような作業をしている。そして残りの半分は、彼らの近くをうろつきながら周囲を見回している。その眼光は険しく、何か警戒しているように見えた。


 そんな彼らの様子を遠くから見下ろしながら、僕とユウは忍びながら進んでいた。


「遠いからって音は立てんなよ」

「分かってるよ」


 灯りを点けたら見つかる危険性があるため、夜目がきくユウを先頭にして進んでいた。夜で辺りは暗かった、村の灯りがあり離れていなければユウの背中くらいは視認できた。お陰で見つかることもなく、村の横を通り過ぎれた。


 村と牢獄の間から少し離れた場所で一息つく。その間に、ユウが牢獄の様子を確認する。


「……一人か。しかも油断しきってやがる。余裕だな」


 ユウが悪い笑みを見せる。牢獄の方を見ると、入口のところに一人だけ立っていて、しかも眠そうに眼をこすっている。ユウじゃなくても、あれは油断していると判断していただろう姿だった。

 見張りに見つからないよう、身を低くしながら牢獄まで進む。近くの岩陰まで進んでも、見張りが気付いている様子は全くない。それなりに鍛えてそうな体つきだが、アレなら容易に制圧できる。


「位置についたら合図するから、頼んだよ」

「おう」

「ちゃんとアレ、使ってよ」

「しつけぇな。これだろ。わーってるよ」


 ユウが白い液体の入った小瓶を取り出したのを見て移動する。見張りを挟んだ反対方向の場所につくと、一呼吸してから剣を抜いた。


「おい」


 立ち上がって見張りに声を掛ける。見張りは驚いて僕の方を見る。


「な、なんだお前。どこの……」


 困惑した表情をしていた見張りだが、僕の姿を見てから徐々に顔が険しくなる。


「もしかしてお前―――」


 見張りが僕の正体に気づいたがその瞬間、ユウが背後から見張りに跳びかかる。僕に気を取られていたのかユウの奇襲に全く気付けず、見張りは勢いよく地面に倒れ込んだ。


「て、てめぇ―――」


 抵抗しようとした見張りだが、ユウが見張りの口に小瓶を突っ込んで中の液体を飲ませる。見張りはすぐに吐き出したが、間もなくして苦しそうな声を上げて動かなくなる。近づいてみると、見張りは気絶したかのように眠っていた。


「へぇ。すげぇ効き目だな、これ」


 ユウが使ったのは僕が持っていた《睡眠薬》だ。モンスターを傷つけずに捕えるために使っていて、何かの役に立つと思って今回も持ってきていた。効力が強いため普通は数滴だけ餌に注入するのだが、ユウは小瓶丸ごと分を使った。その結果は御覧の通りだ。この様子ならしばらくは起きそうにない。


 眠らせた見張りを茂みの中に隠した後、牢獄の扉に耳を当てる。音は聞こえない。近くには誰もいなさそうだ。

 静かに扉を開けて中の様子を窺う。待合室のような小さな部屋だったが、案の定誰もいなかった。


 忍ぶように入ると、中にはまた別の扉がある。そこにも耳を当てて様子を窺うと、扉の向こうからいくつかの物音が聞こえる。そのなかには、徐々に大きくなってくる足音があった。


「ユウ、来るよ」


 ユウが「おう」と応えて扉の横に位置する。僕はその反対側に回ると、少し待ってから扉が開く。その瞬間に、ユウが入って来た鬼人に跳びかかった。


「なっ―――んがっ!」


 ユウが鬼人を羽交い絞めにして動きを抑えているところに、今後は僕が鬼人の口に睡眠薬を突っ込む。先ほどの見張りと同じように、抵抗はしたものの間もなくして大人しくなり、力なくその場に倒れ込んだ。

 牢獄の見張りは二人だけ。これで制圧完了だ。


「さぁて。じゃ、後は鍵を見つけりゃ終わりだな」


 ユウの協力はウィストを助けるまで。ここで鍵を見つけてウィストを解放すれば、ユウは自分の目的のために動く。すなわち、復讐だ。


「本当にやるの? さっきは上手くいったけど、相手は何人もいる。せめてソランさんが来るまで待ったら?」


 自分ためとはいえ、ユウはウィストを助けるために手伝ってくれた。その相手が無茶なことをしようとして、黙って見送るのも気が引けた。


「もう長すぎるほど待ったんだ。今更になってあいつらの到着なんて待ってられるか。それにこれはオレ様の問題だ。あいつらの手は借りねぇ」

「けど危険だ。返り討ちに遭う可能性が高い」

「ここまで来たお前が言うか。負けねぇよ、オレ様は」


 ユウは倒れた鬼人の体を探って牢屋の鍵が無いことが分かると先に進む。部屋の中にも無さそうなので僕も後に続いた。


 扉の先のすぐに牢屋があった。広めの通路の両側に鉄格子がはめ込まれた牢屋が並んでいる。その中には僕の体格よりも大きい、様々な種類のモンスターが入っている。どのモンスターも元気はないが、見たところ怪我はしていなさそうだった。

 すべての牢屋を覗いたが、その中にはウィストはいない。だが奥に地下に続く階段が見つかった。僕とユウはその階段を下りた。


 階段を下りると、一階と同じような構造の牢屋があった。中には一階のヒトが入っていて床に横たわっている。寝ているのか、それとも弱っているのか、僕達に気づく様子はなかった。しかし奥の右手側の牢屋だけ人の声があった。


 足早に奥へと進む。牢屋の中を覗くと、そこには床に寝転んでいるウィストの姿があった。

 ウィストの体に怪我は無く、憔悴している様子もない。五大満足で無事だったことに、心の底から安堵した。


「ねぇ、いい加減にしてよ」


 牢屋の中から声が聞こえる。ウィストの声だ。少し怒気を含んでいて、一瞬だけ驚いた。

 だけどその声が僕にじゃなく、目の前に向けられている。彼女は両手に一つずつ小石を持っていて、それらを動かしていた。


「あなたはいつもいつも仕事ばかり。朝早くから夜遅くまで。私あなたの彼女なのよ。少しは私のことを考えてよ」

「考えてるよ。けど仕方がないだろ。ずっと仕事が入ってたんだ。会えなくなるのは仕方がなかったんだ」

「あなた、仕事が終わった後どこかに行ってるらしいじゃない。店長から聞いたわよ。いつもどんだけ仕事させてるんだって聞いたら、いやいつも通りだって。何してるのよ」

「だから仕事だよ。別の店で働いてたんだ。お金が必要だったから」

「なによそれ。私よりもお金が大事だっていうの。信じられない。そんなにお金が好きならお金と付き合いなさいよ」

「違う。俺が好きなのはお前だ」

「昨日見たのよ。あなたが女性と一緒に歩いているところ。あれはどういうこと?」

「あれは妹だ。買い物で意見が必要だったから一緒に行っただけだ。信じてくれ」

「信じられない。もうイヤっ! あなたとは上手くいく気がしないわ。さようなら」

「待ってくれ。これを見てくれ」

「何よ……え、これって……」

「指輪だ。これが欲しかったから、ここ最近は忙しかったんだ」

「え……それってもしかして……」

「俺と、結婚しよう」


 しばらくするとウィストは小石を床に置き、両手で顔を覆って床に伏す。そして小さく「はずっ」と声が聞こえた。どうやら一人二役の小芝居は終わったようだ。ただその一部始終を見てしまったため声を掛けにくかった。


「なぁ、なんなんだそれ」


 ただし、ユウはそんなことお構いなしだった。ウィストは今になって気づいたのか、僕達の方を見て眼をカッと開いている。


「……え」

「なんか一人で石ころ動かしてたけど、なんだったんだ。しかも一人で声を変えて話してたな。そういう遊びか」

「え、ちょ、な、なんで」

「いつもそんなことしてんのか。はっきり言って気色わりぃぞ」

「い、いや、その。違くて……」

「違うのか。じゃあなんなんだ。教えろよ」

「う、うるさい!」


 ウィストの怒号が牢獄に響く。驚いたのか、一瞬ユウの体がビクッと震えた。


「な、なにをしてても私の勝手でしょ! 終わり! この話はもう終わり! わかった?!」

「お、おう……」


 ウィストの気圧されたのか、ユウは勢いに気圧されて同意した。納得していない表情だったが、話を続けさせないために僕も間に入り込む。


「無事でよかったよ。体、大丈夫」

「……さっきの、聞いてないよね」


 睨むような目つきで、ウィストが僕を見る。間を置かずに僕は頷いた。


「うん。聞いてないよ。もちろん」

「……そう。じゃあいいや。分かってると思うけど、ぶり返さないでよね」


 僕はさっきよりも深く頷く。ウィストは安心したかのように息を吐いた。


「私は大丈夫。怪我も無いし、ご飯も貰えてたからお腹も減ってない。他の人に比べたら全然元気」


 本人の口から聞けて再び安堵する。この調子ならばすぐに逃げれそうだ。後は鍵を見つけるだけ。


「分かった。じゃあすぐに鍵を探すから、あと少しだけ待ってて―――」


 地下にはまだ見ていない部屋がある。鍵があるとすればあとはそこだけだ。

 すぐに調べようと部屋の方に振り向く。そのとき、「おい」というどこかで聞いたことのある声がした。声は階段の方から聞こえていた。


 振り向いた先には、大きな鬼人が立っていた。


「また会ったな、人間」


 僕達を襲った鬼人の一人、ゼツだった。

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