16.鬼人族
鬼人族と呼ばれる者達がいる。モンスターでもあり、人でもあると言われる種族だ。
彼らは一見人間にしか見えないが、頭に二本の角を生やしていることから人とは異なる種族とされている。そして非常に高い知能を持つことから、一般的なモンスターと同類とは言いにくい種族でもある。つまり、モンスターと人間の間に位置する存在だ。
その鬼人族が、僕等の前に二人現れていた。
「ガキのくせに良い動きだな」
一人は大柄で凶悪な顔をしている。僕等を見て下で唇を舐めてじろじろと見ている。
もう一人の鬼人も同じように長身だがやや細い。顎を軽く上げて見下すような視線を向けている。まるで僕らを吟味しているかのような視線だ。
「さっきのリーグリーはあんた達のか?」
首輪のついたリーグリー。動きも実践慣れしていないことから、飼育下に置かれている可能性が考えられる。倒した直後に出てきたことから、この二人のものかと推測した。
「だったらなんだ。許さないってか?」
「ゼツ。無駄口を叩くな。お前は女の方を狙え」
「お、珍しいなギン。俺に女の方をやらせるのか」
「あぁ。こっちの方が早く終わらせられる」
ゼツと呼ばれた大柄の男がウィストを、ギンと呼ばれた細身の男が僕の方に視線を向ける。標的を見るような敵意のある目だ。
来る―――
「ウィスト!」
言うと同時にギンが僕に向かってくる。鋭い突きを盾で受ける。想定以上の力に思わず後退する。だがすぐさま距離を詰められ、連打を喰らう。盾で全部防いでいるが、早すぎる突きに徐々に反応が遅れ始める。受けているだけではだめだ。反撃しないと。
一歩後ろに退いて距離を取って剣を振るう。僅かに体を動かされて回避される。すぐに連続で剣を振るうが、どれもギリギリで避けられる。
何度か対人戦をしたことがある。その際に似たようなことをしたことはあるが、寸での距離で避けられたのはアリスさんとアルバさん、そしてヒランさんだけだ。このギンという鬼人は、アリスさん達と同じレベルなのか?
ならば正攻法では勝てない。剣を下から振り上げ、同時に砂も巻き上げる。ギンは砂を嫌って大きく後退する。狙い通りだ。
後退したところを狙って剣を投げつける。刃に触れないように器用に弾かれるが、その隙に杭撃砲の準備をする。相手がアリスさんレベルなら、殺す気で行かないと絶対に勝てない。
十分に接近したところで火杭を放つ。照準にズレは無い。急所に当たらずとも体のどこかに当たるはず。
その算段で放った火杭は、ギンに当たる手前で掴んで止められていた。
杭撃砲の弾速は速くはない。弓やピストルに比べると十分に目で追える速さだ。だが決して遅いわけではなく、近距離で放たれたら避けきれるものではない。予測して回避するならともかく、事前情報無しで火杭を掴むなんてありえない。
全く予想だにしていなかった事態に頭が真っ白になる。それはほんの一瞬で、すぐに気を取り戻して追撃を仕掛けようとした。だがその数巡を、この男の前で見せたのが最大の失敗だった。
剣を振るおうとした瞬間に距離を詰められる。盾で防ぐ間もなく腹に殴打を喰らい、動きを止められる。
「がっ―――」
口から息が吐き出る。直後に痛みが湧いて思考が一瞬止まる。すぐに立て直そうとするが、その隙を見逃してくれるわけがない。直後に、ギンの拳を顔で受けることになった。
脳が揺れる、体が浮く、痛みが全身を走る。気づいた時にはさっきまで居た場所から離れた所で倒れていて、ギンから見下される光景が見えた。
起き上がろうとするが腕に力が入らない。まるで大型モンスターの攻撃をくらったような一撃だ。鬼人族は人よりも筋力が強いと聞くが、これほどまでに差があるとは。
「ヴィック!」
僕を心配してウィストが叫ぶ。ウィストは何とか戦えてるが、余裕があるようには見えない。相手のゼツも、ギンに劣らず強敵のようだ。
「さて」
ギンが視線をウィストに向ける。何を考えてるのかすぐに察した。慌てて起き上がろうと踏ん張るが遅かった。
「っ……!」
ウィストはギンの攻撃を避けたが、避けた隙を狙われてゼツに距離を詰められる。ゼツはウィストの腕を掴んで動きを止めると膝蹴りを腹に喰らわせる。ウィストは口から何かを吐き出して苦しそうな呼吸を始めた。
「ウィストを放せ!」
動けなくなったウィストをギンが縄で縛りつける。その間、僕には一瞥もくれない。
「懲りないな。俺達との実力差が分からないか」
「そんなの知った事か!」
震える脚を動かして接近する。がら空きの背中に向かってナイフを突き刺すが、ギンは全く見ずに右手で僕の手を払いのける。そのまま払った手で僕の顔面を殴り上げた。
「がっ……」
顔をかち上げられて視線が空へ移動する。反撃しようと視線を戻すと、ウィストを縛り終えたギンがすでに振り向いている。
「愚か者が」
左手から放たれる正拳突き。どこかで見た構えだと思いながら、拳から死の気配を感じる。その拳は僕の剣と同じ、人を殺せる武器だ。受けるにも避けるにも、体勢が不十分な今ではどちらもできない。
ギンの拳が届く間際、強い風が吹いた。僕の体を動かすほどの風は、一瞬のうちにギンとの距離を離す。
「何でこんなところにいるんだか」
僕を担いだソランさんが呆れたように言った。
「ソランさん! なんでここに……」
「それは俺のセリフだ。ここは誰も挑戦しない森だって聞いたのに、何でよりにもよってお前らがいるんだよ」
ソランさんは視線をギン達に向ける。先ほどとは違い、ギン達の表情は険しい。流石にソランさんを警戒しているようだ。
「まさかあんたほどの人物がここに来るとはな。呑気に冒険してたのかな」
ギンの言葉にソランは反応しない。なぜか周りを見渡していて、その後に小さく舌打ちをする。
「用意周到な野郎だな。お前らの大将は余程お前らを信頼していないようだな」
「あ?」
「お前ら二人だけじゃなくこんなに大勢連れてきているのは、そういうことだろ」
何の話か分からなかったが、ギン達は嫌そうな顔をする。ギンが手を動かすと周囲から物音が聞こえる。すると周囲から十人近くの鬼人族が現れた。こんなにも隠れていたなんて……。
「ばれてしまってはしょうがない。ならば正々堂々と叩き潰すとしようか」
周囲の鬼人族が距離を詰めてくる。手強い相手だがソランさんなら何とかしてくれる。そんな期待を胸に抱いていた。
ソランさんの方から、溜め息のような吐息が聞こえた。
「悪いが、そんなのに付き合うほど暇じゃねぇんだよ」
遠くから新たな物音が聞こえた。どこかで聞いたような速さの足音。それを思い出したと同時にそいつは現れた。
赤と黒の縞模様の獅子族、ルベイガンだ。
「ほう。以前の少年ではないか」
しかも前に会ったのと同個体のようだ。
「こんなところで会うとは奇遇だな。して、ソランよ。どうするんだ。こいつらと戦うか?」
ルベイガンがソランを窺う。よく分からないが、ソランさんとこのルベイガンは協力関係にいるような。この二者ならばなんとかできるんじゃないか。
だがソランさんの出した答えは、僕の予想を裏切るものだった。
「退くぞ」
「え?」
ソランさんが僕を担ぎながらルベイガンの背中に乗る。するとすぐにルベイガンは走り出してその場から離れる。一瞬にして、鬼人族との距離が空いた。
「ソランさん、待ってください! あそこにはまだウィストがいるんです! 引き返してください!」
僕の声を無視し、ルベイガンは走り続ける。
「止まれ! ウィストを助けに行くんだ! 降ろせ!」
「そのまま進め。ダンジョンの出口までだ」
「ソランさん!」
「黙れ」
僕を見ないままソランさんが言う。
「足手纏いを連れたまま戦えるか」
その言葉に、僕は何も言えなくなった。




