3.偏見
「ようヴィック。久しぶりだな!」
夜に酒場で待っていると、僕達を見つけたベルクが声をかけてきた。最後に会ったときよりも体が大きくなっていて、少し髭が生えている。以前よりも大人っぽく感じた。
ベルクが拳を突き出してきて、僕も拳を合わせる。そのときに後ろに二人がついてきているのが見えた。
「元気そうでよかったわ、ラトナ」
ミラさんは見た目はあまり変わってないが、少し落ち着いているように見える。僕よりもラトナに先に声をかけるのは相変わらずだけど。
「二人とも無事に来れたんだね。この辺はモンスターが多いから、少し心配してたんだよ」
カイトさんはあまり変わっていない。見た目も雰囲気も以前と同じだ。
「うん。途中で戦ったけど無事だったよ」
「そうなんだ。けど怪我一つないってことは前よりも強くなったんだね」
「はいはい。立ちっぱなしで話さないでさっさと座ろ」
ウィストに促されて、六人用のテーブル席に座る。まもなくして店員が注文を取りに来たので、各々でメニューを頼む。そして店員が離れたところで、周囲の冒険者の何人かが僕達を見ていることに気づいた。ギルドで感じた視線と同種のものだった。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」
最初に頼んだ飲み物で乾杯した後、思い切って聞いてみた。「なんだ?」とベルクが反応する。
「なんかこっちに来てからずっと変な目で見られてる気がするんだけど、なんでだろう?」
「あ、それ。あたしも気になったなー」
ラトナも視線に気づいていたようだった。あの視線は気持ちの良いものではない。問題があるのなら、すぐにでも対処したかった。
「それってギルドに行った後からか」
「そうだけど……なんで分かるの?」
「そりゃ俺達も同じだったからな」
「私もだよ」
どうやら僕達だけじゃなく、ウィストとベルクも同じことが起こっていたようだ。
「みんなも? なんで?」
「俺達がマイルスから来た冒険者だからだよ」
「……それだけ?」
「それだけ」
予想外の答えに唖然とした。そんな理由であんなふうに見られるなんて、どういうことだ。
「聞いた話によると、マイルスの冒険者は軟弱だから見下されてんだってさ」
「軟弱ってどういうこと?」
「十年くらい前からだったかな、マイルスから来た冒険者のほとんどが、一年も経たずに死んだり引退することが多かったんだ。あのとき獅子族の襲撃にも手間取ってたのもあって、そういう話が広まったんだ。あと周りにあるダンジョンが比較的難易度が低いのもあって、まだその印象が消えてないらしいんだ」
「手厚く支援されていたのは間違い無いからね。他の街ってギルドからの支援があまりないんだって。ダンジョンの中は真っ暗で、資料もほとんどないらしい。そういう環境で育ってきた冒険者にすれば、俺達は恵まれてるんだろうね」
二人の話を聞くと、やはり今受けてる視線は侮蔑の類らしい。その原因は僕自身ではなく、過去の負の実績とマイルスの環境によるものだ。
つまるところ、僕自身の問題ではないということだ。
「ほんっとくだらない連中よね。自分の目じゃなくて偏見でしか私達を見れないのよ。気にしないで良いわよ」
「ありがとう、ミラさん」
「いちいち言わなくて良いわよ。それに最近はマシになってるから、少し経ったら終わるわ」
「そうそう。私の時なんか煽られたからさー。それに比べたら全然良くなったよ」
「……そんなことがあったんだ」
少し頭が熱くなる。言った奴をどうにかしてやりたいと思ったが、ウィストはもう気にしていないようだし、わざわざぶりかえすのも迷惑かもしれない。お酒を飲んで気持ちを落ち着かせた。
「ま、グーマンさんのおかげかな。グーマンさんは私以上にからかわれたんだけどさ、こっちに来てたった二年で上級冒険者になって見返したんだよね」
「すごいよねあの人。上級に上がるのには十年以上かかるのが普通なのに、その半分くらいでなったんだからさ。アリスさんの弟子なだけはあるよね」
「そういうことなら、お前らも期待されるだろな」
ベルクが僕とラトナに視線を向ける。いつの間にかビールを三杯飲んでおり、顔が赤くなっていた。
「お前らもグーマンと同じでアリスの弟子だろ。だったらすぐに上級に上がれるだろ」
「いや、そう簡単な話じゃないよ。グーマンさんよりも弟子歴短いしさ」
「けどあのアランにも指導を受けたんだろ。大陸最強の傭兵アラン・グランディア。あの人の下で育った傭兵は全員名を上げるって聞いたぜ。そのうえ、そのアランの天敵のアルバからもいろいろと教わったんだろ。時間が短いことなんか大したハンデじゃねぇだろ」
「……ベルク、酔ってない?」
ベルクは赤い顔で、「酔ってねぇよ」と説得力が全く無い回答をする。
「お前ならあっという間に上がれると思うぜ。そりゃもう、こんなところで騒ぐしか能のない馬鹿どもに比べたらよっぽど可能性はあるさ。自信を持て」
「ベルク、ちょっと落ち着いて」
「だが俺も負けるつもりはないぜ。お前よりも早く上級に上がってやる。そしたら故郷に帰ってよ―――」
「おい」
ベルクの後ろから男の声が聞こえた。そこにはベルクと同じくらいの体格の男がいて、ベルクの右肩に手をかけている。
「あぁ?」
「随分と調子に乗ってるじゃねぇか。マイルスの奴らがよ」
「そうだな」
周りに視線を向けると、何人かの冒険者が僕達を囲んでいる。皆殺気だった眼をしていて、とてもじゃないが友好的な雰囲気には思えない。
もちろん、そんな眼を向ける理由は容易に推測できた。
「大きな声で騒ぎやがって、よぉく聞こえたよ。俺らが馬鹿だって言葉がよ」
「酒の席だからって聞き逃すつもりはないよ。こういう場だからこそ本音が出るっていうからね」
「生意気なガキには、すこしお灸を添えないとな」
十人くらいの冒険者達に囲まれているが、失言をしたベルクに動揺はなく、むしろ呆れたかのような顔をしている。
「なぁにがお灸を添えるだ。ただ暴れる口実が欲しいだけだろ」
「そうね。ほんっとくだらない連中よ。自分達のことを棚に上げてさ」
ミラさんも追撃するかのように口を挟む。
「あんたら、前に私達が依頼に失敗したときに笑ってたでしょ。覚えてるんだからね。『さすがマイルスの冒険者だな』だっけ。こいつらのこともさっきまで見下してたくせに、よくそんなこと言えるわね」
「そんなこといちいち覚えてるのか。意外と小さい女だな」
「仲間を馬鹿にされてへらへらと笑う奴よりもマシよ。あといつまでも上級に上がれないのを周りのせいにする奴よりもね。誰のことか分かる? あんたのことよ」
「おいクソアマ。謝るなら今のうちだぞ」
「謝る? そんな気は天地がひっくり返っても起きないわ。私の仲間達を侮辱したんだもの。むしろあなた達が頭を地につけて謝りなさい」
「ふざけ―――」
「っと」
男が拳を振り上げた瞬間、ベルクが振り向きながら顔面を殴りつけた。体格は同じだが、不意打ちだったこともあり、男は受身もできずに倒れこんだ。
「早いわよ。これじゃあ正当防衛が通じないわよ」
「女が殴られるのを黙って見てる男がいるかよ」
ミラさんが嬉しそうに口角を上げると同時に、カイトさんがやれやれと言いたそうに肩を竦める。
「まったく。みんなで集まってもイチャつかれるなんてね。ちょっとは俺の心労がわかってくれたかな、ヴィック」
「あ、うん」
呑気な言葉に気が抜けそうになったが、依然と変わらず周囲からの殺気が痛い。それどころかさっきよりも強くなっている気がする。
「さてヴィック。この状況で君は俺達に守ってもらうつもりかな」
「それは……」
後ろから人が動く気配が感じる。振り向きながら左に避けると、男が殴りかかってきていた。空振って前のめりになったところに足払いをし、地面に手をつけて無防備になった背中に倒れ込みながら肘を打ち込んだ。
「流石にできないかな」
「言うと思ったよ」
言いながら、カイトさんは向かってくる男二人の攻撃を受ける。二人同時の攻撃だったが、カイトさんは片手ずつで防御する。直後に腕を回して相手の手を絡めとると、体勢が崩れたところに順番に正拳突きを食らわせた。当たった場所が悪かったのか、男達は息苦しそうに倒れ込んだ。
「おー、やれやれー!」
「おいおい、女連れに負けんなよ!」
「ちっこいくせにやるじゃねぇか」
「いっけー、ベルク!」
周囲の客達が僕達から離れたところで楽しそうに騒ぎ立てる。いつの間にかミラさん達もそっちに移動していた。安心したが、どこか釈然としない。
とはいえそっちに気を回してる余裕はない。対人戦の経験は積んだが、相手は屈強な冒険者。さらには人数はこちらが不利。対人戦に強いベルクとカイトさんがいるとはいえ、このまま続くと僕達の方が先に落ちる。
退き時を考えていると、横から少年の声が聞こえた。
「あの、喧嘩は止めてください」
少年の体や顔には小さな傷がいくつか見えるが、服装から従業員であることがうかがえる。少年の制止の声に男が気づくが、イラついた目で睨み付ける。
「うるせぇ! じゃまだ!」
男が少年を振り払おうとする。手が少年に当たる寸前、僕はその腕を止める。
「その子は無関係でしょ。何やろうとしてるんですか」
「あぁ? 外地のガキがどうなろうとどうでもいいだろ!」
男はまた少年に眼を向ける。それは僕達に向けてたのと同種の侮蔑の眼だ。
「こいつらはな、街から見捨てられたカスのガキなんだよ。そんなのが一人や二人いなくなってもどうってことねぇんだよ」
急に頭に血が上った。手に力が入ると、男が苦痛で顔を歪める。
「いっ……、てめぇ……」
「ふざけるな」
見ず知らずの少年だが、不当な差別を受けることに怒りが湧く。昔の僕と同じような目に合っていると知って、何も感じないわけがない。その怒りが先ほどよりも強く力になって現れた。
「はなせ!」
男の拳を避けると、カウンターのように殴り返す。よろめいた男に追撃するように蹴り飛ばす。男はギャラリーのところにまで転がった。
「来なよ。元底辺の力を見せてあげるよ」
「上等だ!」
男がすぐに立ち上がると、僕も迎撃しようと待ち構える。
そのときだった。
「お前ら、大人しくしろ!」
入り口から大音声が響く。入り口付近には、男女を含めた大人数の冒険者がいる。彼らは皆他の冒険者よりも高そうな装備を身につけていた。
「やべ、ナイトだ!」
「逃げろ!」
男達が一斉に裏口に向かっていき、入ってきた冒険者達の数人が彼らを追う。一方の僕らはその場に居残り続けていた。
「ナイトってなに?」
状況を把握しようと尋ねると、ベルクが口周りを袖で拭ってから答えた。唇から少し血が出ていた。
「この街の警備をしてる奴らで、マイルスの自警団みたいなもんだ。運営してるのはギルドじゃないけどな」
「正式名称は『英雄の騎士』。構成員のほとんどが、『英雄の道』っていうクランの冒険者だ。そこの冒険者は腕利きで、何人もの上級冒険者を排出してる有名な組織だ。眼をつけられたらいろいろと面倒だよ。ちなみにクランは、大勢の冒険者達の集まりのことね」
「……なんかいろいろと面倒くさそうだね」
愚痴っていると、残っていたナイトの面々が僕らに近づいてくる。彼らの自信に溢れた表情から、確かに腕利きであることを感じさせられた。
「あんたらも暴れてたよね」
茶色の短髪で、ベルク並の体格の女性から話しかけられる。どこか威圧的な雰囲気を感じた。
「えっと、まぁ、いちお―――」
「いや、オレ達はただの被害者だ」
ベルクが僕の言葉を遮って答える。
「あいつらが喧嘩を売ってきて、否応なしに対応しただけだ。オレ達からふっかけたわけじゃないぜ」
「そうなのよ。いきなりあの人達が絡んできて……怖かったよー」
ミラさんも加わって被害者のように振舞う。二人ともなかなか図太くなっていた。
だが女性は二人の言葉に惑わされずに淡々と尋ねる。
「通報によると、大柄の男と連れの髪の長い女が挑発して、さきに男の方が殴って喧嘩が始まったと聞いるよ。逃げた奴らの中に女はいなかったから、必然的にお前が該当するんだが」
優秀と言われるだけあって、女性の目は優れていた。ベルクとミラさんが揃って表情を顰める。
「どちらにせよあんたらも騒ぎに加わってたんだ。大人しくついてきて事情を聞かせてもらうよ。分かってるだろうが、逃げようと思うなよ」
「それはちょっと勘弁してくれねぇか」
「なんで?」
ベルクは僕に視線を向けた。
「こいつ、今日この街に来たばかりなんだ。来て初日にあんたらの面倒になるなんて可哀想だろ。こいつだけは見逃してくれねぇか。元々きっかけはオレらなんだから」
僕とラトナを庇うようにベルクが言う。その心遣いは嬉しいがタイミングが悪い。誤魔化そうとした直後に言っても印象は悪いままで、許されるとは考えづらい。
案の定、女性は「ダメだな」と却下する。
「新参も古参も関係ないね。問題を起こした奴は全員捕まえる。それが決まりだ」
「そこをなんとか」
「ダメだ。良いから大人しく―――」
「ルカ」
女性がウィストの方を向く。ルカと呼ばれた女性はウィストを見つけると眼をギョッとさせた。
「お願い。この人、私の大事な相棒なの。今回だけで良いから見逃してくれないかな」
「は? お前の相棒? こいつが?」
ルカさんが僕に視線を向ける。ルカの態度の変化に驚いたがすぐに頷いた。
「はい。ヴィック・ライザーって言います。ウィストの冒険仲間です」
「マジか……」
信じられないようなものを見る眼を向けられる。驚きすぎじゃないか。
「一緒に冒険するのを楽しみにしててやっと来てくれたの。明日にでも冒険に行きたいけど、連れてられちゃったらすぐに行けなくなっちゃうでしょ。ここの修理代も全部払うから許してくれないかな」
「いや、修理代は僕も出すよ。喧嘩しちゃったのは僕だし」
「これくらい出させて。ヴィックと冒険に行けるのなら安いものだよ」
僕の申し出がすぐにウィストに断れられる。以前よりもどこか強引に感じる。それほど一緒に冒険したかったのか。
だがそれでもルカさんが承諾するか。仮にも街の治安を守る組織だ。そう易々と応じてくれるだろうか。
「……通報主はここの店長だ。それで店主が納得したら自由にしなよ」
「ほんとにっ! ありがとっ、ルカ! 早速話してくるね」
ウィストは満面の笑みを見せてから、店主がいる店の奥に向かう。予想外の対応に驚きつつも、僕も胸を撫で下ろした。
「ありがとうございます。えっと、ルカさんですよね」
「お前、ウィストの同期なんだろ。だったら呼び捨てでいい」
「分かった。けど同期ってなんで分かったの?」
「前にあいつから聞いた。同期の冒険者がここに来るのを待ってるってな。あいつの相棒ならそういうことだろ」
「二人は知り合いなんだ」
「同じ部屋に住んでた仲だ。あたしはもう部屋は出てるけどな」
「五年以上前にここに来たんだ。じゃあ僕よりも冒険者歴が長いんだね」
「いや、同じだ。あたしは五年経つ前に寮から出た」
「なんで? 寮の方が安く済むんじゃないの」
「……どうでもいいだろ。それよりも」
ルカが僕に視線を向ける。
「あいつと一緒に冒険に行くんだろ。せいぜい頑張れよ」
その眼から、なぜか憐憫の念を感じ取った。




