23.やる気
僕が指示されたのは、とある要人が滞在する施設の警備だった。そのために与えられた人員は僕だけで、あまり重要度が低い仕事だと察した。だけど任されたからには頑張ろうと思い、まだ日が沈んでいない時間帯に指示された場所に出向いた。
着いたところは貴族街にある広い庭付きの屋敷で、庭には警備用のモンスターとして飼われているドグラフが十匹ほど放たれていた。
男の使用人に案内されている間、ドグラフ達はずっと僕を睨んでいる。なるほど、これほどの警備がいるから僕一人だけ派遣されたんだな。
屋敷内の警備を任された僕は、外にドグラフが居るので少し安心しつつ、だけど緊張感は忘れずに警備に務める。何のためにここに警備を用意したのかは分からないが任務を全うしよう。その想いを胸に秘めて任務を続けようと思った。
しかしこの任務が検挙の次に重要な任務だと気がついたのは、要人が屋敷に戻って来たときだった。
「ほう、もう来ていたのか。感心だな」
「ただいま、ヴィック君。何か異常はあったかな」
「無いことを期待したいね」
「全くだ。もう移動は勘弁だ」
屋敷の前に停まった馬車から出てきたのは、アルバさん、ノーレインさん、ネグラットさん。そして新たに傭兵ギルドの局長に立候補したネルックさんだった。
「えっと、どうしてここに?」
「驚くのも無理はないね。説明するよ。けどその前に……」
アルバさんは案内をしてくれた使用人に声を掛ける。二言三言話をした後、使用人は荷物をまとめて屋敷を出て行った。
「これで、この屋敷にいるのは僕達だけだ。一般人を巻き込む危険性は無くなったね」
「巻き込むって……」
「あいつらからの襲撃だよ」
アルバさんの話によると、ここは敵からの襲撃に備えるための拠点だそうだ。
相手の狙いは立候補したネルックさん。選挙が終わるまでにネルックさんを襲う可能性があるため警護が必要である。そのために、敵を迎え撃つための拠点をいくつか用意した。この屋敷もその一つだった。
「他にもいくつかあったんだけど、近くに敵がうろついていた。けどこの付近には見当たらなかったから、ここで守ることにしたのさ」
敵に位置がばれないよう、馬車に乗りながら仲間からの情報を得て避難場所を決めていた。そして一番良かったのが、僕が担当する屋敷だったということだ。
「貴族街だから風貌の怪しい奴らは近づきづらい。そのうえ庭には番犬代わりのドグラフがいる。居場所がばれたとしても、あいつらじゃ屋敷に来るまでにお陀仏さ」
ドグラフの脅威はよく知っている。集団だと大型のモンスターすら狩ることができる力を持っている。お世辞にも、街で不良をやっている奴らが勝てるとは思えなかった。
「だから注意すべき敵は一人だけだ」
アルバさんの言葉にある人物を思い浮かべる。間違いなく、皆も同じ人物を思い浮かべただろう。
それとほぼ同時に屋敷の入り口から轟音が響いた。硬い物でも壊れたんじゃないかと思うほどで、反射的に窓から外を見る。
入り口には、たった今想像した人物である大陸最強の傭兵アラン・グランディアの姿があった。
「そこにいるのは分かってるぞ! アルバ! あとネルック!」
アランさんが大声で僕らに呼び掛ける。アランさんは全身を甲冑で固め、右手には大きな盾を、左手には大きな剣を持っている。その周囲には仲間らしき連中が十人ほどいて、彼らも武装していた。
突然の侵入者を警備をしていたドグラフ達は取り囲む。だがアランさんはさして気にすることもなくまた呼びかける。
「今からそっちに行くぞ! 準備しておけ!」
するとアランさんが大盾を前に出しながらドグラフの群れに突進する。その速度は甲冑を着こんでる者とは思えないほどで、軽装の僕よりも速そうに見えた。その速度のまま盾を突き出してドグラフを吹き飛ばすと、襲い掛かって来たドグラフ達に向かって大剣を振り回す。一見乱暴な太刀筋に見えたがその狙いは正確で、切っ先はしっかりとドグラフの体を捉えており、一撃で致命傷を与えていた。
「相変わらずだな。あの人は」
その戦いぶりを見ていたアルバさんが呑気に感心する。
「なぁに悠長にしてるんだ。あの調子ならすぐ来るぞ」
「そうだな。あのおっさんはやべぇ。周りの奴らも面倒だ。全員で迎え撃つぞ」
「それなんだけどね」
アルバさんが僕の肩に手を置く。
「アランは僕とヴィック君で相手をするよ。残りの奴らは二人でがんばって」
「は?」
「なに言ってんだ」
ノーレインさんとネグラッドさんが疑問を口にする。
「彼の相手は僕一人で十分だ。けど邪魔はされたくないからさ。そいつらの相手をしててよ」
「だったらヴィックはいらないだろ。こっちによこせ」
「あれ、二人じゃ無理なの? へぇ……」
アルバさんがフッと見下したかのような眼を二人に向ける。
「二人ともビビってるんだね。あんな奴らに」
「……は?」
「なに言ってんだ」
同じ言葉なのに、声に込められた想いは違っていた。
「そうなんでしょ? 僕なら一人で勝てる程度の相手だよ。だけど勝てる自信がない。だから反対するんでしょ。そういうことなら手を貸してもいいよ」
「ふっざけんじゃねぇぞ!」
「じょうっとうだコラーーー!」
アルバさんの挑発に、分かりやすいくらい乗る二人だった。扱いやすすぎる……。
「アルバ! てめぇがアランを引き付けろ! やり方は任せる!」
「雑魚は俺らに任せろ! その代わりに負けたら笑ってやるからな!」
「あぁいいとも。まぁ、僕が負けることは無いけどね」
そう言ってアルバさんが窓に近づく。窓の外ではアランさんがドグラフ相手に無双し、殲滅させていた。
「そこにいたか!」
アルバさんに気づいたアランさんが叫ぶ。見たところ、全く疲労や怪我は無さそうだ。
「僕はここだ。早く来て勝負しよう。それとも、仲間と一緒じゃなきゃ怖いかな?」
「誰に言ってる。儂は最強の傭兵じゃぞ」
アランさんが屋敷に向かって走り出す。甲冑が揺れるたびにガシャンガシャンと音が鳴り、段々と音が大きくなってくる。その音が威圧感をさらに増していた。
だがその速さゆえに、仲間を置いてけぼりにして孤立していた。
「よし、これで分断できる。アランをここまで誘導したら、二人は後から来た奴らを止めといて」
「止める? 倒せの間違いだろ」
間もなくして扉を開ける大音が聞こえた。そしてドスドスと大きな足音が響き始め、徐々に大きくなってくる。
「あの、何で僕がアルバさんと一緒なんですか?」
「そりゃ決まってるよ」
アルバさんが爽やかな笑みを見せる。
「観客がいないと、僕のやる気が出ないからだよ」




