15.冒険者ギルドの問題点
冒険者ギルドに二階には、多人数で会議ができる部屋がいくつもあった。普段はギルド職員達が使っている場所だが、今回のような事例では冒険者が使用することもある。
四角く囲むように並べられたテーブルの外側に椅子が備えらえている。アリスさんは出入り口側に近くで、窓側の席に座っている。僕はその隣に座った。
「では、ドグラフ襲撃事件の対策についての会議を始めます」
黒板の真ん前に座り、議長の役目を担っているヒランさんが発言する。
他の出席者は、右回りに警備隊の分隊長二名、ギルド職員の主任であるリーナさん、特急冒険者のソランさんだ。局長のネルックさんが座るはずの廊下側で出入り口に近い席は空席だった。他の用事があるため遅れるらしい。
「騒動の発覚は、今朝マイルスに東門から出発した行商人からの報告です。街道を進んでいたところ、遠くにドグラフの群れがいることに気付き、慌てて引き返してきたことから発覚しました。その後は速やかにアリス達を先行させ、他の冒険者を手配しました。これにより被害は最小限に抑えました」
「まぁな。感謝しろよ」
「次に、騒動の原因調査についての報告です」
アリスさんの言葉を無視し、ヒランさんは話を進める。
「わたくしを含めた調査隊でレーゲンダンジョンとその付近を調べたところ、ダンジョンの中ではモンスター同士が争った痕跡はありませんでした。また百頭以上のドグラフが移動した痕跡と、通常とは別の出入り口を発見しました。ダンジョンから離れた場所でいくつかの群れを発見しましたが、どの群れもダンジョンに戻る様子はありませんでした」
「一頭も戻ってないのか?」
ソランさんが質問すると、ヒランさんが「はい」と答えた。
「おそらく、今現在もダンジョン付近の森に隠れていると考えられます」
「なるほど……最悪な展開だな」
アリスさんと同じように、ソランさんも同じ感想を述べる。
「最悪な展開ってどういうことですか?」
状況を理解できない僕が尋ねると、ソランさんが「戦だよ」と答えた。
「戦?」
「あぁ。ドグラフは俺らに戦いを挑んでる。これはそういう展開なんだよ」
生まれてこの方、争いとか戦という大事に関わったことはない。普段のモンスターとの戦いも、戦というほどじゃなく戦闘や狩りというものだ。だから戦と言われても、いまいちピンとこなかった。
「ソラン。ヴィックはあまり分かっていないようだよ」
「説明が下手だからな。仕方がない」
警備隊の分隊長の二人が口を開く。一人は赤色の髪で、もう一人は青色の髪。
赤色の髪の男性はノーレイン・ザックさんで、よくふざけたりして周りを賑やかす調子のいい人だ。身長は僕より頭半分くらい高く、少し体が大きい。爽やかな好青年を絵にしたような容姿で、喋るたびに表情が忙しく変えている。
青髪の男性はネグラッド・ルオンさん。やや口調が辛辣で、相方のノーレインさんの行き過ぎた言動を抑えたり、時には乗っかったりする捉えどころのない人である。体格はノーレインさんより気持ち小さめで、賢そうな顔立ちをしている。
二人はアリスさん率いる警備隊の分隊長であり、半年ほど前のフェイル達が馬車隊を襲った時に、馬車隊の護衛としてついていた人達だった。
「それ以外になんて言うんだ。簡潔で分かりやすい説明だろ」
「簡潔すぎるんだよ。それじゃあ知らない人は全く分からないよ」
「そうだな。なんだそれで通じるのかと思ったのが不思議なくらいだ」
「だったらお前らが説明しろ」
ソランさんの指示に、「もちろん」と二人が同時に答えた。
「ではではヴィックよ」
「ここから先は俺達が説明しよう」
二人の勢いに戸惑って、つい「はい」と返事をしていた。
「基本、ダンジョンを住処にするモンスターは外には出ない。それはダンジョンの中が安全だからだ。味方がいるし、自分達に慣れた地形だ。少々の外敵は自分達で対処できるからだ」
「出るとしても食料を得るためか、強力な外敵から逃げる時だ。どちらの場合でもその時に生じた痕跡や兆候が見られるのだが、今回は少々俺達が知っているそれとは少しずれている」
「前者だと狩りに出る数が多すぎるし、後者だとダンジョンの中でモンスター同士が争った形跡が見つからない。これから分かることは、その二つ以外に原因があるってことだ」
「じゃあそれは一体何なのか、と言いたいところだが、実は今回と似た事例が過去にあった」
「六年前、獅子族襲撃事件によるモンスターとの戦争のときだ」
今から六年ほど前、危険指定モンスターである獅子族が大勢のモンスターを引き連れて、王都マイルスを襲撃した。ソランさんの活躍により戦争は終わったが、大勢の冒険者・傭兵・兵士達が被害に遭い、死者も出たという話だ。
「俺達に知られている住処から出て、組織だった動きで人々を襲う。この動きは当時のモンスター達の行動と酷似している。普通のモンスターならばこんなことはできないのだが、優れたボスか知能の高いモンスターなら可能な動きだ」
「ボスが居るかはともかく、後者は当たってる。ドグラフは頭が良いからね。ソランが戦だって言ったのはこのことさ」
「結論としては、奴らは意図的に俺達を襲い、今後も襲ってくるってことだ。だからその対策のために、俺達が集まったってことだ」
ノーレインさんとネグラッドさんの説明で、現状を理解できた。二人の話を聞いて、やっと危機感が明確に芽生えていた。
ただ一つ、気になる点があった。
「じゃあ、ドグラフが戦を仕掛けてきた理由って何なんですか?」
「さっきオレが言っただろ。昨日の調査だって」
僕の質問にアリスさんが答えた。
「けど、今までだって調査はしてきました。なのに今回に限ってこうなるだなんて、おかしいじゃないですか」
「昨日はちょっとやりすぎたんだよ」
「そのようですね」
アリスさんに同意するように、ヒランさんが淡々と答える。
「報告によりますと、昨日の調査の際に倒したドグラフの数は、今までの調査の倍以上の数値です。しかも七階層は過去の大規模調査の中では最も最深地の階層です。断言はできませんが、深刻な被害にドグラフ達は危機感を覚え、その報復もしくは反抗の意志を示すために騒動を起こしたのだと考えます」
「それって―――」
思わず立ち上がって発言しようとした瞬間、「おい」とソランさんが遮った。
「お前達の調査は必要なものだった。あれでレーゲンダンジョンの事をいろいろ知れて、俺達にとってプラスになる情報になったんだ。だからそっから先の事は言うな」
言おうとした言葉を見透かされていたようだった。
ソランさんの目を見て、その言葉は気休めではなく、本当の事を言っているように思えた。お陰で、湧き出ようとしていた怒りが体の中に留まったままだった。
「ほー、庇ってくれるのか。優しいじゃないか」
「事実を言っただけだ。実際、あの報告は今後の役に立つからな」
「そりゃよかったよ。ほら、お前も座れ」
アリスさんに促され、僕は大人しく席に座る。
僕が座ったところで、「さて」とヒランさんが話を続けた。
「ドグラフが住処に戻らない以上、今後も一般人を襲うことが考えられます。それを未然に防ぐためにも、討伐隊を組んでドグラフを退治することを提案します。いかがでしょうか?」
「異議なーし」
ヒランさんは皆を一瞥し、反対が無いことを確認する。
「ではさっそく討伐隊の参加メンバーを決めます。ここに居る冒険者に警備隊を含めた人員で隊を組み、ダンジョン付近の森を調査します。いかがでしょうか?」
「異議ありー」
またもやヒランさんが皆を見渡して、話を進めようとする。
「それでは討伐隊員の振り分けですが……」
「待て待て待て」
アリスさんが慌てて話を止めさせる。
「異議ありって言ってんだろ! 無視すんじゃねぇ!」
「却下です。その異議は認めません」
「聞いてから言え!」
「言いたいことは分かってます。しかしどうすることもできません」
「検討くらいしやがれ!」
「無理です」
アリスさんは抗議するが、ヒランさんは議論する気すらない様子である。
そして、異論があるのはアリスさんでは無さそうだった。
「あのー、さすがにその人員だけでは不安があるんだけどー」
ノーレインさんも異議を唱え、「同感だ」とネグラッドさんも同意した。
「警備隊の隊員は三十人。だが全員が動けるわけではない。非番の連中や、街の警備を担当する奴らのことを考えないといけない。動かせる人間には限りがあるし、その中でもモンスターとの戦闘に不慣れな奴は連れていきたくはない。それらを考慮したら、動員できるのは十人前後だ」
「流石に十人で百頭以上のドグラフを相手にするのはきっついよなー」
不満を述べる二人に、ヒランさんが「いえ」と返す。
「すべてのドグラフを倒す必要はありません。元の住処に返すことができればいいんです。ドグラフは賢いモンスターですから、半数ほど討伐すれば勝ち目がないと判断して住処に戻るでしょう」
「それでも五十だ。ソランやヒランが参加したとしても、森の中でそんだけの数を相手にするのは厳しい。人数を増やせないか?」
「それはちょっと無理かなー」
ネグラッドさんの提案に、リーナさんは否定的だった。
「冒険者や傭兵に依頼したら報酬金が必要になっちゃうでしょ。今予算的に厳しいから出せないんだよねー」
ここにいる冒険者は、ギルドに雇われている人達である。彼らは通常の依頼とは異なった仕事をする代わりに、一月ごとに給金を受け取って、安定した生活を送っている。
たいして一般の冒険者は、依頼の報酬金や狩猟物の成果を買い取ってもらわない限り稼ぐことはできない。だから彼らに協力してもらおうとなると、依頼として提示し、報酬金を用意する必要がある。
「おいおい。まだそんな運営してんのかよ。無駄遣いしてんじゃねぇのか」
「それはありえません。わたくしがしっかりと管理していますし、なにより局長の下でそのようなことをする人はいません」
冒険者ギルドの局長であるネルックさんは、お金に厳しいことで有名である。壊れそうな備品も壊れるまで使い、無駄なものは徹底的に無くそうとする人である。やや高圧的な態度に不満を抱く者が多いが、ネルックさん自らが実践していることで皆何も言えない。なんせあの広くて豪華な調度品が多かった局長室を職員の仕事部屋に変え、元物置部屋を局長室に変えたほどだからだ。ちなみに調度品は全部売り払っている。
それでもまだ予算に余裕が無いのは、先代の局長の無駄遣いが酷かったからという話だ。ここまでしてもまだ運営に厳しいなんて、前局長はどれほど浪費していたのだろう……。
「ということで申し訳ありませんが、先程のメンバーで討伐隊を結成してもらいます。必要なら当日の警備隊から人員を補充しても構いませんので」
「それだと街の警備に問題が出るだろ。警備隊が国から認められてんのは実績を上げ続けているからだ。一回でもミスがあればそこを突いて来るぞ」
「ですが、これ以上良い案はありません。賭けになりますが、問題が起こらないことを祈るしかありません」
「甘めぇな、ヒラン。むしろそういうときにこそ攻められるんだぜ。オレなら絶対にそうする」
「だがそれ以外に手はない。危険は多いがやるしかないだろ」
「つってもよぉ……」
「はい、はい! ちょっといいですかー?」
アリスさん達が話している中に、ラトナが手をあげる。皆の視線がラトナに集まった。
「これってあたし達だけの問題じゃなくて、マイルスの問題ですよね。冒険者だけでなく商人の仕事にも影響があるんですから。だったら上の人からお金を持って来れないんですか?」
「……国家からですか?」
「うん。ギルドより上の人……役人とか貴族とか、そういう人にお願いして予算を貰うとか兵士を借りるとかできたらいいんじゃないかなーって」
ラトナの案に、僕は感心していた。
確かに今回の騒動は、僕達だけじゃなく、マイルスと他の町を行き来する人達の問題である。これほど規模の大きい問題ならば、国から何らかの支援が得られるはずだ。
ラトナは僕の考えが及ばなかった提案を出した。この働きに嫉妬心を抱いたものの、それ以上に誇らしい気持ちになった。
「確かにいい案だ。金が貰えりゃ優秀な冒険者が雇えるし、兵士を借りれたら人手不足は解消する。どっちにせよ、オレ達に不利益はもたらさない」
「ね。良い案ですよね」
「オレ達の想定通りのものが用意されたらな」
アリスさんは浮かない顔をしていた。
「たしかに申請すれば金は用意してくれる。だが奴らがそれを確約してくれるまでに時間がかかる。下手したらそれを見越して人を集めて解決した後、やっぱり無理と断られることもある。そうなれば赤字拡大だ」
「じゃあ兵士を借りたら……」
「兵士共は使えない。あいつらろくに鍛錬してねぇからな。末端の兵士に至っては下級冒険者よりも使えねぇ。そいつらを借りても足手纏いになるだけだ」
「えー……」
救いのない支援に、ラトナが落胆する。
「えっと、じゃあ貴族に頼むのはどうですか? 手当たり次第に頼んだら一人くらいは……」
ラトナの案を引き継いで提案したが、「それも無理だ」と却下された。
「そんな時間は無い。あっても貴族共は役人以上に信頼できない。約束しても、とぼけられて破棄されるのが目に見える」
つまり、最初のヒランさんの案しかないようなものだった。折角の提案だったが、残念ながら不採用となった。
「あーあ。まーた面倒な仕事になるのかねぇ」
アリスさんは大きな溜め息をついて悲観する。ノーレインさんとネグラッドさんも、諦めに似た表情を作っていた。僕とラトナも、過酷になりそうな仕事に今から気が滅入っていた。
そのとき、会議室のドアが開いた。
「会議は進んでるか?」
局長のネルックさんだった。用事を終えてきたらしい。
ネルックさんは会議室を一瞥する。
「浮かない顔をしている者ばかりだな。何か問題でもあったのか」
「はい。いつもの予算関連の問題です」
ヒランさんが説明すると、「なるほど」とネルックさんが頷く。
「それについてだが、心配する必要はない。今回の騒動の鎮圧にあたり、支援者が付くことになった。彼が必要な資金を用意してくれるとのことだ」
ネルックさんの発言に、一同の目が変わる。
「本当か、それ。あとで反故にされないだろうな」
「問題ない。むしろ先払いでも良いと言っている。条件付きだが、それも難題ではない」
ピリピリしていた会議室の空気が、ネルックさんの発言で弛緩した。これなら一部の冒険者に過大な負担は掛からない。
楽観的になった一同に、ネルックさんが言葉を付け加えた。
「その支援者が、ここに来て皆に挨拶をしたいと言っている。外で待たせているのだが、入れてかまわないな?」
「もちろんです」
代表してヒランさんが答えると、ネルックさんが会議室の外に出て支援者を呼んだ。
どんな人が支援してくれたのだろう。きっと正義感に溢れた善人であると期待し、出入り口に注目する。
そこから現れたのは、できればもう会いたくないと思っていた人だった。
「私が支援者のナイル・スティッグだ」




