表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
第一章 弟子入り冒険者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/176

10.戦闘の見本

 ダンジョンにはそれぞれ特徴がある。生息するモンスターの種類や、ダンジョンの構造や気候等、千差万別の違いがあった。

 そしてレーゲン中級ダンジョンの特徴の一つが、ドグラフやワーウルフといった犬狼種と呼ばれるモンスターが多く生息していることだ。


 犬狼種のどのモンスターも、顔が縦長で口が大きく、嗅覚が優れている共通点がある。匂いを嗅いで敵の位置を探るため、逃げ隠れしても意味がない。だから接敵したら倒さないと、後で追いかけられる羽目になる。そのために、遭遇したモンスターといちいち戦闘することになっていた。

 目の前にいるモンスター達も倒さないと後々厄介になる。僕とラトナはそれを理解し、戦っていた。


 敵はワーウルフ一体とドグラフ四匹。襲い掛かってきた奴らをアリスさんが迎撃してくれたお陰で、ドグラフの数は半分に減っている。そこから僕とラトナに交代したのだが、アリスさんのようにはいかなかった。

 僕が前衛に立ち、ラトナが後衛からサポートするのと同じように、敵はワーウルフが前に出て、ドグラフ達が援護している。そのため、僕がワーウルフを相手取る形になっていた。


 ワーウルフとは以前やり合ったことがある。フェイルの罠にかかり、ラトナが瀕死になってしまった時のことだ。

 あの時はワーウルフだけじゃなく、ドグラフも倒せた。だけど無我夢中で動いたため、どうやって勝てたか覚えていない。むしろ本当に倒せたのかと自分を疑うほどに、ワーウルフは手強かった。


 ワーウルフは鋭い爪を使った連続攻撃が得意だ。両手から繰り出されるそれに盾で受けて、隙あらば反撃しようと試みる。しかし、あまりの素早さに反撃する暇がない。受け流しを試みてもすぐに次の攻撃が来るため、反撃するより先に次の防御をするしかない。

 それでも無理矢理反撃しても、ワーウルフに攻撃は届かない。敵の方がリーチがあるため踏み込む必要があるのだが、その時間がワーウルフに有利に働いている。

 僕が踏み込むと同時にワーウルフは回避準備をはじめ、反撃時には万全の状態で待ち構えられる。そのため僕の攻撃は余裕をもって回避されてしまうのだ。


 戦闘の主導権は、明らかに敵が握っていた。

 僕からの攻撃は届かない。ラトナのボウガンなら命中するだろうが、彼女は今ボウガンでドグラフ達を牽制している。矢を放てば再装填の間にドグラフ達に襲われるため、ラトナからの攻撃は期待できない。

 つまり、僕達から仕掛けることは不可能だった。できることと言えば、相手の攻撃に耐え、ミスしたところを攻めることだけだった。


 ただ、何もできず、待つしかできない現状に、苛立ちが増した。

 こんな戦法は下の下の策だ。相手のミス頼みだなんて、虫が良いにもほどがある。冷静な頭を持っている敵なら、この現状を理解し、維持し続けることに力を注ぐ。そしてワーウルフは、それを実行する知能がある。つまり、万が一にもチャンスが無いのだ。


 それでも以前の僕なら、そのチャンスを待った。というより、待つしかなかった。何の強みのない僕が出来るのはそれくらいで、幸運にも今までの敵は知能がそれほど高くないから生き延びれた。

 だがここは違う。知能の高いモンスターばかりで、以前の僕のままでは倒せない敵ばかりだ。

 おそらく他のダンジョンでも同じようなモンスターがいるはずだ。だからそいつらを倒すためには、僕自身が変化し、強くなる必要がある。


 だけど、アリスさんの下で修行を受けているのに、やっていることは今までの延長線上でしかない。ラトナのサポートがあるのに何もできない。これじゃあ前と同じじゃないか。

 強くなるために、ウィストに追いつくために、何が必要なんだ。


―――簡単じゃない。あんなの。


 ミラさんは何で戦ってもないのに、ドグラフに勝てると言えたんだ。


「ヴィッキー!」


 ラトナの声で、ハッと顔を上げる。いつの間にか、ワーウルフに近づかれている。余計なことを考えている間に詰め寄られていた。

 ワーウルフの爪が迫る。すぐに盾で防ぐが出遅れたせいで体勢が崩れ、勢いに押される。とりあえず防御できたが、ワーウルフに対して隙を作ってしまった。


 この状態はまずい。

 直感を得た後、すぐにワーウルフの第二の攻撃が襲い掛かってきた。体勢は不十分。盾が間に合わない。剣では受けきれない。


 喰らう―――


 ヒュッと風を切る音がした。風の無いダンジョンで聞こえるはずのない音で、それはすぐ近くからだった。

 音の後、ワーウルフの手が軌道を変えた。僕に向かって伸びていた手は右に逸れ、ワーウルフは手を引っ込める。その手には血が流れていた。


 不愉快そうな顔で、ワーウルフは僕の右を見る。気配を感じ取った僕は、そこに何があるのか―――誰がいるのかを察した。


「ボーっとしてたらだめだよ」


 アルバさんは細剣を手にして立っている。僕の剣よりも細く軽いそれは、鋭く素早い攻撃に適している反面、耐久力が劣るため壊れやすい欠点がある。常人なら数人斬るだけでダメにしてしまうらしく、冒険者で使用している人を見たことがなかった。

 そのモンスター相手には適さない武器を、アルバさんは再び構えた。


「アリスちゃんは他の犬っころを頼むね」

「ちゃんを付けるなって言っただろ」


 アリスさんも僕の横に出てくる。口に出さずとも、僕に下がれと言っていることが分かった。


 気を抜いて先手を取られ、下手すれば怪我をする場面だった。不甲斐ないところを見せてしまった僕に出番はない。二人の邪魔にならないように下がることしかできなかった。


 そっと後退すると、「ヴィック君」とアルバさんが言う。


「僕の戦い方を参考にするといいよ」


 アルバさんがワーウルフに近づく。二者の距離は約一メートル、先程の僕と同じくらいの距離間だ。

 あの距離だとアルバさんの攻撃は届かない。近づくにしてもワーウルフに避けられてしまうだろう。それをどう攻略するか見ろっていうことなのか。動きを見逃さまいと目を凝らした。


 アルバさんは細剣を構えたまま動かない。観察するかのように、視線だけを動かしてワーウルフを見ている。

 間もなくして、アルバさんは踏み込んだ。その動きに反応してワーウルフが後退する。距離が空けられ、また同じ距離間に戻ってしまう。


 そのはずだった。


 だがアルバさんはさらに距離を詰めるべく、ワーウルフに踏み込んでいた。


「っ……」


 驚きのあまり、息が詰まる。あれでは後衛と距離が離れて、さらにはドグラフに囲まれて孤立してしまう。四方八方を囲まれたら、いくらアルバさんでもただでは済まない。それくらい、アルバさんなら分かるはず。

 なのにアルバさんはさらに近づき、ワーウルフに細剣を突き出した。

 ワーウルフは右に回避する。すぐにまた距離を取ろうとするが、アルバさんはしつこく距離を詰める。その度に僕達から離れていくが、アルバさんは気にするそぶりを見せない。援護するはずのアリスさんも、何も言わずに見ていた。


 これがアルバさんの戦い方なのか? だとしたら無謀すぎる。普通の冒険者には真似できない行為だ。


 アルバさんは攻撃を繰り出し、ワーウルフの体に傷を増やし続ける。あの素早いワーウルフについて行けることは、素直に称賛できる。戦い方を参考にすればいいとアルバさんは言ったが、これは僕にはできない動きだ。


 敵に囲まれてもなお、一体のモンスターのみに喰らいつく。僕がやればあっという間に袋叩きに遭うだろう。

 それでもアルバさんは、ドグラフに囲まれながらも何故かまだ無傷でいられている。そこだけが唯一の疑問で、それが僕とアルバさんの違いなのかと思い、薄々と感づいていた。


 アルバさんが伝えようとしていること。本当は戦い方じゃなくて、今後の方針なのかもしれない。


 「僕と同じことをしてはいけない。君は君のやり方を見つけなさい」と。


 そうすると納得できて、笑っていた。

 ミラさんにもアルバさんにも分かって、僕には分からない。そして答えを知る前に打ち切られる。時間制限有りのテストのようだ。


「ギャウン!」


 ワーウルフが鳴く。細剣が首の根元付近に深く刺さっている。それだけじゃなく、体中から血が流れ出ている。短い時間であれほどの傷を受けたらしい。


 深い傷を負ったことに踏ん切りがついたのか、囲んでいたドグラフがアルバさんに跳びかかった。アルバさんの背後から、足に向かっての噛みつきだ。

 だが仕掛けたドグラフは、アルバさんの足に触れることすらできなかった。


 ドグラフが跳んだ瞬間、アリスさんが待っていたかのように斬りかかった。逆手に持った剣でドグラフの腹を切り裂く。ドグラフは跳躍の勢いを抑えられて地面に転がった。瀕死に横たわっているドグラフに止めを刺すと、すぐ次に襲い掛かってきたドグラフにも対応した。


 早い。その対処の素早さに改めて感動した。

 見て、判断し、動き、反応し、また動く。あらかじめ考えていたような淀みない動作を披露しつつ、ドグラフ達を屠っていく。まるで職人技を見ているかのようだった。


 その動きに見惚れていると、途端にアリスさんは動きを止めた。近くにいたモンスターが、すべて倒されたからだ。ドグラフだけじゃなく、ワーウルフも。


「やけに時間かけたな」

「うん。僕の戦いぶりを見てほしかったからね」


 アルバさんが細剣に着いた血を拭き取っている。どうやらアルバさんも終わらせたようだった。


 血を拭き終えたアルバさんが、僕に近づいて来る。


「それで、分かったかな?」

「……え?」

「僕の戦い方。良い見本になったでしょ」


 あまり参考にならなかった、とはさすがに言えない。だけど見て気づいたことと言えば、それくらいしかない。アルバさんの動きは僕には真似できない以上、あれは良い参考にはなりえなかった。


「アルバ。そいつ頭わりぃから、言わねぇと気づかねぇぞ」

「そうなの?」

「……はい」

「ふむ、そうか」


 少し間が空いてから、アルバさんが口を開く。


「では、見て思ったことを言ってみようか。それならできるだろう」

「あ、はい……そうですね……」


 僕は素直に話した。アルバさんの動きが僕とは違うことと、戦い方が真似できないこと。

 それらを伝えると、アルバさんは「なるほど」と納得した。


「すでにその時点で齟齬があったということか。じゃあその考えも不思議ではない。僕の動きは僕にしかできないからね」

「……じゃあ何で教えたんですか?」

「そこが違うのさ。僕が教えたかったのは僕の動きじゃない。僕の戦い方の選び方だ」

「……選び方?」


 アルバさんは「そうだ」と肯定した。


「人には適性がある。それはモンスターも同じだ。そして適正とは、向き不向きを知るということなのだよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ