179.飛行機
「よし、夜が明けるまでに、もう一機いくぞ!」
「ああ、もうちょっとで色々と掴めそうじゃからの」
軽い食事を終えて俺たちは再度作業に入る。浮くことはわかった。あとはもっと長時間の飛行だ。
「ボーマン、次はどこをいじる?」
「ふむ……やはり重心じゃな。前回は後ろに寄りすぎておった。今度は鉛をもう少し前に移してみようかの」
ボーマンは工具箱をゴソゴソと漁り、小さな鉛の塊を取り出した。俺はサンドイッチを片手に、もう片方で機体を押さえる。
「よし、これでどうじゃ?」
「たぶん……いや、きっといいはずだ。たぶん」
俺たちは顔を見合わせて苦笑した。さっきまでの興奮が、今は静かな期待に変わっている。
「グレイス様、コーヒーもどうぞ」
ガラテアが湯気の立つカップをそっと差し出してくれる。俺は礼を言い、ひとくち飲んだ。
「よし、いくぞ。ボーマン、火を頼む」
「任せるんじゃ!」
火打ち石の音が響き、再びボイラーに命が宿る。蒸気が溜まるまでの数分間、俺たちは黙って機体を見つめていた。ヴィグナは呆れ顔で窓辺に立ち、ガラテアは静かに見守っている。
「……グレイス、わしは思うんじゃが」
「なんだ?」
「この小さな機体にも、きっと夢は詰まっておる。飛ばすことができれば、きっと……」
ボーマンの言葉に、俺はうなずく。そうだ、たとえ今は猫しか乗れなくても、この一歩が未来につながる。
「蒸気、十分じゃ!」
「バルブ、開ける!」
俺は慎重にバルブをひねる。プロペラが勢いよく回転し、機体がふわりと浮き上がる。今度は、さっきよりも高く――十センチ、いや、十五センチ!
「おお、すごいぞい!」
「まだ安定してる……!」
だが、その瞬間、機体が微かに左へ傾き始めた。
「グレイス、右の翼を押さえろ!」
「わかった!」
俺は慌てて翼に触れ、バランスをとる。機体は空中でふらふらと揺れながらも、なんとか落ちずに耐えている。
「よし、今度は……」
ボーマンが何か言いかけたとき、ガラテアが小さく声を上げた。
「マスター、後ろのねじが緩んでいます!」
「なにっ!?」
俺が振り返るより早く、機体は再びバランスを崩し、今度は作業台の端にぶつかって、床に落ちた。
「……またか」
「いや、今のは惜しかったぞい!」
俺たちは顔を見合わせ、思わず笑い合った。ヴィグナは呆れたままだが、ガラテアは小さく拍手をしてくれている。
「次は、ねじの締め方も見直そう」
「うむ、そして翼の素材も変えてみるかの。もっと軽いものを使えば、さらに高く飛ぶはずじゃ」
俺はサンドイッチをもう一口かじり、決意を新たにした。
「よし、次だ!! 次こそいけるはずだ」
俺がそう宣言した瞬間、窓辺で腕を組んでいたヴィグナが、ふいにこちらへ歩み寄ってきた。頬をわずかに赤らめ、わざとらしくそっぽを向いている。
「……べ、別に手伝いたいわけじゃないけど。見てられないから、ちょっとだけ魔法を使ってあげるわ。あんたがまた失敗して床を焦がしたら困るし」
「え、珍しいな、ヴィグナが発明をてつだってくれるなんて……」
「マスターがおそらく構ってくれなかったので拗ねているんだと思いますよ」
「違うわよ!! 変な勘違いをしないで」
ツンとした態度のまま、ヴィグナは指先に魔力を集める。彼女の魔法は本職じゃないが、俺の為にと一生懸命にしてくれているのだろう。
「ヴィグナ、助かる! じゃあ、火打ち石に使われている魔石に火の魔力をこめてくれ」
「あとは……そうじゃな。飛行機が飛ぶ瞬間に翼を風魔法で覆ってほしいんじゃ。一度飛べばあとは安定するからのう
「一気に言うわね……でも、わかったわ。任せなさい」
ヴィグナはぶっきらぼうに言いながらも、火打石に魔力を注ぐと一気に輝いていく。
「おお……すごいぞい、やはり市販の魔力入りの火打石とはレベルが違うぞい!」
「当たり前でしょう。私だっていろいろ特訓しているのよ」
ヴィグナはちらりとグレイスを見て、すぐに目をそらす。その横顔はどこか誇らしげだ。
「ヴィグナ、ありがとう。これでバランスも良くなるはずだ」
「べ、別にあんたのためじゃ……って、まあ、少しは期待してるけど」
ガラテアが微笑みながらサンドイッチを差し出し、ボーマンは「よし、これでまた一歩前進じゃな!」と満足げにうなずく。
「じゃあ、もう一度火を入れるぞ!」
今度はヴィグナも作業台のそばに立ち、魔法で機体の微調整を手伝ってくれる。彼女の魔力がほんのりと機体を包み、蒸気の力と魔法が合わさって、ついに機体はふわりと――今までで一番高く、そして安定して浮かび上がった。
「やった、ヴィグナ! これ、お前のおかげだ!」
「な? こんなところで抱き着くんじゃないの。でもまあ、私も成功して嬉しあったわ!」
顔を真っ赤にしてそっぽを向くヴィグナ。だがその背中は、どこか嬉しそうに小さく震えていた。
この光景に昔を思い出す。三人でボーマンの作業場で遊んでいていた時に事……そして、アスガルドに来てガラテアと出会ったときのこと……
そう、俺達の物語は発明から始まったのだ。
やはり、発明している時のグレイス君が一番楽しそう……
領主の仕事はいまごろノアががんばってくれてますw
新連載の投稿をはじめました。
聖剣を奪われ、偽勇者と追放された俺だけど――それでも世界を救う英雄を目指さなきゃいけない!
主人公ではなかった少年が主人公を目指す物語です。こちらもよろしくお願いいたします。
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