103.もう一人のガラテア
「エミリオが帰ってこない? 全く……あのバカな弟はなにをやっているのかしら?」
執務室に一人の女性のあきれた声を響く。年齢は二十代後半のこの世界では珍しい黒髪に黒い瞳の美しい女性だ。
「アスガルドを説得する策があるからってまかせてあげたのに……どうせ、あの子はソウズィの墓とかに興味があっただけでしょ? なんの意味もない遺物もたくさん集めているみたいだし……」
「どうしましょう、ガラテア様。もしも、グレイスがエミリオ様を人質にするつもりだとしたら……」
「どうしろっていうのよ……だから、あの戦闘狂のヴァーミリオン一族相手に護衛もなしで行くなっていったのに……祖父といいなんで男どもはあんなにアスガルドに固執するのかしらね」
ガラテアと呼ばれた女性は壁に飾られているソウズィとそのゴーレムに領民たちが笑顔で並んでいる絵画を見つめて舌打ちをする。
「過去の栄光はしょせん過去にすぎないのよ。だから、私たちは私たちにできることでやらなきゃいけないっていうのに……」
彼女はアスガルドへの愛着などは何もない。感じる感情は敵意のみだ。だって、そうだろう。
アスガルドのグレイスの発明品は画期的だ。いや活気的すぎるのだ。その影響は商人たちの人生を変えてしまうくらいに。現に魔力ポーションにかわる馬鈴薯は市場を崩壊させてアズール商会を破滅へと導いた。
しかも、質が悪いの自分の先祖であるソウズィの時とは違い、継続的に作成が可能ということだ。このままでは商人たちはみんながアスガルドの顔色を窺わなければ生きていけなくなる。
そんなのは許せない。許すわけにはいかないのだ。だって、そんなことをさせないための商業連合なのだから……
「とりあえずはグレイス=ヴァーミリオンの器を見極める必要があるわね。何とか会いたいけど……こちらの招待は無視させれているのよね……だったら……」
パーティーの招待状を見つめてにやりと笑うガラテア。
「エドワード商会のパーティーにうちの人間も招かれていたわよね。それに私が出席するわ」
「なっ!? あそこにはアスガルドの隣の街です。いわば敵地ですぞ!!」
「そんなことは知っているわ、私を馬鹿にしているの? もしも、グレイスが私を物理的に殺したならばそれを口実にしてアスガルドを無力化しなさい。私が死んだ場合の作戦はいくつか考えておくから安心して、遺書をみなさいな」
狼狽する部下の言葉に、ガラテアは何とでもないことのように言う。彼女にとってはアスガルドは過去の存在であり、今の商業連合が全てなのだ。
そして、それを守るためならば命だって捨てても構わない。
「商売にリスクはつきものなの。私たちにできるのはそのリスクとリターンを計算して、どれだけ有利に商談を進められるかよ。そのためなら自分の命をベッドするくらい基本なの」
「はぁ……」
「さて、どんなドレスで会おうかしら? できれば無能だといいけれど……これまでの功績を考えるとその可能性は低いわね」
気圧される部下を無視して、ガラテアは立ち上がる。彼女にとってはパーティーや商談の場は戦場だ。
ドレスという戦装束を身に着けて己を鼓舞するためにお気に入りのものを選ぶ必要がある。
★★
「それでなんでこいつがいるのよ」
「ああ。じばらくアスガルドをみたいらしい」
「あはは、わかってはいましたが、歓迎はされていないようですね」
じとーっとした目でヴィグナが見つめる先にはエミリオが苦笑している。ヴィグナがつんつんしているのも無理はない。
ガラテアともめたことはすでに知っているからな。
「エドワードさんのパーティーで商業連合の人間に話しをしてくれるらしいぞ」
「ええ、彼とはそれなりに親交があります。姉の動向も少しは探れるかと……」
「なんで、こいつが味方ずらしているのよ。信用できないんだけど……」
ヴィグナの言葉にエミリオは苦笑する。ガラテアやノアとの話した後にと彼はアスガルドをもっと知りたいと言ったのだ。
少なくともそれは本心に聞こえた。だから完全に信じるわけではないが動向を許可したのである。
こちらとしても商業連合の動向や考え方を知りたかったのでちょうどいい。裏切ったら……その時は切り捨てるまでだ。
「こんなところにも商業連合の人間がいるなんてな」
「我々は商売のあるところにはどこにでもいます。とはいえ、私の姉でもない限り無茶な真似はしないのでご安心を」
そんなことを話しながら馬車はエドワードさんの屋敷へとむかうのだった。




