70.
別の人間視点です
ゲオルグたちがやってきたと聞いたワーグナーはようやくだと一息をついた。長かった、アスガルドに難民として潜入して、兵士に立候補して信頼を得た努力がようやく実るのだ。
「ふふふ、これさえあれば、貴族の三男坊にすぎない俺だって、ゲオルグ様の覚えが良くなるに違いない」
彼は自分に配られた鉱山の地図と、魔法銃剣を手にしてにやりと笑みを浮かべた。アスガルドの訓練は本当に厳しいものだった。下手すると王都で受けている兵士としての訓練よりやばかったのではないかと思う。
だが、それともおさらばだ。あとは荷物を集めてゲオルグの部隊と合流をすればいいだけなのだから。そんなことを考えているとノックの音が響いて思わずびくっと体をすくませる。
「どなたでしょうか?」
「ああ、ワーグナー。まだ起きてたか、よかった。そろそろ鉱山アリとの戦いが始まるだろ? だからさ、士気をあげるためにって、グレイス様から酒と馬鈴薯にハムをもらったんだよ。よかったら一緒に食べない? もちろん、ヴィグナさんにはないしょだよ」
そういって顔を出したのは悪戯っぽい笑みを浮かべる副隊長のニールだ。彼は元農民でありながら、ヴィグナの特訓に最後までついていった化け物である。
正直、あの特訓についていくのは正規の訓練を受けているワーグナーでも無理だった。よほど守りたいものでもあるのだろう。もしくはただのMなのか……
「お誘いありがとうございます。ただ、私ももう寝ようとしていたところでして……大変申し訳ありません。またお誘いください」
「そっかー。はっちゃけるときははっちゃけたほうがいいよー。まあ、訓練所で酒盛りをしてるからさ、気が向いたらおいでよ」
「はい、ありがとうございます。あまり飲みすぎないように気を付けてくださいね」
彼に返事をして、なにげなく鏡を見ると自分が笑みをうかべていたことに気づいて舌打ちをする。ああ、そうだ。ここでの生活は悪くなんてなかった。
身分で判断されない世界、戦闘力だけで判断されない世界、ここはアスガルドは……弱いものも強いものも関係なく自分の好きなことをできる環境だった。
スキルが戦闘向けでないからと馬鹿にされない日常が悪くなかった。彼らと訓練の愚痴を言い合って馬鈴薯をつまみに酒を飲む日常は悪くなかった。
「だけどさ……そんな日常も圧倒的な力の前ではおしつぶされちゃうんだよ……」
ワーグナーは荷物をまとめて、自分の部屋を後にする。明かりがこもっている訓練所からは笑い声が響いてくるのがかすかに聞こえた。
一瞬あそこに足がそちらに進みそうになったことに驚きながらワーグナーはそのまま山を下りることにする。
今回の事が成功すれば自分はそれなりに褒賞がもらえるだろう。自分はもうあそこに戻れないが、今回の褒賞として、今後アスガルドがゲオルグに制圧されても、彼らの処遇を交渉することくらいは可能だろう。そう言い聞かせて足をすすめるのだった。
山を降ると話の通り、ゲオルグの部隊が集まって鉱山での戦いに備えて準備をしていた。
「俺は潜入任務を行っていたワーグナーです。指揮官にお会いしたいのですが」
「うん? ああ、お前は……あー、アスガルドに潜ませていた密偵か……名前はなんだっけな……」
嫌な奴に出会ってしまったと 内心思いながらもワーグナーは口を開く。目の前の男はかつての上司であり、能力こそあるが、自分勝手な男で苦手だった。
そいつはにやりと笑うとワーグナーを見下すように見つめて言った。
「ああ、ちょうどいい。俺も一緒に付き合ってやるよ」
「いや、ですが……」
今回の件はこいつの命令で強制的にアスガルドに送られたのだが、指示は「アスガルドに忍び込んで情報を得ろ」という曖昧なものだった。
だが、ワーグナーは情報を得るために、必死に信頼を勝ち取って、銃と地図を得たのである。
それなのにこいつはさも自分の指示が優れていたからと指揮官にアピールをするつもりなのだろう。咄嗟に反論しようとするが、腹部に激痛が走る。
「ぐは……」
「地方貴族の三男坊ごときが俺様にさからうわけじゃないよなぁ?」
「はい……もうしわけありませんでした……」
俺は文句を癒えずに彼に従うのだった。ああ、くそ、アスガルドだったらこんなことはなかったのに……




