2-13 神のみぞ知る
綾の予感はくしくも的中した。
放課後、直と一緒に家へ帰ろうとしたところで小平さんに捕まったのだ。
「坂本」
小平さんはアヒルのような口をしながら、僕を睨みつけてくる。
「紹介させてもらうからね」
「そんなこと言ってもさ」
「承諾するまで坂本のそばを離れない。それが私の信念よ」
小平さんの決心は固い。
ゆるぎない決意でみなぎっている。
「真由、春」
ここで直が、小平さんと僕のやり取りに着目する。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないんだよ」
僕はそう言うが、小平さんが余計なことを告げる。
「直。私ね、坂本から知り合いを紹介してもらおうとしているの」
「そう」
助かったことに、直はあまり興味がないようだ。
気まぐれに雲の形を見ている。
直には、あの雲が何に見えているのだろうか。
「あ、そういえば、直。坂本がハロウィンパーティーの余興で女装を――」
「小平さんっ」
慌てて口を押さえ、後ろから抱きすくめて小平さんの愚行を止めようとする。
公衆の面前で結構大胆なことをしていると思ったが、なりふり構っている場合じゃない。
けど、必死になって止める僕をあっさりと解除した小平さんは、こっちに強烈なチョップをお見舞いしてきた。
「いてて」
「さ、坂本」
自分の体をかき抱く小平さんを見て、申し訳なさが募る。
「ご、ごめん」
「い、今、胸触ったでしょ」
「ふ、不可抗力です」
「どこがっ」
一応言い訳を試みるが、無駄だった。
それにしても小平さんとは間が悪い。
こういう問題がすぐに起こる。
どうしてかは、神のみぞ知るといったところだ。
「ほんと坂本はっ。前にも私とぶつかって馬乗りはしてくるし。綾はどうしてこんな幼馴染なんかを」
「え? 綾?」
「なんでもない」
ガツン、ともう一発チョップが降ってくる。
「痛いよ。小平さん」
「痛くしたの。それよりも坂本、いつ紹介してくれるわけ?」
「いや、だからそれが無理なんだ」
「どうして」
「相手にも都合があるし」
「私に意地悪しているじゃないんでしょうね」
「そんなことないよ」
僕はなんとか言い聞かせようとするが、小平さんは聞く耳を持たない。
話はループして平行線を辿ったまま。
しかも小平さんは、僕から承諾の言質を取るまで離れてくれないらしい。
これは想像以上に大変である。
「小平さん」
「何よ」
「僕達、これから買い物するんだけど」
「ついて行くわよ」
「その後、東風荘でハロウィンパーティーがあったりするんだけど」
「飛び入り参加する。楽しそうだし」
とは言うが、小平さんは楽しくなさそうな顔をする。
「ほんとにいいの?」
「何で?」
「だって美咲さんもいるよ」
僕は最終カードをちらつかせる。
とっておきのカードだ。
「大丈夫?」
「か、構わないわ」
「え?」
「私が上杉さんを苦手だと思ったら大間違いよ」
そういうわけで、僕達三人は一緒にスーパーへ向かうことになる。
今はとうにイチョウ並木を抜けていて、月極駐車場がある都立公園入り口付近の交差点に差し掛かっている。
ここから都立公園でショートカットして、スーパーへ行く。
「直」
「何?」
「今日はホウレンソウ買うの?」
「ん」
直がさも当然だと言うようにうなずく。
「ホウレンソウに何かあるの?」
小平さんが不思議そうに聞く。
「あー、坂本家での鍋の定番なんだよ」
「そうなんだ」
「まあ、今日はいつもと違う鍋なんだけどね」
僕がそう言うと、小平さんはさらに不思議そうな顔をする。




