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2-11 ひとめぼれ






 翌日、直と一緒に学校へ行くと、昇降口の前で小平さんが待っていた。


「直、坂本借りるから」


「ん。わかった」


 直が返事をした瞬間に、僕はがしっと腕をつかまれる。

 何の用だと働かない頭で思ったが、昨日のことだとすぐに悟る。


「坂本、屋上に来て」


「え?」


「いいから」


 小平さんは僕の手を引き、強引に歩き出す。

 廊下もずんずんと進み、階段も一段飛ばしで進んでいく。

 そして施錠されていない屋上のドアを開け、富士山が一望できるスポットまでやってくる。


 天気は曇り。

 周りに人はいない。


「さ、坂本」


 腕を組んだ小平さんが、いきなり僕の名前を呼ぶ。


「な、何?」


 観念しながら聞き返す。


「あのね、坂本」


「うん」


「あの、聞いてほしいことがあるのよ」


「え? どういうこと?」


 僕はとてつもなく驚く。

 なぜなら、小平さんがもじもじしながら顔赤くしていたからだ。


「坂本」


「はい」


 とりあえず生返事をするが、その先が続かない。


「あのね」


「うん」


「あの」


 小平さんが話を切りずらそうにしている。

 しかも、いまだに顔が赤い。


「どうしたの? 小平さん」


 僕は耐えきれなくなって聞いてみる。

 けど、小平さんからの返事はない。

 そう思っていたら、小平さんのくぐもった声でしゃべっていた。


「――しちゃたの」


「え?」


 よく聞こえなかったので聞き返す。


「だから私、ひとめぼれしちゃったの」


「は?」


 小平さんが何を言っているのか不明だ。

 なので、とりあえず状況を整理してみる。


 いつも間の悪いとこに出くわす小平さんに呼びだされて、僕の目の前で顔を赤くしている。さらには、一目ぼれしたというわけのわからない告白をされる。


 どう考えてみても意味がわからない。

 逆にわかってしまう方がおかしい。


「わ、悪い?」


「わ、悪くないけど」


「だったらなんだっていうの?」


「いや、僕達はひとめぼれとかで言い表せる関係じゃないと思って」


「は?」 


「……」


 なんだか小平さんと僕の間には決定的な齟齬があるような気がして、得体の知れない嫌な予感が体中を駆け巡ってくる。

 

 そしてそれは小平さんも同じだったのかもしれない。

 おかげで、ほぼ同時に互いの勘違いに気がつく。


「だ、誰がアンタなんかにひとめぼれするかっ」


「こ、こっちだっておかしいと思ったんだ」


 お互いに不平不満を言い、事態に収拾がつかなくなっていく。

 けど、そうしているのも馬鹿らしいと思い、一度冷静になる。


「それで小平さん。どういうことなわけ?」


「だから、昨日、坂本と一緒にいた男の子にひとめぼれしたのよ」


「えっ?」


「ひとめぼれ」


 僕はびっくりして言葉が出ない。

 なにせ思考が追いつかないのだ。

 

 だってその男の子は綾。

 それで綾は女の子。

 なんだかこんがらがってくる。


「あの人のきれいな瞳が忘れなくて。これは恋だと確信したの」


「恋?」


「そうよ」


 小平さんってこんなに乙女だったのか、と僕はいぶかる。


「そんでもって彼、アンタの知り合いでしょ」


「まあ、そうだけど」


 そう返事をするしかない。


「だからどうしても紹介してほしいと思って」


「いや、でも」


「そうしないと綾に言いつける。こんな卑怯なことはしたくなかったけど、どうしてもこの恋を諦めたくないから」


 腕を組んで言う小平さんに、僕は未だに言葉が出ない。


「綾に言いつけられたくないでしょ」


「いや、いいんだけど」


「はぁ? だって、坂本。さすがに女装はどうかと思う」


「だからさ、小平さん。そんなこと言ったって、僕は今日あるハロウィンパーティーの余興の練習をしていたんだから仕方ないよ。それに綾だってなんとも思わないさ」


 僕は昨日の綾の言葉に重ねて言い訳をする。


「でも」


「そうでしょ、小平さん」


「でも、そ、そんなのわかんないじゃない。そんなの、きっと坂本がノー天気過ぎなだけだもん。脱力系がいつでも受けいれられると思ったら大間違いなんだからね」


 なんだか理屈になっていないことを涙目になって訴えてくる小平さん。

 この時点でどちらの方が旗色が悪いか。

 自分でも理解しているみたいだ。


「坂本」


「はい」


「私、アグレッシブだからね。紹介してくれるまで覚悟してなさいよ」


 小平さんは、吠えゼリフのような言葉を残して去っていく。

 それを見て、僕はこの先の前途多難さを憂える。


「はぁ」


 まったく大変なことになったと僕は思う。

 話がとんでもない方向に進んでいる。

 一つ溜息をつき、僕は曇り空を見上げた。






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