2-9 秘密の遊戯(3)
街はいつもと変わらずに、煌めくネオンと雑踏であふれている。
それが綾と僕を安心させてくれるとも知らずに、輪郭を整えてくれるとも知らずに。
「春。自転車はありだな」
「うん。ありだね」
徒歩、自転車の違いにもさほど影響はなく、僕達は街をうろつく。気ままにルートを決め、ざっくばらんなおしゃべりをしながら進んでいく。
「それはそうと、綾」
「なんだい?」
「自転車ずっと漕ぎっぱなしで大丈夫?」
僕は綾に聞いてみる。
「何、大丈夫」
「ほんと?」
「ほんとだよ。それにボクがエスコートするべきだから当たり前さ」
「そっか。じゃあ任せるよ」
「おう、任された」
しかしそんなやり取りの後、僕の懸念がすぐに顕著となって現れるとは思いもしなかった。
「綾。右。衝突するっ!」
僕は大声で叫ぶ。
「あ!」
曲がり角でやってきた自転車を見逃したせいか、綾がハンドルを切り損ねる。
「危ない!」
キキキキィィィ、と響くブレーキの擦過音。
僕は遠心力で自転車から投げ出され、地面に頭を軽くぶつける。
けど、受身がとれたおかげかそんなにダメージはない。
「は、春!」
綾の叫び声が聞こえる。
けど、その心配はいらない。
体はほとんど無傷だ。
ただ、エクステは取れてしまった。
「春、怪我はない?」
駆け寄ってきた綾が言う。
「大丈夫。それよりも相手はどうなった?」
「すんでのところで衝突は回避したけど」
「けど?」
「お互いに転倒した」
「じゃあ、謝らないと」
綾がはっとしたように気づき、僕達はぶつかりそうになった相手の所に向かう。
「すいません」
「こちらこそ」
「って、小平さん」
知り合いだとは思わず、迂闊にも名前を呼んでしまう。
「っ!」
綾も予想外の事態に息を飲んで固まっている。
小平さんは地面に腰を下ろした状態からゆっくりと立ち上がり、そして僕を何度も見て口をパクパクする。
「あ、あんたは坂本?」
「あ、うん」
小平さんの鋭い視線に、僕はうなずくという二度目の失策を犯す。
それにしても、小平さんと僕はいつも間が悪い。
こうして綾と秘密の遊戯をしている時に出くわしてしまうなんて、想像以上の運のなさだ。
しかも、僕が女装をしていることがばれてしまっている。
「な、なんて格好しているの?」
「いや、その」
案の定、そこにつっこんでくる小平さん。
ただ、綾の方はどうやらばれていないらしい。
なので、このまま僕に気を逸らしてくれればいい。
とにかく綾の秘密だけは守らなくてはいけない、と思考を切り替える。
「見てわかるとおり女装なんだ」
「ふ、ふ、不潔よっ」
小平さんは顔を真っ赤にして文句を言うが、僕は女装していることに何か言い訳できないかと必死になって考える。
けど、何も思い浮かばない。
「こ、小平さんでいいのかな」
と、そこで綾が口を開く。
緊張しているようで、いつもの男子モードにもブレが生じている。
「はい」
なぜか小平さんも緊張した様子だ。
「実はさ、ボクが頼んだんだよ。ボクが女装をするようにさ。理由は明日のハロウィンの余興の練習で、度胸試しをしようということになってね」
綾のセリフに僕は心の中で喝采を贈る。
「そ、そうなんですか?」
「そうだよ」
果たして、これで小平さんはどう反応するのか。
それとも、綾からなんらかの違和感を受け取ってしまったか。
小平さんはしばらくは黙りこくっていたが、やがて決心がついたのか口を開く。
「さ、坂本っ。今日は彼に免じて見逃してあげるからね。ほんとはそんな格好で街をうろつくなんてだめなんだから。坂本は綾を泣かせるようなことをするんじゃないの。いい?」
「う、うん」
「じゃあ、私帰るから」
「うん。小平さん、また明日」
「ふんっ」
その返事を聞いて、僕は嘆息する。
小平さんとの関係をどうやって修復すればいいのか。
それで頭を悩ませることになるのが、また確定したからだ。




