2-6 二人からの電話
スーパーで買うべきものを買った僕達は、いつもの下り坂を利用して家へと戻る。
一時期タイムバーゲンなんかをやったりして迷走していたスーパーは、普段の安さを売りにする形態にすっかり戻ってくれた。
おかげで店の秩序は保たれ、安寧を取り戻したと聞く。
「スーパーの雰囲気も元に戻ったね」
「ん」
「でもそうすると、タイムバーゲンを利用する絵里ちゃんと会うことはなくなるかな」
「そうだね、春」
そんなことを話しながらも、家に着く。
家に着くとすぐ、直がはちまきをしながら料理を始める。
ふんふんと鼻歌を歌っていて機嫌が良さそうだ。
僕はその間、適当のチャンネルを合わせながらニュースを見る。
するとその時、ふいに携帯が鳴る。
ディスプレイの表示を見れば竹内さんだった。
「もしもし」
『やっほー春くん。今大丈夫?』
竹内さんにしてずいぶんとテンションが高い。
けど、あいかわらず癒される声である。
「はい。大丈夫です」
『で、元気してた?』
「あーちょっと風邪ひいてまして」
『風邪。大丈夫なの?』
「はい。もう治りましたので」
おそらく今日で完治したはずだ。
吉田さんから貰ったハッカの飴が思いのほか効いている。
『そう。それは良かった。で、用件なんだけどね、再来週にあるバレーボールの集まりに絶対来てほしいの。どう?』
バレーボールの集まり。
またの名は『ジモティーズ』という。
このちょっと野暮ったい名前の会は、竹内さん主催のバレーボールチームだ。市役所に申請した後、近所の小学校を貸してもらって活動している。
「一応、大丈夫ですよ」
『ほんとに?』
「はい」
『受験勉強とか大丈夫?』
「うぐっ」
受験勉強という言葉は少しだけ心に響く。
僕は話を逸らそうと、疑問に思ったことを聞いてみる。
「竹内さん」
『はい』
「人数がまた足りなくなりそうなんですか?」
『ううん、そうじゃない』
うふふと上品に笑う竹内さん。
『今回はさ、明美ちゃんが春くんにどうしても来てほしいって言ってるんだ』
明美ちゃんと聞いても誰だかわからない。
「すいません。明美ちゃんって誰ですか?」
『あー、岩崎さんのことだよ』
岩崎さんとは僕より二つ上の高校生で、結構皮肉屋な人だ。
そんな彼女が僕に何の用があるのだろう。
『用? 詳しくは教えてくれなかったからわからないんだけど、どうも春くんに渡したいものがあるらしいんだってさ』
「そうなんですか?」
『そうみたい』
そこでバレーボールの話は終わり、十月の最後の日に東風荘で行われるハロウィンパーティーの話に変わる。
どうやら今年は、竹内さんが来れないみたいで残念だ。
そしてその話も終えたため、竹内さんとの電話を切る。
けど、電話を切ったと同時に、また携帯が鳴る。
「もしもし」
『もしもし、春』
今度は綾だ。
「どうしたの? 綾」
『あー、やっぱりハロウィンの日はだめだったんだけどね、今週の日曜日の夜は暇がありそうなの。それで、またやりたいなぁと思って』
「あれ?」
『うん。いい?』
こう言われると僕に対抗するすべはない。
綾と僕との間に存在している秘密の遊戯は、綾の絶対の主導権で決まる。
「もちろんだよ。綾の欲するままにすればいい」
『ありがと』
素直な幼馴染の返事。
『それでね、春』
「何」
『今日の帰り道、春が自転車を譲り受けて貰ったって言ってたでしょ』
「うん」
『だから、街を闊歩するのではなくて、自転車を使って違う風景を見たいなと思って。そうすれば、また違った自由を感じられるような気がするから』
「そっか」
『うん』
沈黙が降りる。
その中で、僕は決心して言う。
「よし、わかった。自転車を持っていくよ。でも、街は遠いんじゃないかな」
『うん。遠いけど自転車で行こう』
綾が自転車という言葉に力を込める。
「それほどの気持ちなんだ、綾」
『そうだよ、春』
綾の力強い声が耳朶に響く。




