2-1 吉田 栞
翌日、僕達は久しぶりに学校へ向かう。
この車の往来の多いイチョウ並木を通り、門をくぐっていく。
教室のドアを開けると小倉くんが真っ先に駆け寄ってくる。
「春、風邪大丈夫なのか?」
「うん」
小倉くんは今にも脱ぎそうな勢いで話しかけてくる。
「春がいないあいだ、大変だったんだぞ」
「え? どうして?」
心当たりがないので聞いてみる。
「隣のクラスの遠藤、それと一年生の都築とかいうかわいい後輩。二人でてんやわんやの大騒ぎをして、オマエは今渦中の人だぜ」
「どういうこと?」
僕は話しの顛末を聞いてみる。
小倉くんが言うには、どうも月曜日、昼時に二人が僕を訪ねて来たらしい。
こうして鉢合わせとなった二人は、僕の席でこんなやり取りをしたという。
――あの、やっぱり先輩と付き合っているんですか?
――つ、付き合っているわけないじゃない。春とはただの幼馴染なんだからね。
「とは言いつつも、遠藤はまんざらでもない感じだったぜ。まあ、こんなことを言えば、ファンクラブににらまれるかもしれないが」
そして小倉くんはさらに言う。
「だいたいさ、俺は不思議に思っているんだよ。どうして春と遠藤は付き合ってないのかって。遠藤はきっと春のことを恋愛的な意味で好きだろ」
「いや、それはないよ」
僕は否定する。
幼馴染の綾に限ってそんなことはあり得ない。
根拠はないけれど、ずっとそう思っている。
「じゃあ、あの後輩はどうだ?」
「絵里ちゃん?」
「そう、その子だよ」
小倉くんが思い出したように言う。
「絵里ちゃんか」
たしかに絵里ちゃんからの好意は感じなくもない。
けど、それは親しい先輩としての好意で、付き合うかどうかの話はまた別である。
「で、どうなのさ」
「想像できないよ」
「そうかい。でも、それが春だからな」
「え?」
僕は首をかしげる。
「ああ、なんでもないぞ。とりあえずドアの前で立ち話しをしているのもあれだし、中入ろうぜ」
小倉くんが促し、教室の中に入る。
自分の席に座ると、小倉くんが休み中にあった出来事や、趣味の話しなんかをしてくれる。
僕はいつも通り聞き役に回り、相槌を打つ。
やがてチャイムが鳴り、小倉くんも席に戻る。
そして、久しぶりの授業に気合を入れようとしたその時だった。
「あ、あの、坂本くん」
隣の席の吉田さんが、僕に声をかけてくる。
いつも控え目で大和撫子な彼女が声をかけてくるのは珍しい。
だからか、どこかぎこちない感じもある。
「か、風邪治った?」
「あ、うん」
なんだかこっちもぎこちなくなる。
普段、吉田さんと会話をすることが少ないせいだろうか。
「でも、まだ少しのどが痛いかな」
「そ、そっか」
「うん」
「だったらね、坂本くん。のど飴いる?」
吉田さんはわたわたしながらも、鞄からのど飴の袋を取り出す。
動作に落ち着きがある吉田さんにしてはあまりない光景。
なので、僕は驚く。
「のど飴?」
「う、うん」
「ありがとう。貰うよ」
吉田さんからのど飴を手渡される。
「後ね、坂本くん」
「うん、何?」
「ノート」
「ノート?」
「貸すから」
おずおずと渡されるノートの束。
「休んでたところ写して」
「ありがとう」
ノートは誰かに借りようと思っていたから大助かりだ。
けど、一つ疑問に思ったことがあるので聞いてみる。
「あの、どうしてそんなに親切にくれるの?」
「あ」
と言ったきり、固まってしまう吉田さん。
僕はその様子を見ながらしばらく待っていると、ようやく吉田さんが口を開く。
「と、隣の席だから」
瞬間、吉田さんの顔がなぜか赤く染まっていく。
「それ隣人を愛せよってやつ?」
「あ、愛っ!」
「ごめん大げさすぎたね」
「う、うん」
吉田さんががくがくと首を動かしている。




