1-18 おかゆ
直を料理の件で説得した後、僕は体温計を持ってきて熱を計らせる。
直は最初、ぐずる子どもみたいに嫌がったけど、やがて観念したらしい。
大人しく体温を測り始め、その数値を報告してくれた。
「三十八度二分」
「すごい微熱」
「じゃないからね、直」
こんなときにボケはいらない。
直の言葉を軽く聞き流しつつも、僕は冷蔵庫から冷えピタを持ってくる。
坂本家では、水枕の代わりにこの冷えピタを使う。
「直」
「あ」
どうやら僕が持ってきたものに気がついたらしい。
「これ使って」
冷えピタを直の額にくっつける。
「んー」
「冷たすぎる?」
「ん、冷たい」
「そっか。タオル持ってくるよ」
順序が逆だったな、と僕はひそかに反省する。
そして、タンスからタオルを取ってきて直に渡す。
「はい、タオル」
「ありがと」
「じゃあ、僕はおかゆを作るから」
「わかった」
直の言葉を聞いて、僕は久しぶりに台所に立つ。
料理をしていない期間は二週間。
なので、久しぶりすぎて手順を忘れている。
「とりあえずセリ、と」
冷蔵庫からセリを取り出す。
なぜセリかといえば、坂本家ではおかゆを作る時に使うという不文律の決まりがあるからだ。他にも、鍋にホウレンソウ、ハンバーグに豆腐といったように、必ず使う組み合わせがあったりする。
ともあれ、僕はおかゆ作りを順調にこなしていく。
最後に卵を落とし、セリをまぶして完成。
ガスの火を消して、小鍋から器におかゆを移す。
「直。できたよ」
「ん」
「一回起きて」
僕は直をゆっくりと起こす。
やはり直の体は熱っぽい。
後でタオルか何かで拭かなくてはいけないなと思う。
「春」
「何?」
「もしかしてさ」
「うん」
「食べさせてくれる?」
何やら期待を込めた目で見つめてくる直。
今日ばかりはしょうがないと観念する。
「わかったよ」
僕がそう言うと、直は無表情で喜ぶ。
そして、小さな雛鳥みたいに待っている。
「はい、口開けて」
「ん」
直の口元まで、おかゆを持っていく。
「あつっ」
「あ、ごめん」
「熱いよ、春」
うっかりしていた。
覚ますのを忘れていた出来たてのおかゆは、熱すぎるほどに熱い。
直は少しだけ膨れて言う。
「春、冷まして」
「うん、わかった」
今度は慎重に冷ましていく。
「ふーふー。これでいい?」
「ん」
「はい」
ぱくっとレンゲをくわえる直。
今度は何の問題もなく、直はゆっくりと咀嚼する。
「おいしい」
「そっか。それで直、味わかる?」
「大丈夫」
「食欲は?」
「ある」
「それは良かった。じゃあ全部食べれるね」
「ん。春が冷ましてくれるなら」




