1-8 鍋パーティー
ひと騒動あった後、美咲さんを家の中に招き入れる。
そして僕達は、互いにやることを開始する。
僕は料理。直は部屋の片づけ。
予定では、美咲さん以外にあと二人やってくる。
一人は、美咲さんの友達の竹内由貴さん。
あっさりとした色白の美人であり、茶髪のセミロングが良く似合う人。この人はいたってノーマルな常識人なので、なぜ美咲さんと友達なのか謎なくらい。
僕との関係は、彼女が主催するバレーボールの集まりに参加させてもらっていること。
そしてもう一人は、六号室に住む野々垣鳥子さん。
彼女は、言動が不思議な美咲さんと違って、行動が不思議な人。
趣味は手品、仕事はウィリアム・テルという自らが立ち上げたブランド名で林檎の剥製を作っている。
「直、今何時?」
「六時二十分」
「美咲さん、二人がくるのは?」
「半くらいかな」
どうやら二人は、あと十分ばかりでここにくるらしい。
もちろん鍋の支度の方は順調に進んでいる。
だから、問題ない。
獲得してきた戦利品と、イレギュラーに手に入れた贈呈品もふんだんに使った。おかげでいつもより具がたくさんの鍋になりそうだ。
「美咲」
「ん? どうした直っち」
すでにチューハイの缶を何本も開けている美咲さんに、直は問いかける。
「なんで美咲はいつも来てくれる?」
「え? 私がここに来る理由?」
「ん」
「それはあたしの部屋は足の踏み場もないからな」
「へぇ」
「まあ、あたし片付けられない女だからさ」
「どうせそんな理由だと思いましたよ」
僕も鍋をかき回しながら会話に参戦する。
鍋の方は細かなアクを取るだけで、ほぼ完成。
お米の方もすでに焚いてあって、食べたい人が各自で盛り付けるだけだ。
「でもさ、春坊」
美咲さんが缶を掲げて続ける。
「一番は春坊と直っちの空気が居心地いい、ってことなんだよね。これはなんでかわからないんだけどさ。なんとなく、入り浸りたくなる何かが出てるんだよ」
「そうなの?」
「そうなんだよ~。直っち」
嬉しそうに言う美咲さんは、直をがばっと抱きしめる。
直はされるがままだ。
「それにしても直っちは、おかしい子よね」
「えっ?」
「家事は完璧なのに、料理がてんでダメ。料理だけで言えば、あたしとどっこいどっこいじゃないの?」
「ん」
直は頷くが、こっちは納得がいかない。
「美咲さん、それはないですよ」
「そうかな」
「直だって日々上達していますし。それに美咲さんが料理をしているところを見たことないんですが」
「そりゃしないからね」
「そうですか」
「でもそれなりにやれるさ」
「それ、まんまできない人の言い訳ですね」
「へいへい。でもそんな細かいと、春坊は女の子にもてないぞ。いや、もてそうなんだけど、そのチャンスをいちいちをふいにしそうだ」
テレビのチャンネルを変えながら、そう言う美咲さん。
「お、ここの場所、うちの街じゃない?」
「あ、ほんとだ」
と、僕もおもわず声を上げる。
美咲さんはそこでチャンネルを止め、くずしていた姿勢を正す。
やっていたのはありきたりなニュース。
しかし内容は、夜間に出没して女の子の髪を切る話。
すでに被害は、この街で十五人近く出ているという。
「まったく、あたしの髪ならいくらでもあげるのにね。こんもりあるからさ。まあ、そういう犯人は直っちみたいなストレートに執着するのかもしれないけど」
「やめてくださいよ」
「おっとっとごめんごめん」
美咲さんが気を取り直して、チャンネルを変えていく。
「で、春坊、料理は終わったの?」
「あ、さっき終わりましたよ」
ついでとばかりに、鍋をテーブルの上に持って行く。
さらには、美咲さんの前で鍋のふたを開いて見せる。
「おおー」
いつものように驚く美咲さん。
明らかにテンションが上がっているのを見て、僕はほくそ笑む。
「よし、じゃあ先に乾杯をしようじゃないか。春坊、さあオマエも飲め」
で、いつもこのパターン。
「またそれですか」
「悪いか」
僕は呆れて美咲さんを見やる。
「じゃあ、直っちか」
直は黙って首を振り、艶やかな黒髪が左右に揺れる。
「そんなー。いつになったらあたしと飲んでくれるんだい?」
「あのですね、美咲さん。何度も言いますけど、僕達未成年なんですからね。僕は十五歳で、直は十四歳。直なんか四捨五入すれば十歳ですよ」
「春、それは変」
たしかに僕も変だと思った。
「まあ、ともかく、もう少しで二人がやってきますから。それまで我慢してくださいね」
そしてそう言ったと同時に、家のチャイムが鳴る。
これ幸いだ。
時間的に、竹内さんと鳥子さんだろう。
直が立ち上がり、玄関の方へかけていく。




