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1-16 スキンシップ





「春、また明日」


「うん。じゃあね。綾」


 無事勉強会が終了して、僕は綾の家を出る。

 綾が広い玄関の前で手を振ってくるので、僕も同じように振り返す。

 なんだか昔遊んだ時のようで、少しだけ和んだ。


「あ、春」


「何?」


「今日成果はあったよね」


「もちろん十分にあったよ」


 僕がそう答えると、綾は満面の笑みを浮かべて言う。


「良かった」


「こっちも良かったよ。マリアさんにアイスティーをかけられて、自分の服を脱ぐことになる以外はね」


「そうだね。それにしてもあれは酷かった」


 綾がくすっと笑う。


「綾、笑わないでくれよ。こっちは恥ずかしかったんだから」


「わ、私も恥ずかしかったし」


「そっか」


「うん」


 一瞬だけ会話が途切れ、綾がむりやり言葉を繋げる。


「あ、えっと、それで今後も勉強会は続けよっか」


「うん。それがいい」


「今度は春の家。直も一緒に出来るかな?」


「きっと大丈夫さ」


 僕は希望的観測を口にする。


「それでさ、綾」


「ん?」


「今度いつにする?」


 僕は聞いてみるが、綾の顔はみるみる曇っていく。


「あ、ごめん」


 そうだったと思いだす。

 綾は家の事情で忙しい。

 そもそも今日みたいに丸一日開いている日が珍しいのだ。


「春」


「え?」


「春っ」


 綾が僕の名前を呼んで抱きついてくる。

 けど、僕は綾の突飛な行動についていけない。

 なすがままにされてしまう。


「私、戦うから」


「戦う?」


「自分らしさとか、自由とか」


「自分らしさ? 自由?」


「うん」 


 たしかに髪切り事件があって以来、綾は変わった。

 何がきっかけになったかは知らないけど、お嬢様でいることを控え、自分らしさを全面に出すようになった。


 けど、自由の方はどういう意味だろうか。

 それは秘密の遊戯と関係してくるのか。

 しかし、そんなことを考えている憂慮はなかった。


「綾」


 なぜなら、僕達は軽く抱き合っている。

 情けないことに、僕には対抗するすべがない。


 どうやら、綾も自分が何をしているか気がついたようだ。

 みるみるうちに頬が赤くなっていく。


「春」


 ばっとすごい勢いで離れる綾。

 これはもう脱兎の勢いだった。


「……」


「……」


 お互いに顔を伏せ、次の言葉を探す。

 やがて、綾が慌てたように口を開く。


「こ、これは感極まって抱きついてしまっただけ。他意はなくただのスキンシップなんだからね」


「ス、スキンシップ?」


「何よ」


「なんでもない」


「そう、ならいいけど」


 しかし皮肉にも、僕はマリアさんの言ったことが思い浮かんでしまった。

 





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